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第145話 戦女神と一つの可能性

「お腹いっぱいなのです!」


 二人前の料理を平らげても全然見た目の変わらないお腹をパンパンと叩くアルジェンと、その隣で生け花のようにグラスに頭を突っこんでいるカオリに周囲からの視線が集まっている。


 俺に生け花の心得はないので、花瓶的な物に花が突っこんであれば生け花と呼ぶことに決めたのだ。

 でなければ、このカオリの状況を説明出来ないのだから。


 このレストランに入る前のことだ。


 アルジェンを隠す意味がそれ程無くなった以上、カオリ一人をホテルに残しておくのは可哀想だと意見が出されたので、ホテルからカオリを連れ出すことにした。

 お昼ごはんには少し早いが、ベルさんが朝ごはんを食べていないと言うので、早めのお昼にしようと適当なお店に入ったのだ。


 妖精が現れたと言う情報は王都中に広まっていたようで、俺の肩に乗っているアルジェンがどこに行っても注目を浴びる。

 だが本人は然程気にする様子も無く、カオリと仲良く遊んだり合体したり。


 全身に茨の絡まった金属鎧を着たアルジェンは中々のチューニストだろう。ただしカオリの頭が兜のように乗っているので、そこだけかなりバランスがおかしいが気にしてはいけない。


 俺達を席に案内したフロア係もアルジェンに注目するあまり、テーブルにぶつかったり椅子でこけそうになったりと大変そうだ。


 フルーツジュースを頼むと、カオリが俺に断りも無く大きな頭を突っこんで飲み始める。

 アルジェンの通訳ではお昼は軽く済ませるからと言って、カオリ一人でジュースを四杯も飲んだのだからビックリだ。

 この子らと食べに行くと硬貨がチャリンチャリンと飛んで行く。もう少し安上がりにならないものか。


「お客様、テーブルの上で御子様を遊ばせるのは…」


 レストランの偉い人が俺の隣に来てそう告げると、

「私はお子様ではないので構わないのです!」

とアルジェンがある意味正論?の反論をする。


「他のお客様も居られますので、なるべくお静かにお願い致します」

「食事は賑やかな方が楽しいのです!」

「騒がしいのを好まないお客様も居られますので」

「それなら最初にそう言って欲しかったのです。

 魔法で遮音するのです!」


 多分論点はそこではないのだが、他のテーブルに音が届かなくなったのだから彼の言葉上での要求は完全に満たしている。

 複雑な表情でテーブルを離れる偉い人にゴメンねと言っておくが、恐らく聞こえていない筈。


 どうやらこの店はアルジェンを連れている時に入る店ではなかったようだ。隣のテーブルとの距離がある店を選んだんだけど、次からは考えないと。


 それでもお客様の中には、

「可愛らしい妖精さんだこと。ありがたや~ありがたや~」

と何故か拝む人も。

 御利益は無いと思うけど、ああ言うのは気持ちの問題だし、しかも銀貨一枚の御布施も置いてってるし。


「さて、お腹もいっぱいになったところで冒険者ギルド本館に行ってみようか」

「そこって、もう運用開始してるんです?」

「今朝から限定的にね。」

「戦女神…はぁ、無事に明日の太陽を拝めるかしら…」

 

 アヤノさんが今から向かう冒険者ギルドで出会うであろう人達を恐れてか、少し萎縮したような様子を見せる。


「その人達ってそんなに恐いの?」

「恐いとかじゃなくて、今からコンラッド最強の女性パーティーと呼ばれた人達にしごかれるかも知れないんですよ」

「俺の護衛を勤めてるんだし、そんなに足腰立たなくなる程のシゴキは無いと思うけど」

「そうだと良いんですけど…人間離れしてるとか…」


 オリンピックを連覇した霊長類最強アスリートが四人揃っているようなパーティーなのかな。


「彼女達を知らないクレストさんがおかしいんです」

「そう言われても、キリアスからこっちに出てくる前の記憶って無くなってるし」

「それなのに色々と出来るし物知りなのはズルイです」

「それは…俺もどうしてか分からないんだよね」

「ひょっとしたら誰かがクレスト君の頭の中を弄くり回したのかもね。魔熊の森には精神体の魔物が居るそうだし」

「そうなのかな?」


 ベルさんの魔物説をアヤノさんは納得していないようだが、召喚者ではなく転生者は知られていないのだから説明しようがない。

 正直に話して『へぇー、そうなんだ』で済むならラクなのだけど、勇者の世界の技術の方がかなり進んでいる事は知られているのだから、きっと転生者にその知識を求めて人が集まってくると思う。


 しかし、完成形は知っていても俺には作れない物ばかりなのだから、期待外れと言われるのがオチだろうな。


 そんな事をボンヤリ考えながらかなり広い王城前広場にやってきた。

 王城前と言っても、更にそこから北に向かってかなり歩いたところに王城はある。王都の中心部にある大きな広場が便宜上そう呼ばれているだけなので、城が見られるのかと期待していただけに少しガッカリ。


 この王都は地下水ではなく近くの川から水を引き込んでいて、王城前広場を跨ぐように水道橋を兼ねた歩道橋が建設されているのが少し面白い。

 逆ベルヌーイの定理を知ってる人が作ったのかな?

