第161話 謁見は続く
国王との謁見が始まると、ラクーンの催促から話が始まって駄目なパターンの国王かと心配したが、実は堅実なタイプのようだ。
自分は派手な品物はいらないから、ここに居るお前らも贅沢なんてするのよ!と暗に脅しを掛けたのかもね。
それとビリーとの面会も手配してくれそうだし、順調な滑り出しと言って良い。
「最近リミエンでは美味い食べ物が食べられるようになったと噂を聞いたが。
パン何とかと、ワルフルだったか?」
「それはパンケーキとワッフルと言う商品でございます。
王都にリミエンの生産物を販売する店舗を開き、そこでどちらも店頭で焼いて販売することを、昨日商業ギルドと決めたばかりです」
「そうなのか。それなら儂らも食う機会があるな」
いきなり王家御用達のお店に?
うまく行き過ぎて裏があるんじゃないかと心配になってきた。起承転結の転が次に控えてるかも。
それなら俺は起承結を希望する!
「あっ、その二つにドラ焼きと言う新商品も加わります。
詳しくはウェブで…じゃなくて、双方の商業ギルドで話を進めてもらいます」
「ドラ焼き? それは聞いたことが無い」
そりゃ、リミエンでも販売はまだだからね。
リミエンでスパイしてる人も、非売品の詳細を知らないから情報を上げないだろうね。
「リミエンに一番遊びに行っておるスオーリーもドラ焼きを知らぬか?」
「お言葉ながら国王様、遊びではなく任務でリミエンに脚を運んでおりますが」
「帰って来るたび、楽しそうにクレスト殿の事を語っておったではないか。
そのクレスト通の副団長もドラ焼きはまだ食べておらぬと?」
「はい、今初めてドラ焼きの事を聞いたところでございます。
クレスト殿は冒険者と商売人の二股を掛けており、新商品を隠しておくのは商売人として当然のことでありましょうか」
今のドラ焼きもマズくはないけど、俺としては小豆で作った餡このドラ焼きじゃないと本物とは認められないんだよね。
早いとこ砂糖が安く作れるようになって、ドラ焼きやちょっとしたオヤツに使えるようになって欲しいよ。
「ですが、この場で明かすのは宣伝として少々やり過ぎではないかと。
恐らくマジックバッグに試食分が有るはずです。商業ギルドが試食も無しに販売を決定したとは考えられないでしょう」
「それもそうじゃな。
クレスト殿、後でその試食分を食わせてくれんかの?」
はい? 国王がそんなの食って腹壊しても…壊さないと思うけどダメだろ?
「確かに試食分はございますが…国王陛下のオクチには…」
「毒見なら私めが引き受けますぞ。
それで問題は無いかと」
おい、何こんな所でオッサンが食い意地張ってんだよ。単にドラ焼き食いたいだけだろ?
「えーと…ガースト宰相様、私はどのようにすれば?」
「…腹を下したり…と言う心配があるなら、今回はおよしになることを勧めますが…商業ギルドで問題が起きたと報告は来ていないので本人達が納得されますまい」
「…ですよね」
こう言う時にマジックバッグの入れた人間にしか取り出せない、一つのバッグに複数の人間は物を入れられないってセキュリティが役に立つ。
つまりマジックバッグを使えば中の物をすり替えることが出来なくなる訳だからね。
だから副団長は安全な物だと分かってて毒見なんて言ってきたんだよ。
「では後でお持ちします」
なんだか小賢しい大きな子供を相手にしてる気分になってきたょ。
「催促したように思われるかも知れんな」
「いえ、国王陛下のお墨付きを頂けるようであれば、作った職人達にとっても最高の栄誉になるでしょう」
「それは食べてからの話しだがな」
「ねぇ、私も一つ頂けるのかしら?」
ここで王妃まで参戦してきた。それなら皇太子殿下の背中も押してやるか。
「ドラ焼きは試作の段階で分けて貰った物なので残りに余裕が余りありませんが、パンケーキとワッフルなら余分にストックしてあります」
「それなら俺も頂こう」
よし、思ったより簡単に釣れたぞ。
ロイヤルファミリーの胃袋を支配して、アンテナショップに御用達の旗をドーンと貼らせてもらうぜ。
でもこの人達のクチがパンケーキやワッフルごときで満足するのか?
普段からもっと美味いもん食ってんじゃないの?
少し心配になってきた。スオーリー副団長は美味いと言ってたけど、あのクチはあてにならないからなぁ。
「これは明日が来るのが楽しみだな」
「ええ、こう言う機会はそうありませんもの」
「母上は明日の食事は少々量を減らすと良いですょ」
それ言って良いやつ? 意外と地雷かもょ。
「その分だけ余分に体を動かします。
そうね、エリックに相手になってもらいましょうか」
「えっ! それはちょっと」
皇太子殿下が焦ってるってことは、名前はエリックなのか。
やっぱり地雷を踏んだみたいだけど、体を動かす相手って何のことだろ?
