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第142話 最後はこの人が

 副団長の弟が思ったよりダメ過ぎて、つい外に出てきちまったが、俺は悪くねぇ。

 後はクレストに任せて成り行きを見守ってやるか。

 それにアイツでどうにもならない時には助けてやるさ。


「待ってよ」


 速歩で廊下を歩く俺の後をマーメイドの四人が走って追い掛ける。甘ちゃんのクレストも随分と人気者だな。

 面倒なのはクレストに押し付けて、高みの見物としゃれ込むとするか。


 ここで意識が戻ってきた。


「…あの野郎…また特大の厄介事を…」


 王都の冒険者ギルドに喧嘩を売ってタダで済むの?

 今ならゴメンと土下座すればギリセーフかも…。


「副団長の弟さんの割にだらしないわね」

「それにカトーさんもマルバツさんもダメ」

「リーダーもセリカも喧嘩を打って平気なの?」

「クレたん、こうなったら…タダ飯の恨みは覚悟しなさいよ」


 これは俺のせいじゃなくて骸骨さんのせいなんだけど。

 俺にタダ飯の恨みをぶつけるのは間違ってるから。


 サーヤさんを除く三人が武器を手に取る。

 セリカさんは完全装備だが、アヤノさんは剣だけだ。

 カーラさんは眼鏡を掛けて臨戦態勢だが、戦闘になるとは決まっていない。


「カーラ…言っとくけどクレストさんを斬る訳無いでしょ。

 ここの冒険者が襲ってくるかも知れないからよ」

「え? クレたんを叩くんじゃ?」

「護衛が護衛対象を斬ったら即廃業よ。明日からお日様を拝めなくなるんだから」

「冗談よ、冗談! やだなぁ、リーダーったら」


 まさかカーラさんは本気で俺をやろうとしてた?

 確かにタダ飯食い放題は魅力だからなぁ…


 廊下の突き当たりまで進むと、これからどうなるのかと期待や混乱の渦が巻く一階のフロアが広がっていた。


「出て来たぞ!」


 冒険者の一人が俺達を指差した。

 さっきまでのザワザワした空気が一転、シーンと静まり返る。

 だが、それはほんの一瞬のことだった。


「クレスト、どうなった? 説明しろ!」

と俺を指差した男がそう怒鳴る。


 何で俺? こう言うのって普通はギルマスが説明するんじゃない?

 それとも、あの弟はそう言うの出来ない人?


「ちゃんとタダ飯は断ったのです!」

と手摺に立ったアルジェンが腕を突き上げそう宣言した。


 事実だけど、今はそう言う問題か?


「本当だ、妖精だわ!」

「可愛い! 抱っこしたい!」


 アルジェンの姿にパンダやラッコを見てはしゃぐのと同じような女性達が居る一方、

「いきなり火だるまにするなんて非常識だろ!」

と怒鳴る声も聞こえてくる。


「じゃあ、もしバックスが俺じゃなくて、依頼を持ってきたお婆さんに当たってそのお婆さんが亡くなってたら、お前はどうするんだ?

 ゴメンで済んだら衛兵はいらないよ」

「そんな事を言ってんじねぇ!

 テメエの非常識さを棚に上げるな」


 いや、そうと言われても燃やしたのは俺じゃないし。こう言う時は、あのパターンだな。

 

「先に俺の質問に答えてよ。

 この冒険者ギルドはそう言う可能性を秘めているってこと、まだ認識してないのか?

 非常識なのはそっちだろ。どうせお前は喧嘩を止めずに煽ってたんだろ。

 その結果、ドアを壊して依頼人が亡くなるんだぞ」


 うん、ここはアルジェンのやったことを三段ぐらい上の棚に上げておこう。


「タラレバで逃げんのか!」

「えっ、タラバは好きなんだけど…あー、蟹も食べたいな。ここって蟹は獲れるのかな?」


 王都はリミエンより海に近いから、晩ご飯は海鮮に…


「蟹って食べれるの?」

と、俺が深く考え始める前にどこからか質問が上がってくる。どうやら声の主は…カーラさんか。


「えっ? 蟹、食べないの?

