第13話 戦闘の終わりに
黒装束達との戦闘は、ベルさんが予想外の苦戦を強いられているけど大局はこちらに傾いた、そう思ったのに。
青色のオーガの肩に乗って現れた小柄な男の登場が戦場の雰囲気を一気に変えてしまった。
「残りのは俺一人で相手するから」
そう言ったかと思うと、その男は私の視界からスッと消えた。
ヤバイっ!
居なくなったのでは無く、私の意識が追い付かない程早く移動する技を使ったのね。
咄嗟に防御姿勢を取ったのはただの偶然なんかじゃ無いわ。
何度も死にそうな目に遭った訓練の賜物よ。
ドンっ!と衝撃がヒルドベイルを伝って体に響く。
「アレを止めた?
凄いよ君! やるじゃないっ!」
バッとバックステップで私から距離を取ったこの男の手には革製のグローブが填められていいた。
今の衝撃は格闘スキルによるものなの?
まるでハンマーで殴られたような一撃が、その小さな手のひらがもたらしたものだとはとても信じられない。
「そうそう、驚いてくれなきゃ、わざわざ出張ってきた甲斐が無いってもんだ。
今のが見えたとは思えないけど、まさか見えた?」
「そんな訳無いでしょ。ただの勘」
見えたと言っても二撃目が防げなければ嘘を付く意味がない。
「だよね。正直な女は好きだよ。
でもね…僕って嘘つきな女の子をヒイヒイ言わせて正直にさせる方がもっと好きなんだよ。
だってそっちの方が、痛い目にあわせる楽しみがあるだろ?」
「随分と腐ってるのね」
エターナルファールムを軽く握り、男の攻撃に備える。
早さだけで言えばルベスさんを越えるのは、速度アップ系のスキル持ちと考えて良い筈。
「実はさ、僕達ってちょっとリミエン墜としてコイン集めてから帰らなきゃならないんだ。
もし手伝ってくれるなら殺しはしない。
どう? 取引しない?
君、騎士ではないよね?
ダンジョ産のレアアイテム持ちみたいだけど、大銀貨級の冒険者なんでしょ?
君ならそれなりの月給で雇ってあげるよ」
「リミエンを墜とす手伝いをしろ、ですって?
そんなの、ノー以外の返事はないわっ!」
「やっぱり君は正直だよ。残念」
その瞬間、危険を察知して半歩ずれる。
「おっと! 良い勘してる」
男が手を突き出したまま笑うと、ちょこまかと私の周りを動きながら拳と脚で攻撃をしてくる。
あの一瞬で消える技以外はブリュンヒルドの防御力を抜けることは無さそうだけど、目で追うことは出来ず背中から強烈な衝撃を受けた。
ウッッと息を漏らし、呼吸を乱すとそこから嵐のような連続攻撃に襲われる。
一撃一撃は大したことがないように思えても、ダメージの蓄積は私から戦う力を徐々に削いでいく。
「しぶとい。普通ならとっくにくたばってる頃なのにイヤになっちゃう。
なんだよ、その鎧は?
こんなチートな鎧は『ブリュンヒルド』ぐらいしか知らないぞ。
でもこの程度の冒険者がそんなの持てる訳ないか。ほんとヤダねぇ」
この人、ブリュンヒルドを知っているの?
クレストさんも、クレストさんの中に居るって人もこの鎧のことを知らないそうなのに。
聞かなければ!
力を込め、男の拳を肘でガードする。
この鎧をクレストさんから頂いた以上、こんな奴に負ける訳にはいかないもの!
「『ブリュンヒルド』を知っているの?」
「あれ? まだ話せる体力あったんだ。
良いよ、教えてあげても」
「ほんとっ?!」
「僕の仲間になるならさ」
残念、簡単には教えてくれそうにないのね。
「それにしても、他の奴らの弱いこと。
いつの間にか、立ってるのはジー君と青ちゃんだけだよ、どうなってるの?
君達、強すぎない?
どう考えても大銀貨級越えてるよ?
強さのサバ読んでるの?」
言われてみれば…周囲からは戦闘の音が聞こえ無くなっている。
ここに近寄る足音は頼れるリーダーのアヤノとラビィ、それから少し遅れてルケイドさんも来ているようね。
サーヤとカーラ、オリビアさんはいつでも攻撃出来るように構えていて、クレストさんとエマさんはどうやら馬車から降りたところのようね。
さて、残りの敵は現在三人だけになったけど、敵はどう動いてくるかしら?
