第141話 穏便にとは行かないものです
冒険者ギルドにやって来たら、人が飛んできた。
喧嘩でジャイアントパンダスイングをしたらしい。受付カウンターに向かって投げなかったのは褒めてあげるけど、ドアを破壊して人をポイ捨てするのは違うと思う。
だって毎回それやるたびにドアの修理が必要だからね…。
「まさか玄関から人が飛んで来るとは思わないでしょ。
今回に限っては過失割合ゼロ十だから」
何故か俺が悪いように思っていたアヤノさんにそう力説。
「そうなのです!
全部ギルドの責任なのです!
王都滞在中はタダ飯食い放題イベント真っ最中を要望するのです!」
「あら、それは素敵ね…」
ここでアヤノさんがお菓子の乗っていた皿を見て、この子が全部食べたのねと納得する。
「お菓子のお替わりをお願い。
それで、ベルさんとの連絡は?」
とマルベラさんに質問する。
「まだです。昨夜歓楽街で目撃されているので、まだそちらで寝ているのかと…」
まだ四十代だし、たまには夜の運動会でハッスルしたい盛りだよね。
そんな報告をさせられたマルベラさんに少しだけゴメンと内心で謝っておく。
「で、アルジェンちゃんの件はどう始末付けるの?
カオリちゃんとは違うのよ」
「今回だけはクレストさんが悪くないにしても、まだ公表しないようにって念押しされてたのよ。
どうするのよ?」
アヤノさんとセリカさんが俺に抱き付いて汚れた顔を拭き始めたアルジェンを見て溜息をつく。
「クラッドリーさんに任せる。
俺の処理能力の限界越えてるから、良い方法考えてょ。
どうせ副団長からアルジェンのこと聞いてんでしょ?」
クラッドリーさんがコクンと頷く。
「でも、どうして妖精が出たってそんなに騒ぐの?
珍しいかも知れないけど、大騒ぎするようなこと?」
「それは、妖精が連れた者がこの国の運命を変えるだろうと予言があるからよ」
マルベラさんが長い髪を背中の方にファサッと流しながらそう答える。
決まったわ、とでも思っているのだろうが、残念ながらミニスカではないので惹かれない…美人なのに実に勿体ない。
「予言ねぇ。誰が言って、どれぐらいの確からしさ?
運命を変えるだなんて、曖昧過ぎる表現だから意味は無いと思うけど」
「そうよね、クレストさんは既にリミエンの運命を変えてると言って良いんだし。
その波及効果でコンラッドの食生活が良くなっただけでも予言は当たってると言えるわよ」
「セリカさん、それは言い過ぎだよ。
確かに食べることは大事だけどさ」
政治の中枢に入って大胆な改革を行ったとか、邪悪な軍団から国を守ったとか、そう言う中味がない予言はインチキ占い師と同じだよ。
解釈次第でドッチにも転がせる。
「姫巫女様が十二歳の時、初めて授かった神託がそれです。
初めての体験でもあり、内容は詳しくは語られておりませんが」
「その程度ねぇ…」
おいおい、そんなんじゃ全然ダメじゃん。中味の無い予言なんて無視無視コロコロだょ。
でも気になることもある。
「その姫巫女さんって、魔熊の森の魔王復活を予言した人だよね?」
「その通りだ。だが魔王は兄が到着する前に何者かに討伐されていたがな」
やっぱりこれって、ゴブリラのことを魔王と呼んでるよね?
アイツは骸骨さんにワンパンKOされたし、見た感じでも魔王に思えないんだけど、予言された魔王って実は骸骨さん、つまりセラドリックなんちゃらって名前の魂が宿っている俺の体のことじゃねぇ?
神様が断片的にしか教えていないのか、それとも姫巫女さんが誤魔化してるのか。そんな気がする。
でも魔物の軍団を集めたのはゴブリラだと思うから、人類の驚異判定からすれば魔王はそっちで骸骨さんは外れだろう。
だって骸骨さんは俺に魔王ルートを回避するようにって言ってたし。
「ちなみに魔王の定義ってあるの?」
「厳密に言えば無い」
「ぉい、無いんかぃ…適当だな。
じゃあセラドリックはなんで魔王と呼ばれてたんだ?」
「類い希な魔法の使い手であり、魔物達を率いて戦ったからだ」
へぇ、強くて悪いヤツが魔王って呼ばれる訳じゃないんだな。
最近は魔王にも色々なタイプが出てきたから、そう言うのが異世界にも反映されたのか?