 種類によるけど、茹でたら大抵は食えるかと…」

「海には三メトルぐらいあるやつ居るよ」

と一階から声がした。


「三メトルって、タカアシかな。

 アレは水っぽいから焼いた方が旨いと思うよ」

「食べて良いんだ! 父ちゃんに教えとくよ! 漁場を荒らして困ってたんだ」


「でもスベスベマンジュウガニは食べたら死ぬから」

「嘘ッ! 毒もあるの!? 気を付けなきゃ」


 そう言や、シャリアでは蟹は食ってないのかな?

 食べられる蟹を捨てるなんて勿体ないことはしてないと思うけど、見た目やサイズの問題もあるかな。

 殻にフジツボが付いてるヤツなんて、知らなければポイしてもおかしくないかな?


「てめえ! 蟹の話で誤魔化すつもりか!」

「お前がタラバなんて言うからだろ」

「みみくそ詰まってんのか!」


 そう言や、コッチに来てから耳掃除してないな。下手にやると鼓膜を傷付けるからやるときは慎重に…ね。


「後で耳掃除しとくよ。

 で、つまりお前は婆さんが亡くなったぐらいなら、どうでも良いってことだな?」

「急に話を戻すな! 蟹の話はどこ行った?」


 そんなに蟹に興味あるんだ。この人も漁師出身なのかな?

 不漁で丘に上がって来たパターンとか。

 それとも人にフグを食べさせてチーンと…? 知識が無いならそれもあり得るか。


「まぁ、そう怒るなょ。

 だけどさ、お前みたいな漁師出身がハバを効かせてるから、このギルドがダメなんだとよーく分かったょ」

「なんだと! 元漁師を馬鹿にするのか!」

「あ、ビンゴだったか。

 でも漁師を馬鹿にしたんじゃないからな。

 俺、海鮮スキーな人だから漁師さんには敬意を払うよ」


 遠洋漁業とか俺には絶対無理!

 沖合いでの船釣りでも酔うんだし。たまにクロマグロ漁の番組とか放送してるけど、やっぱ漁師さんは凄いよね。


「でさ、キレてるところ悪いけど、冒険者が大事にしなきゃならないモノを最低三つ上げてくれない?」

 

 この元漁師さんに少し考えさせたら頭が冷えるかな?


「急に話題を変えるな!」

「そうカリカリするなよ。今も俺のターンだ。

 お前も冒険者なら、大事にしていることぐらいあるだろ?」


 と言ってる俺自身にそんなの無いけど。

 でもこのギルドの壁には冒険者の心得三箇条が書いた紙が貼ってあるから、それを読めば済むことなんだよ。


「パワー! スピード!…」


 それ、大事にしてるものとは違うと思うよ。

 でも面倒だから敢えて指摘しないけどね。


「あと一つは?」

「…うるせーっ! 舐めてんのか!」


 逆に余計にヒートアップさせたみたい。


「義理、人情、愛、信頼、誠実さ、信念、正確さ、スピード感、判断力、冷静さ…。

 そう言った答えを期待したんだけど」

「義理や人情で飯が食えるかよ!」

「そりゃそうだ、勿論食えないよ。

 だから自己犠牲の精神も少しは必要だな」


 この人を相手にしてたら、ライエルさんが冒険者のランク判定の仕方をアレコレ考えて苦労してるのが良く分かるよ。

 こんな奴が偉そうにしてるようじゃ、ギルドの他の仲間達まで腐っていくのは当然だ。

 