そう言えば、アルジェンちゃんは出て来なかったわね。あの子の性格ならそこら中を飛び回ってもおかしくないのに。
「数で勝っても質で勝ったと思うなよ」
小柄な男は余裕をまだ崩さないのね。
でもこの男の言う通り、アヤノでもこの男の相手は厳しいだろうし、ラビィ一人を頼ることになるかも。
それに赤いオーガに変身した自称隊長は弱体化したようだけど、青色オーガの副官は全く動かないから判断が付かないわ。
「ひょっとしたら勝てる勝てないの算段してる?
言っちゃなんだけど、俺にタイマンで勝てるのは勇者の家系か上級魔族だけだから」
「それはおかしいわね。
隊長はキリアスにも戻る場所が無いって言ってたわ。あなたが本当にそんなに強いのなら、キリアスの内戦を制して王になっているのでは?」
小柄な男のセリフを素直に受け取れば、普通の人間なんてこの人には敵う訳が無い。
そんな人なら、とっくに王の位に就いていないとおかしいわよ。
「…ふんっ、俺と同じぐらいの強さの奴らがそれぞれの勢力に居るんだよ。
腹が立つことにね。
キリアスは勇者の子孫も居れば魔族もたくさん居るんだよ。コンラッドなんてやる気になればいつでも取れるんだよね」
戦乱の続くキリアスに、他国に討って出る余裕があるとはとても思えない。
領地から戦力を動かせば、守りが手薄になったところで他の勢力から攻撃を受ける筈。
だけどこの人達がリミエンを墜としに来たと言うことは、キリアスの拠点は放棄して不退転の覚悟でリミエンに攻め込むつもりだったと考えられる。
「それに長く続く戦乱が、金の有る領地の奴らの魔術や魔道具も進化させているんだぞ。
金の無い俺達はキリアスじゃ負け犬なのさ」
「それでコイン集めて帰るってことね」
なる程、クレストさんの魔法はキリアス仕込みってことは分かったわ。
それにしてもコイン…つまり軍資金をリミエンで調達すると言うのは分かるけど、リミエンにそんなにお金は有るのかしら?
それに帰る場所は無いと言いながら、コインを集めて帰ると言うのは矛盾しているわ。
帰ると言うのは、コチラで兵隊を集めていつかキリアスの他の奴らに逆襲を掛けると言う意味?
「そうだよ。なんでも黒髪の若造が幻の旧貨幣を大量に持ち込んだそうじゃないか。
そいつを持ち主が取り返しにきたと思ってくれりゃ構わないだろ?
さて、これだけ教えてやったんだ。
これ以上は有料コンテンツだ」
幾つかまだ不明なことは残っているけど、黒装束達の置かれている状況と目的は分かったわ。
だからと言って、ハイどうぞとリミエンを差し出す訳にも行かないのだけど。
「その為にリミエンを墜とすだと?
ふざけるなっ!」
いつもは温厚篤実を絵に描いたようなルケイドさんが激怒するのは初めて見たわ。
もし私達がここで彼らに遭遇しなければ、リミエンの人達に多大な影響が出たことは確実だから当然よね。
「仕方ねえだろ。キリアスにゃ戻れねえんだ。
生き残るには墜としやすそうなとこに目を付けるしかねえんだよ!」
リミエンに金貨級以上の冒険者が居ないとしても、ライエルさんも居るし、領主軍もある。
そう簡単には墜とせないと思うけど、内通者が何処に何人居るかで状況は大きく変わる筈。
考えたくは無いけど、冒険者ギルドや領主軍の中に裏切り者が居る可能性だって捨てきれない。
「それとも何かい?
お兄さんがキリアスの内乱にケリを付けて、俺達に安全な生活を保障してくれるとでも?」
と言う質問に、
「それなら難民申請すれば良いじゃないか」
とルケイドさんが答えるけど、キリアスとは国交が無いからそれは無理よね?
この人達だって無意味に争いを起こすつもりは無かったんじゃないかな?
だってあの緩い雰囲気はどう考えても強い軍隊のものでは無かったもの。
「おいおい。国境は他の領地の奴らに抑えられてて、俺達にゃ出る術もねえ。
それが出来ねえから、座して死を待つぐらいなら守りの緩いリミエンを奪おうって話になったんだぜ。
運良く地元のダンジョンからこのダンジョンに転送ゲートを繋ぐ事ができたんだから」
キリアスの情報は残念ながらこの国には殆ど伝わらないの。
幾つの勢力があるとか、その分布とかは謎なのよね。
「事情は分かった。
それならコンラッド国籍を取得して農業なり魔道具製作なりに打ち込む選択肢もある」
「俺の下には老人女子供含めて約二千人。
それだけの人数を養う食料と金と仕事はあるのか?