「ところでクレストよ。
山の中にあったダンジョンを発見し、奥まで探索したのだな?」
あれ? 今度はそっちの話かよ。
アレコレと話題が移り過ぎだろ。
「はい。一階層しかありませんが、最奥まで到達するのに片道一週間もかかる予想以上に大きなダンジョンでした」
「万全の体制で臨んだのじゃな。
往復二週間もダンジョンを歩くなど儂らには到底無理だが、体調はおかしくはならなかったのか?」
「はい。天井には光石があり、外と同じように昼夜があったのが幸いでした」
「それもあってキリアスからの移民達をあのダンジョンに住まわせようと思い付いたのか?」
あぁ、国王が一番聞きたいのは彼らの扱いについてなのか。
「幾つか理由があります。
まずリミエンに移動させれば住民とのトラブルになるのは必至であり、広くて比較的安全なあのダンジョンなら当面の生活も可能と判断しました。
それと小麦や野菜以外はダンジョンで採れる物で賄えると思ったのもあります。
それに飲み水も確保出来たのが大きいです」
「小麦なら国内にも余剰がかなりあるからな。
輸送の手間はあるが、あの旨いダンジョン産の果物と交換しても良いかもな」
「旨いダンジョン産の果物、ですって?
それは聞いておりませんよ。国王様は一人だけ食べたのですね?」
国王陛下、うっかりやっちゃったね。
ケルンさんが商業ギルドに渡したアテモヤの一つが献上されたんだと思うけど、黙って食べたなら内緒にしとかなきゃ。それを王妃様にバラしてら。
「王妃様、宜しいでしょうか?」
「申してみよ」
「その果物『アテモヤ』なら私も幾つかマジックバッグに入れてあります。
宜しければ」
「この後、受け取りに参る」
「承知しました」
王妃様、チョロすぎるっ! いやぁ、可愛いもんだょ、アラフォーだけどね。
「ゴホン、気を使わせる。
話を戻すが、キリアスの彼らが危険だとは思わなかったのか?」
「そこは百人と模擬戦をして力の差を見せつけましたから大丈夫です。
ベルさんと食客の熊の魔族、『紅のマーメイド』の四人も活躍しました。
唐辛子の成分を凝縮させた液を嵐に混ぜて攻撃したのが決め手になったので、ズルと言われても仕方ありませんけど」
彼らがリミエンを墜とすつもりで来ていたことは、皆で墓場まで持っていくと決めてある。
「国王陛下、その最近噂の『紅のマーメイド』の実力を計らせて頂きたく」
とクルーガー騎士団長。
アヤノさん達、王都にも名を知られていたのか。
「それは儂は構わんが、クルーガー騎士団長が興味を持つ程の実力者なのか?」
「実力は分かりませんが、かなり特殊なダンジョン産の装備を手に入れたと耳に挟んだものですので」
騎士団長が一番目立つのはやはりセリカアーマーこと『気高き女戦士の鎧』と『ヒルドベイル』だろう。
アヤノさんの鎧も軽鎧としては異常な防御力を誇り、剣も魔剣を渡してある。騎士団の強い人でも簡単には勝てないと思う。
サーヤさんとカーラさんの実力を見るなら広い場所と大勢の犠牲者が必要だ。
「彼女達は僕とルベスが稽古を付けてある。
騎士団でも中堅クラスの実力はあると思うよ。
武具は確かに良いものを揃えているけど団長や副団長は勿論、三席には遠く及ばないと思うから、サシでやるなら五席か六席あたりまでかな。
でも彼女達に騎士団とやる理由が無い。
理由なく強いから戦いたい、なんて言えば彼女達は断るに決まっている」
その五席ってのがどれくらい強いか弱いか分からない。
一つの騎士団の中で上から五番目ぐらいに強いのだとしたら、かなり強いんじゃないの?
「ベルビアーシュがそう言うのなら、試すのはやめておこう。
余計な事を言ってスマンな」
「国宝級の魔道鎧だから騎士団が気になるのは当然だ。
だけど手合わせを頼むなら誠意を持って本人に直談判することだよ。
彼女達は冒険者。何よりも権力者から強制されることに拒絶反応を示す。
それはクレスト君も僕も同じこと。
誰であれ、どんな事であれ、くれぐれも身勝手な押し付けをしない事を期待するよ。
僕達冒険者の背中には見えない翼がある。
もしこの国に嫌気がさせば、どこまでも飛んで行くってことを忘れないように」
いつでも国を見捨ててやると良く国王の前で言えたもんだ。
さすがに陳列棚の人参やゴボウが騒ぎ出した…あ、違った、参列している有象無象の役人やら貴族やらが騒ぎ出したがベルさんは知らぬ顔。
「静粛にっ!」
ここでガースト宰相が大きな声で人参達を一喝した。急にやるから少しビビったよ。
「ベルビアーシュ殿が今話されたのは、人として当然の事である。
誰でも意にそぐわぬ事を強要されればイヤな気持ちになるものだ。
ましてやここに列席する君達は国を代表し、民への規範を示さなければならぬ立場であるぞ。
権力を嵩にし、市民に無理難題を押し付けるような言葉通り罷り成らん」
まさかベルさんの言ったことって仕込みなのか?