「お前みたいに体力と運だけで冒険者やってるようなド三流止まりが、良く偉そうなクチを叩けるな。

 ここにはもっとまともな奴は居ないのか?」

「俺は大銀貨級だ! 三流なんかじゃねえぞ!」


 へぇ、大銀貨級なんだ。ランク的には俺やマーメイドの四人と同じってことか。

 でもね、俺はそんなランク分けは無意味だと思ってる。


「パワーとスピードに自信があるなら、冒険者より騎士を目指せば良かったのに。

 あっちの方がラクに稼げるし、引退後も安泰だろ」

「あんな規律ばっかの所に居られるかよ」

「冒険者だって守るべき規律はあるけど、知ってるか?」

「そんなの知るか」


 ありゃりゃ、ダメだよ、そんなんじゃ。

 こう言う馬鹿には冒険者カードを発行する時にキチンと心得を教えないとダメだろ。

 まぁ、教えても速攻忘れるだろうけど。

 だから昇給試験の時なんかに再度徹底すべきなんだよね。


 冒険者の中には武装したチンピラみたいな奴も居る。

 冒険者ギルドはそんな連中の身分証明するようなお役所的な存在なんだから、当然管理体制もしっかりしたものが必要になる。

 そう言う面でリミエンの冒険者ギルドはかなり優秀だと言って良い。


「そこの受付嬢!

 アイツの最近の活動報告を手早く教えてくれ!」


 六人座っている受付嬢の向かって一番右の子を指名する。その子を選んだのは今居る位置から一番近いからであって他意はない。


「調べるので一時間待ってください!」

「うそっ、一時間も?!」


 思わず変な声が出た。

 リミエンならその十分の一の時間も掛からず出てくる筈だ。それぐらい冒険者の管理は徹底しているのだ。


 リミエンと王都じゃ冒険者登録している人数の違いはあるだろうが、カルテみたいな資料を出すだけでそんなにも掛かるものなの?

 アルファベット順とかで整理してないの?


「だって、あんな人知らないんです!

 無理言わないでください!」

「プッ!」


 あんな人ね。名前を知らないなら先に名前ぐらい聞けよ。


「じゃあ、その隣の…君は?」

「…無理。私も名前知らない」

「なら、名前知ってる人は挙手して!」


 結果は六人並んでいるのにゼロ。


「…マジか? 受付嬢に名前を知られていないのに、あんなに偉そうに…うわ、これ引くわ!」

「しゃあねぇだろ!

 ギルドが潰れてコッチに流れてきたばっかだからな」

「デカい顔して古参の奴じゃないのか。

 なんだ、ビビって損したよ」

「ビビってたんかぃ!」


 そんなに怒鳴るなよ。歳よりじゃないんだからよく聞こえてるし。


「ちなみにギルド嬢さん達、潰れたギルドから流れて来た人の活動記録は入手してるのか?」

「いいえ、邪魔なので」


 六人の中で一番経験のありそうな子が実に完結に答えてくれた。だがその答えは望むモノではない。


「アホかっ! それじゃ何時間待っても意味ないだろ」


 このギルド、やだ! マジで一回潰そうよ。


「俺、帰る! もうこの人達の相手したくない!」

「散々俺を馬鹿にしておいて逃げるのか!」

「先にお前が勝手に怒鳴ってきたんだろ。

 お前が俺に声を掛けなきゃ何も起きなかったんだぞ、ドゥーユーアンダースタン?」


 で、今はまだ階段を上がった所にいるわけで、階段を降りてロビーを突っ切らないと外には出られない。

 何人の冒険者に邪魔されるかな?


「仕方ありません。クレスト様に御用があるなら、先に私を倒してからにしてください」


 ここで『気高き女戦士の鎧(ブリュンヒルド)』に身を包んだセリカさんが俺の前に進み出た。

 そして一段一段ゆっくり階段を降りていく。

 その姿はまさに映画スターのように光り輝き、見る者の心を強く惹きつけた。


「どうやら話し合いでは解決しないようなので、私が力で正義を示します。

 我こそと思う方は、どうぞ遠慮なさらずに」


 そう言うとスキルに収納しているヒルドベイルを左手に掲げるが、右手は無手のまま。

 挑発して先に相手に武器を抜かせるのは喧嘩の常套手段だ。


「あの盾…どこから出したんだ?」

「盾だけじゃねえ。鎧だって着てなかったはずだろ?」

「まさかこの女は勇者なのか?!