「それなら居るか居ないか知らないけど悪魔と契約したとか、人類皆殺しにしようとしてるとか、そんなのが無ければ魔王でも問題無いってことか」
そう言う事なら、聞いた話の通り色々やらかしてる勇者達の方に悪い目が向けられるのも頷ける。
「そうでもない。
『魔王』と言う称号を持つ者は魔物を引き寄せるらしいからな。
ウドルの町で魔物が出たのも、まだ特定されていないだけで魔王の仕業かも知れんぞ」
「やっぱりあの件は早馬で連絡が入ってるんだな」
カオリによる被害はゼロに等しい。
むしろローズヒップが手に入ったんだから俺的にはプラスだし。
「断っとくけど魔王は俺じゃないぞ。俺は野次馬根性で見に行っただけだからな。
てことは、あの薔薇おばさんが実は魔王だった?
うーん、考え辛いけどそうなのか?」
人は見た目によらないからね。人畜無害そうに見えて実は○○でしたってのもあり得るし。
「クレストさんに妖精や薔薇の魔物が付いてきたのは?」
とマルベラさん。おや、この人は俺を疑ってるの?
「俺にはテイマーのスキルがあるからだよ。
それにアルジェンは人間の子供と同じような部分があるからね。
初めてあった人間の俺に興味を持ってるって所があるんだょ。
カオリは薔薇おばさんが困ってたから引き取ったんだ。カオリぐらいの魔物なら全然危険も無いし」
薔薇のくせに大食いなのにビックリしたけど。
「そのカオリと言うのは…薔薇の魔物のことか?」
「そうだよ。呼ぶのに名前がないと不便だろ」
「花の魔物にカオリ…おかしなセンスね」
「うるせぇよ。本人がそれが良いって言ったんだから仕方ないだろ」
「そうなのです! 皆で案を出したのです!
私の案のビオ・ランテは落選したのです」
「それも名前としてどうかと思うけど」
マルベラさんの突っ込みに俺も同意だ。
確かにカオリなんて日本人女性の名前みたいで違和感バリバリなんだけど、ニワトリのカグヤに比べれば名前として成立しているだけまだマシだと思う。
「再度確認するが、アルジェンは人には危害を加えないんだな?」
「祟り前歯にクラッカーなのです!
でもパパに手を出した悪人は対象外なのです!
殺さないよう手加減するのが面倒なので、パパに手を出さないで欲しいのです!」
「それ、どう言うクラッカー?」
「細かいことを気にすると立派な大人になれないのです」
護衛の四人がクラッカーに感心を持ち、ギルド側の三人は危害を加えなければと言う部分に安堵する。
「だが、もういきなり火炙りにするのはもうやめて欲しいのだが」
「悪人を擁護するのです?」
「いや、勘違いと言うこともあるだろう。
それに程度問題もある」
誤解や勘違いは確かにあるから、ウッカリ間違っただけで火炙りの刑にするのはヤバイよな。ゴメンで済んだら逆にラッキーだよ。
「私には理解出来ないのです!
パパに危害を加えた人に倍返しして何が悪いのです?
目には屁を、歯には刃を!なのです!
パワハラ・セクハラをやったら有名人でも社会復帰出来ないようにするべきなのです!」
「いや、そこまでしなくて良いって。
人を投げるのをパワハラ認定するのも趣旨が違うし、確かにジャイアントスイングはパワフルな技だけどさ。
それと今はセクハラは関係無いし。
と言う訳で、アルジェンは安全だろ?」
「どこがだよっ!!」
「どこがです!」
ギルドの三人が大体同じ言葉で突っ込んできたが、スルーしよう。
上手く誤魔化せたと思ったがダメだったか。
「そう怒らないのです。人生、なるようにしかならないのです。
次からはなるべく燃やさず、逆さ宙吊りにしてやるのです。
でもそれだと楽しそうなので違うやり方を考えて…アイデア募集中なのです」
「諦めるのが早いな」
「なら氷付けに…」
「宙吊りで!」
どんな魔法で宙吊りにするのか見てみたい気もするが、そもそもそんな機会が来ないようにするべきだ。
「冒険者共にはクレストに手を出さんようにギルドとして徹底する。
儂が言わんでもそうなると思うが」
「そこはギルドマスターとしてしっかりやってくださいよ。
それでも手を出すなら返り討ちにすると言っておけば、より安泰ですよね?」
「恐怖で支配するつもりならそれでも良いが」
「勿論冗談ですって」
スマン、半分本気だったよ。勿論顔には出さない…出なかった筈。
「でもこうなった以上、俺の王都生活の安寧はギルマスのクラッドリーさんに掛かってるんですよ?
もし俺に何かあったら責任は取れますか?
そんな恐い顔しておいて何を弱気になってんですか?