この流れって、俺に対して馬鹿な偉い人達がアレコレ言ってくる前に予防線を張ったようにしか思えないんだけど。
「うむ、ガースト宰相の言う通り。
イヤな事を押し付けるようなことはするものではない。
それが業務上どうしても避けられないと言うのであればやむを得ないが、自分の欲求を満たす為だけの狼藉を働くようなことは決してあってはならんぞ」
国王よ、そう言うけどあんたさっきドラ焼き催促してきたこと忘れてないかい?
自分はノーカンだと思ってたら、いつかワサビたっぷりのドラ焼きで泣かしてやるぞ。
で、それでキリアスの話は終わりで良いか?
あまり突っこまれるのは言えない事も沢山あるから困るんだけど。
「話を戻す。
転送ゲートから出て来た移民達を受け入れたのはクレストの大英断であり、今のところ王都に聞こえて来ている話では問題は無さそうだが…」
「ただの冒険者でありながら、よくも得体の知れぬ大勢の者達を受け入れる決意を固めたものね。
私は貴男のその決断を支持しているけど、当然ここに居る者の中でその決断を認めぬ者も居るわょ。
たまたま結果が良い方向に向かっているけど、そうでない結果になることは考えたのかしらね?
下手をすればリミエンに大きな混乱をもたらす事になったのは理解しておろうな?」
突然、国王から王妃様にバトンが渡る。
単なるお飾りではなく、国政にもクチを出すパターンの王妃様なんだ。
「はい、そこは理解しておりました。
それでも彼らの持つ技術や知識はコンラッド王国より優れた物もあり、それを得られる機会を無駄にしたく無かったので、彼らと友好関係を築くことを第一に考えて行動しました」
それが襲ってきた彼らを一人も殺さないように戦った理由なんだけど、アルジェンの麻痺の魔法と世界樹から貰った治療の葉があったから達成出来たんだよね。
「現在のキリアスは五大勢力が国を大きく占める状況にあり、彼らの勢力はその一つにより滅びる直前でした。
戦乱の地から逃れて来た彼らに衣食住、それに仕事を用意すればきっと彼らも安心し、リミエンに対して無茶はしないと思いました。
リミエン伯爵様にはご心労を掛けたと思いますが。
彼らを擁すればリミエンの益になるのは間違いないと判断したことが結果的に吉と出ていますが、それを越権行為と仰るのも理解致しております」
「なるほど。そこまで考慮の上と申すのであれば断罪するつもりは無い。
だが千五百人もの勢力を一時的に其方は有した事になる。
つまり領主となっておった訳であるが、それについてはどう考えるのじゃ?」
「兎に角食うに困らせまいと必至で、領主になったなど考えてもおりません。
それに彼らを受け入れた後に自分はキリアスに行っていたので、実質はリミエン伯爵の采配による部分が大きいかと。
キリアスから戻ってきてダンジョンを見て、短期間に良くぞあれ程まで発展させた物だと伯爵様のお力に感動したぐらいです」
俺は方針だけ決めて伯爵に丸投げしたもんね。キリアスに置いてきぼりを食らって逆にラッキーだよ。
「して、クレストよ。
お主はあのダンジョンの管理責任者にリミエン伯爵から任命された場合、その職に就くつもりはあるか?
住民達はそれを望んでおると聞いておる」
「いいえ。
リミエン伯爵配下の役人を当てて頂きたく。
あのダンジョンの生み出す利益はリミエン伯爵のお力あっての物です。
彼らとは友として付き合うことはあっても、その上の立場に就くつもりはございません」
出来ればルケイドを管理責任者にしてくれれば一番なんだけど。
ここでベルさんが割って入ってきた。
「王妃様、その件でございますが私めを当てて頂くことは無理でしょうか?」
「ベルビアーシュ殿がか?
国王陛下、ガースト宰相、ドラゴンスレイヤーをダンジョンの管理責任者とする案、いかがである?」
そこで名指しされた二人が相談を始めた。
別に良いんだけど、この謁見って玩具渡してトンズラの予定だったよね?
どうしてこうなった?