 勇者はなんちゃらボックスってスキルを持ってるらしいし」

「そんなのに勝てるかよ! 反則だ!」


 セリカさんのやったことにギャラリー達からブーイングが。


「勘違いなさらないように。

 私は防具しか収納出来ない特殊なスキルを持っていますが、勇者などではありません。

 ですから頑張れば私に勝てるかも知れませんよ」


 ちなみに普通の鎧をアイテムボックスに収納しても、着付けに時間が必要なことに変わりは無い。

 ギルドの中で鎧をごそごそと着られる訳が無いのだが、そこを忘れて貰っては困るものだ。


「取り囲んでイカ殴りにするぞ!」

「そこはタコじゃないんだ」

「イカの方が人数多いのよ」

「そうなんだ。イカ殴りなんて言葉は初めて聞いたよ」

「クレストさん、サーヤ、何呑気に言ってるのよ」


 ロビーでは言葉通りセリカさんを取り囲んだ男達が猛攻を仕掛け始めていた。

 と言っても同時に攻撃を仕掛けられる人数は良くて三人から四人程度だ。


 そんなセリカさんを心配することなく、イカだタコだと話している俺達にアヤノさんが呆れている。


 でもセリカさんなら防御は鎧に任せて前に進むだけで良いから心配無用だし、剣を抜かなくてもガントレットで殴ればそれなりに…人が飛んでいく…から。

 うん、これで三人目の『た~まや~』で景気の良いことで。


 多対一の戦闘ならイヤと言う程青嵐のルベスさんに教えられたそうだし、いつの間にか腕力まで増したセリカさんに死角は無かった。

 イカの皆様が仲良く床に並んだところで俺も一階に降りていく。


「弱いわね。これで大銀貨級なの?

 王都ってインフレ起こしてるのかしら?」


 暴れてスッキリしたセリカさんが鎧を解除する。

 解除時に表示される銀色の魔法文字が次々と変わっていき、最後に『解除シーケンス終了』の文字が表示されてワンピース姿に戻ったセリカさんを、その近くに居た者達が不思議そうにに眺めている。


「セリカばっかりズルイわね。

 まだやりたい人が居るなら、次は私が相手になるわ」


 剣帯から鞘ごと外した剣を構えたアヤノさんが俺の前に出る。その姿は実に凛々しく男前…女前である。


「もうリーダーまで何やってるのよ。そんな雑魚達の相手するなんて時間の無駄よ」


 サーヤさん、それは思っても言ったらダメなやつ!


「俺らがザコだと!」


 ほら、ハゼみたいな顔の人や、良く分からない小魚系の人達がいきり立ってるだろ。


「アヤさん、セリさん、やっておしまいなさい!なのです!」

「アルジェンも煽るのやめろ!」

「もう面倒! 全員纏めてお仕置きよ!

 『エアーレス』」

「説明しよう!エアーレスとはカーラのイライラゲージがマックスになったときに発動する、敵味方関係なく広範囲に渡り空気を排除し、呼吸が出来なくする必殺技なのです!」


 何を悠長に解説してんだよ!


「息が出来ねえ!」

「外に出(ろ! ここに居たら死ぬ…)」


 空気が無いんだから息は出来ないし、喋ったらダメだろ。

 一瞬にしてロビーは阿鼻叫喚の嵐となり、慌て冒険者達が外へと走り出す。


「俺らの所は空気があるのか」

「当たり前でしょ。自爆したくないし」

「カーラ! 魔法解除してあげて!」

「解除の仕方、知らないもん! テへ」


 テへじゃないって!

 逃げ遅れた人、本当に死ぬぞ!


「解除は出来ないけど、十拍もすれば効果は無くなるよ」


 それが聞こえた者は動くのをやめ、その場に立ち止まる。

 下手に動いて肺から空気を吐き出し苦しむ者達が多数居るが、見てみないことにしよう。


「だけどね、あなた達の命は私の手の中にあると分かったかしら?

 今回は情けを掛けて生かしておいてあげるけど、私達がその気になれば、あなた達なんてアリンコも同然だと分かったかしら」


 どうや!と言わんばかりに両手を腰に当てるカーラさんが眩し過ぎて直視出来ない…はぁ、やり過ぎだろ。

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