クレストの安全は俺が守る!ぐらいは言ってくださいって」
その為にマーメイドの四人が付いているんだけど、ここは敢えてギルド側に責任を押し付けておこう。
「なるほどね、確かに若い割にアレコレと策を弄して誤魔化そうとするのね。
それに初対面でこの人にこうも噛み付くとは非常…大した度胸にも程があるわね。
こんな人を王宮に」
「今、非常識とか言いそうになったよ……ね?」
えっ? ちょっとお前、このタイミングは…
「招くのは…気のせいよ」
スッと俺の意識がここで消えた。
ふんっ、何を穏便に済まそうとアレコレ考えてんだか。
クレストが甘ちゃんなのは今更だが、このギルマスもとんだ甘ちゃんだぜ。
「俺みたいな非常識を王宮に招くとどうなるって?
はっきり言って貰おうか、オバサンよぉ」
「何ですって!」
「オバサンがダメならババアか?
まぁ、非常識呼ばわりされる程度のこたぁ、どうでもいいんだが」
マルベラがキッと睨むが、こんな視線じゃ蟻の一匹も殺せやしない。
「それにしても、なんだよ、この体たらくなギルドはよぉ。
ガキ共の面倒もろくに見れないならサッサと畳んじまえょ」
クラッドリーを指差してそう強気に言ってやると、ゴモゴモと口篭もるだけだ。
テメエの頭の回転は遅すぎるんだよ。
「ボードンみたいな糞みてぇな連中はどうせつるんで悪さするんだ。肥溜めにでもぶちこんでやれ。その方が人の役に立つ。
それから使える連中だけ集めて再出発すりゃ、スッキリするだろ」
冒険者の質が低下したと分かってんなら、質を上げるか、斬り捨てるかの二択だろ。
その判断をするのがギルマスなんだが。それが全く出来てねぇからこんな事になってるのがコイツは分からないのかょ。
副団長はあの顔で判断も早く見所のある男だが、弟は長としてはさっぱりだな。
「上に立つモンが下の顔色ばっかり眺めてるから舐められんだょ。
それが恐怖支配だと言うなら、俺に文句言わせないようきっちりお話し合いで解決して見せろや」
少々可哀想かも知れんが、はっきり言わないとコイツは駄目だ。
それに取り巻き共もだ。
「カトーにマルベラ、その為にギルドマスターにはお前ら幹部が付いてんだろうが。
その頭の中にはお花畑が広がってんのか?
どうせ自分は何も決められないとか、いつもそんな甘っちょろい考えでギルマスに押し付けて逃げてきたんだろ?」
二人からすぐに反論が出ないってことは、大体合ってるってことか。
コイツらも給料泥棒だな。
「いいか? 武力と知力と覚悟がなけりゃ、冒険者なんて纏めることは出来ねえんだよ。
お前らにはその覚悟がまるっきりねぇからガキに舐められてんだょ。
情けねぇな。これが王都の冒険者ギルドかと思うと百パー幻滅だ。俺がここに登録してたら、恥ずかしさのあまり首を括るぞ」
そうなったら死ぬのはクレストだがな。
俺はどうせ死んでるんだから…あぁ、クレストもか。
「副団長が帰ってきたら、そう伝えてやる。
これだけ喋ったら、なんか馬鹿らしくなってきた。
飯はよそで食う。お前らと同じ空気を吸うのはもう勘弁だ。
アルジェン、行くぞ」
マジでコイツらと同じ部屋には居たくねぇ。
コッチの心にまでカビが生えてきそうだぜ。
「えっ!? 嘘でしょっ? タダでご飯が食べられるのよ?」
カーラがビックリしているが、アヤノとセリカはスッと席を立った。
サーヤはどうしようかと悩んでいる様子だ。
あの二人も一端の戦士に成長したと言うことか。
戦士たる者、所属する組織の良し悪しを判断する能力も兼ね備えて置かなければ、身を滅ぼす原因となる。
二人もこのギルドではダメだと感じていたのだろう。
「護衛対象から離れる訳にはいきません。
今回は私達の判断ミスも重なってトラブルになりましたが、今後クレストさんが外に出る時は常に傍に控えておりますので。では」
…思っていたのと少し違っている気がするが、敢えて遠回しにギルマスに気にするなと伝えているのか?
それにまたクレストに文句を言われそうだが、やっちまったもんは仕方ねえ。
大体口先だけで纏めようとして纏められない組織の長に敬意を示す必要など無い。このギルドはいずれもっと悲惨な目に遭うのは分かっているのだ。
応接室の前には、何事かと盗み聞きしていた馬鹿な幹部が二人。
「お前ら、サボッテないで仕事しろ」
と言い捨てて相手にはしない。
しかしライエルの野郎は今頃きっと大笑いしてるに違いない。
あのタヌキオヤジがここの現状を知らない訳もないのに、わざと教えずクレストに教えず、コイツの出方を試したんだろうからな。
イヤ…それも違うな…アイツ、俺を試しやがったのかよ。畜生、まんまとやられたぜ。