悪いがスラム暮らしなんざゴメンだぜ」
どう考えても、リミエンには二千人もの人を受け入れる余裕は無いわね。
衣食住の全てを用意するにも莫大な資金が必要になる。それに住居その物も新たに建てる場所も足りないだろうし。
そして仕事よね。
半分が就職を希望したとしても、千人もの就職先は見つからない筈。
コイツにだって人数が多すぎて、リミエンだけでは対応不可能なのは考え無くても分かるわよね。
「ちょっと良い?
働いてくれるのなら、農業や色々雇いたいことがある。
と言っても俺の資産でも二千人はさすがに養えないけど、このダンジョンの中なら農業も出来るし、木材も伐り放題。
暫く暮らしていくには十分だと思う」
クレストさんがそんな提案を出してくれた。
でもさっきの戦いで大勢の人を殺してしまった私達に対して、その二千人が良い感情を持つとは思えないわ。
それよりクレストさん、あなたは魔力が無いのだから、まだ戦場に出て来るのは危険だと思うのだけど。
「パパ! 重傷者三名の回復完了したのです!
中・軽傷者は自分の足で回復スポットに向かわせたのです」
「サンキュー、助かった。
死者は何人?」
「ゼロっ! 皆に『麻痺』を掛けて大人しくしてもらってるのです。
パパ、ホント妖精使いが荒いんだから、後で沢山甘やかして欲しいのです!」
えっ?! アルジェンちゃんの姿が見えないと思ったら、そんなことをやってたのね!
「蝶の羽根? そいつは…妖精か?
それに死者がゼロだと?」
それには私も驚いたわ。
死んだと思っていたのは、まさか『麻痺』によってそう見えていただけってこと?
それにあの人数に麻痺を掛けたなんて、アルジェンちゃんってどれだけの魔力を持っているのよ?
「さすがに私も魔石も魔力残って無いのです。
今日はご馳走を頼むのです!」
「ワイもや! 殺さんよう加減して戦うのに往生こいたで。
そやから鮭のムニエル、摺り下ろしリンゴのソース添えで勘弁したるで」
「本当よね。
麻痺矢を使えなんて指示されるとは思わなかったわ」
クレストさん、そんな指示を出してたの?
まさか最初からこの人達、黒装束集団に働いて貰うつもりだったのかしら?
「コッチは殺す気満々で掛かっていたと言うのに…アンタの手の上で踊らされていたのか?」
小柄な男がグローブを外し、両手を上げる。
一応これは降参の意思表示。でも歴史上にも偽りの降参ポーズを取った者は何人か居るから信用は出来ない。
「いや、躍らせたつもりはない。
会話の内容から、もしかしたらと思っただけだよ。それで皆には苦労かけてはしまったから申し訳ないけど」
「腕を切り落とした人は?
それとラビィが嚙み殺した人と、私がアレ切り落とした人と…」
「最優先で治療したのです!
まさかアレを切る…笑ったのです!」
ラビィが首に噛み付いた人は、どう見ても死んでたのに…幻影の魔法か何かを使って、そう見せ掛けたの?
「一人はかなりヤバかったから、特殊な治療を施したのです!
ソレ用の道具は一回分しか無かったから、もう出来ないのです!」
魔界蟲から産まれた子だから出来たのか、それともクレストさんとエマさんの子供だから出来たのか…その両方かも知れないけど、やることのスケールが違いすぎてもう笑うしかないわ。
ベルさん達も元の姿に戻り、互いの健闘を讃えあっているし。
私の剣は丈夫さに特化しているから、実は斬れ味はかなり悪い。それもあって私には殺すなと言う連絡が無かったのかしら?
手加減して戦うのは不器用な私には無理だから、それで良かったのだけど。
「黒っぽい髪のお兄さん、俺達を雇ってくれないか?」
戦意を無くした小柄な男がそう言うと、クレストさんに大きく頭を下げる。
「さすがに二千人となると俺の一存では決められないけど、戻ったらリミエン伯爵に頼んでみる。
無意味に命を散らす必要なんて無いよ」
と頭を上げさせ、優しく微笑むクレストさんにやっぱりこの人はスケールが違うと改めて思ったの。