 王城から出て来る馬車が多いから、安全確保の意味で作っただけかも知れないけど。


「ありゃま、アレが冒険者ギルド」

「そうだよ。一階フロアには武装した冒険者千人が入れると言われているけど、実際はどうなんだろうね?」

「知らないけど、デカいとしか言えないか」


 どこかのオシャレなアリーナだよ。体育館と呼んだら失礼な…実際にはアリーナとは違うだろうけど、まあ無駄にオシャレな外観だこと。


 そのお隣さんが商業ギルドで、これもリミエンのより大きいけど…ひとまわり小さいからショボく思える

 でもギルド間の行き来がラクなのでリミエンより便利で羨まし…

 はて? 俺って一体何が本業だっけ?


「大きな資料室にトレーニングルームに戦闘訓練施設も地下にある。王都ご自慢の建物だ」

「そんなのがこんな一等地によく建てられたな」

「コンラッド国王一世が冒険者出身だったそうだからね。

 それもあって、僕達の引退後はトラブル続きなんだけど冒険者制度がまだ続いているんだよ」


 それは初耳だ。まさに立身出世の極みだね。


「でも平和が続くと、どうしても腐敗が進むんだよね」


 どこの国もどんな組織もそれは同じだよ。

 だから独裁政権国家や与野党の入れ替わりの無い国はドンドン落ちぶれていく。

 大久保利通卿のように自分が借金して公共事業をするような人がトップなら少しは違うんだろうけど。


 建国九十五年目のこの国の今の国王はルシウム・ド・コンラッド四世。

 まだアラフォーのイケメンらしい。きっと家族は美男美女の集まりだろうから実に腹が立つ…なんて思っていないから…。


「言っておくけど、もうトラブルは起こさないように。

 さすがにこれ以上は庇いきれないからさ」

「いや、ベルさん達が素直にギルドの現状を教えてくれていたら、違う結果になってましたよ。

 そこんとこ、よーく考えてくださいね」

「さて明日も晴るかな~」

「誤魔化し方が下手過ぎて、カッコ笑いなんですけど」


 レストランを出る時にアルジェンとカオリをバッグに入れたので、今は良く寝ていて静かなもんだ。

 アルジェン曰く、スライムベッドの寝心地は世界一らしいので、人間サイズのスライムベッドが欲しい今日この頃だ。


 ベルさんの先導でギルド本館の玄関を通り建物の中へ。

 内部は質実剛健、派手な装飾は一切無しだ。

 どうせ冒険者同士の争いで壊れるだろうからと考えて省略したんだろうか?


「掃除が大変そうね」

「冒険者に与える罰として掃除の刑があるからね」

「随分無駄だね」

「そっちの二人は気楽で羨ましいわ」


 アヤノさんがドヨーンとした顔でそう呟く。そんなに戦女神と会うのがイヤなのか。

 でも確かに俺もブリュナーさん四人のパーティーを相手にするとなると、同じ反応をするかも知れないか。


「やっときたね」


 そう声をかけてきたのは、見るからにアマゾネスな四人組の中でも一際目立つ女性だった。

 左眼の下辺りから斜めに二筋の傷が走っているのは、何かの魔物の爪痕だろう。


「皆さん、相変わらずお美しいですね」

「もう寿命もターニングポイントのおばさん連中に何をおべっか使ってんだい。

 どうせベルビアは若い女とヨロシクやってんだろ?」

「四人揃って妖艶な色気をプンプン撒き散らすのは犯罪ですって。

 あと僕のことはベルさんと呼んでくれると有難いですけどね」

「四十過ぎた男が僕なんて言うもんじゃないよ。気持ち悪い。

 で、そっちの男の子が噂の子かい?」


 そこで俺の方に彼女の視線が向けられた。

 猛禽類のような金色の瞳は空から獲物を狙う猛禽類を連想させる。

 この瞳で骸骨さんの殺気を武器として放出するスキルを使われると、大抵の人間は泡を吹いて倒れるに違いない。


「そんなに緊張しなくても食べたりしないこともないからさ」

「それ、どっちだよ?」


 多分食べるって意味だと思うけど、反射的に聞いてしまった。


「良い突っ込みだね。

 勿論食べる方に決まってるだろ」

「それならノーサンキューで」

「おばさんには興味ないって?

 つれないこと言うもんじゃないよ。後ろの子達とはやってないんだろ?

 別嬪揃いなのに勿体ない」

「婚約者がいるので大丈夫ですから」


 この手の人って苦手なタイプだわ。デリカシーが無い実力者ってやつ?


「皆さん、先に自己紹介をしましょうよ。

 フレイアさんからどうぞ」


 俺がたじろいでいるを見てベルさんが助け船を出したみたいだ。たまに船底に穴が開いてるけど。


「それもそうだ。

 私は戦女神のリーダーのフレイアだ」

「リンだ。弓が得意だな」

「カルマ。攻撃魔法なら任せな」

「ジャンヌ。戦闘とは守りがあってこそ。地味な役だけどね」

「元々は四人の名前を取って『フーリンカジャン』って名前を付けてたんだけどね、いつの間にか戦女神なんて大層な呼び名が付いちまったんだよね。笑っちゃうだろ?」

「フーリンカジャンって…早くて静かで激しくてドッシリみたいな感じ」

「良く分かってるじゃないか!」


 嬉しそうにフレイアさんがバンバン俺の肩を叩いて攻撃…痛いっす。


「私はスピードを活かした戦い方が好きでね、リンはハンターで待ち伏せや奇襲の名手。

 カルマは魔法大好きオバサンでジャンヌは防御職…最近の若いもんは盾を持たないらしいが…『紅のマーメイド』には盾を持つのが居るそうじゃないか。

 大したもんだよ。『戦女神』の名前を譲ってやりたいよ」

「とんでもないですっ!

 我々にはそれは重すぎます!」


 慌ててアヤノさんが断るがそれは俺も同意する。

 護衛の名前を聞かれて『戦女神』です!なんて…格好良すぎるだろ?


「じゃ次はクレスト君から」

とベルさんが俺を指名する。


「初めまして…てのも今更か。

 クレストです。大銀貨級を貰ってたんだけど、今は魔力を無くしてて冒険者は休業中です」

「それで…なるほど、ちょっと音を聞かせて貰うよ」


 カルマさんがススッと出て来ると、ピタッと俺の胸に耳を当てた。聴診器が出来る前の直接聴診法かよ。

 それから少しずつ場所を動かして耳を当てる場所を変えて行く。だが両手を俺の背中に回す必要はあるの?


「カールーマー、いつまで遊んでるつもり?」

「良いじゃない。若い男の子に抱き付く機会なんて無いんだから。

 クレスト君も抱き締めるチャンスだったでしょ?

 奥手なんだから」


 …今のはただのセクハラ行為かな?

 控え目な香水の匂いが大人の女性らしさを演出してて、少しその気になった…けど。


「でも診断は出来たわよ。

 オーバーロードシンドロームで…魔力伝達系の損傷だね。

 ざっと全治二、三十年ぐらいかな。よっぽどの死にそうな目に遭った…のかな?」

「三十年…えぇ、まぁそんなとこです」

「良く五体満足で帰って来られたね。うん、偉い偉い、よく頑張ったね」


 そう言い頭を撫で撫で…子供じゃないんだけど、彼女達から見ればヒヨッコみたいなもんか。


「次はマーメイドの四人だね」

「じゃあ、私から。

 『紅のマーメイド』リーダーのアヤノです。

 両手剣を使っています」

「サブリーダーのセリカです。

 ダンジョン産の鎧と盾を頂き、ジャンヌさんと同じ防御職をやっています」

「ハンターのサーヤです。」

「魔法使いのカーラです。得意な属性は風、苦手なのは土です」


 これで自己紹介は終わりだね。


「ところで町じゃ妖精騒ぎが起きてるけど、その妖精さんはクレストの子かい?」

「子ではないけど、俺の連れです」

「濃紺の髪で妖精連れ…まるで何処かの勇者の再来みたいな子だね」


 再来と言われても、勇者ってクズ人間が多いから嬉しくない。普通の異世界ならそこそこ喜べるのに。


「知ってるかい? 初代勇者は濃紺の髪で妖精を連れた男の子なんだよ。

 その後に劣化版の黒髪だの茶髪だのブロンドだのが召喚されたようだけどね。

 だからクレストは初代勇者の生まれ変わりかもね。それか本人か」

「なるほど、それなら以前の記憶がないのに色々知識があるのは納得出来るかもね」


 フレイアさんとベルさんがおかしな事を言い出したけど、俺の前世は魔王だから初代勇者は別人だよ。

 でも、その事実も言えないんだよね…えっ?

 まさか骸骨さんの前世が初代勇者だった…とか言わないよね?

 それなら…あのおかしな武器や防具のコレクションも納得出来るけど…違うよね?

 

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