第137話 王都に到着しました!
王都に向けて三日目は、森の中を進む唯一の難所である。
だがスオーリー副団長率いる兵士達の活躍により、道路沿いには驚異となる魔物も盗賊の類も姿を見せることはなく無事に通過した。
通常の路程なら宿泊する筈の村も昼過ぎには過ぎ去り、夕方には少し開けた場所を探して野営の準備を始めた。
「今夜は他の利用者は居ないみたいだね。
アルジェン、カオリ、出て来て良いよ」
この二匹と言うか二人と言うかは判断に困る同行者がラクーンから降りてくる。
「やっとお外なのです!
馬車の中で良い子してると肩が凝るのです!」
「……!」
アルジェンの不満に喋れないカオリも同意するようにウンウンと頷く仕草を見せる。
良い子にと言うが、この子達の行動は寝るか騒ぐか食べるかの三択だし、肩が凝る要素は無さそうなんだけど。
「明日の夕方には王都に着きそうだね。
こんなラクな旅は初めてだよ」
「ベルさんって馬でリミエンに来てましたよね? 普段も馬で移動するんです?」
「僕の馬は一応名馬の部類に入るし、馬車よりは速いんだけどさ。
雨が降ったらイヤだから、あまり馬での移動は無いね」
四頭の馬を馬車から離し、アルジェンが出した簡易馬房に誘導してやる。
「今夜は露天風呂だね」
「好きですね。でも風呂上がりには服を着てくださいよ」
家に帰ると裸族になるベルさんは、風呂上がりに服を着ないで彷徨くことがある。
それなりに免疫のある女性達で無ければ大問題になっていただろうが、ステラさんは既婚女性だし、マーメイドの四人もおおらかな村の出だから、そう言う場面に出くわしたこともあるそうだ。詳しくは聞くまい。
「明日到着したら、指定の宿屋に直行なんだけど、ベルさんは自宅に戻るんですよね?」
「そうだね、ハウスキーパーが居るからいつ戻っても問題ないし」
ベルさんは未婚で一人暮らし。メイドは雇わず、不在時には掃除をしてくれるハウスキーパーを頼んでいるのだとか。
「ケルンさんは商業ギルド、ステラさんは輸送業ギルドの宿舎に泊まるんですよね。
寂しいなぁ」
「酷ーい、私達が居るじゃない!」
サーヤさんがブーと文句を言うが、俺は超高級旅館の一室を用意されていて、護衛の彼女達は近くの違う宿屋に宿泊するのだからその文句は不当である。
「パパには私達が居るのです!
夜のお供も問題ないのです!」
「……!」
「誤解されるような発言は慎むようにね。
君達二人はいつも俺より先に寝てるし」
「朝起こす為に早く寝てるのです!」
「……!」
お気遣いありがとう…でも俺はエマさんと違って普通に起きられるから、わざわざ起こさなくても良いんだけどね。
「じゃあ、今日は最後のバンバンだから豪華に行こう!」
「最後の晩餐? それも意味的に違うと思うけど」
ベルさんが張り切ってステーキ肉を焼き始める。
バーベキューも良いが、たまにはぶ厚く肉肉しい物が食べたくなるそうだ。狼の頭に変身するスキルと関係あるのかな?
「ニーク! ニーク! ガーリック増し増しです!」
「……! ……!」
アルジェンはまだ良いとして、薔薇の頭の魔物がステーキ食うのはおかしくないか?
「このエシャロットソースが絶品なんだよ。たまらんね」
「そうですね。宿舎だとこんな美味しい物は食べれませんよね…つらいです」
「はぁ、もう家に戻れないかも」
ベルさんと意気投合したケルンさん、そしてステラさんがドヨーンな顔をする。
ちょっと大袈裟過ぎると思うけど、ギルドの宿舎ならそれなりの料理人が食事を用意すると思う。
でも確かに調理を習う機会が無いのだから、家庭料理はそれ程美味しくないのかも知れないね。
「調理教室的なものもあると良いのかな?」
「それは料理人を育てると言うことで?」
ケルンさんが俺の呟きに即反応を示す。
料理人じゃなくて、主婦やお子様相手のイメージなんだよね。
正しい知識を持たないと美味しい料理にはならないから、ブリュナーさんの料理がいつも絶賛されるんだろうね。
勿論素材や調味料は厳選してるだろうし、手間暇を惜しまないってのもあると思うけど。
海産物の入手は簡単じゃないけど、肉と野菜と果物なら沢山採れるから、料理教室で教えたらそれなりの料理は誰でも作れるようになるかも。
でも、それをやったら既存のお店から文句が出るのかな?
この国で新しい事を始めようとすると、活版印刷のように既得権益との戦いになるから難しいんだよ。
どうにかやって隙間を狙って割り込まないとね。
夕食が終わり、食器の片づいたテーブルの上でアルジェンとカオリが盆踊りを披露する。
本人曰く、新しい芸らしいが、盆踊りだからと言って手に盆を持つ必要はない。
しかもアルジェンがカオリの胯間をその盆で隠すのだから、見物人達から爆笑が湧き起きる。
ちなみにこの時アルジェンが歌っていたのは、月が出た出た 月が出た、的なやつである。
今夜は曇天だったけどね。
そして翌日、午前中の内に通過地点の町を何事も無く通り越し、予定通り夕方頃に王都の城門前に到着時間した。
「何事も無く到着出来たね」
と言って笑ったベルさんの頭にはカオリが乗っている。
恐らく一番のイベントはカオリとの出会いだと思うけど、ベルさんにとっては些細な出来事らしい。
「カオリ、こっちにおいで」
と呼んでみるが、頭の上から降りてもこちらに来る様子がない。
御者台の方が陽当たりも良く、カオリにとっては客室より快適だったそうだ。
アルジェンとドランさんの存在はまだ公にはなっていないが、カオリはウドルの町で姿が目撃されているのだから、今更隠すとおかしな話になる。
「明日は一日窓際に置いといてやるから」
まさか薔薇に向かってそんな説得をしなければならないとは、ホント異世界って恐るべしだよ。
アルジェンは慣れたものでバッグに入り爆睡しているけど、カオリが遊びたい盛りなのは進化したばかりだからかな?
渋々と言った感じでテコテコと歩いて来るカオリを抱き上げ、アルジェンの隣に寝かし付ける。
スライム達がちょうど良い具合のクッションになって、寝心地が最高だとアルジェンが喜んでたよ。実に羨ましい。
ゆっくりと進む馬車の窓から見えるのは、リミエンの物とそれ程変わらないレベルの城壁だ。
「王都の割に以外と壁が低い?」
「いや、前に掘りがあるからこれで十分なんだよ。
それに堀の前に生け垣もあるしさ。リミエンに見慣れた人は大抵同じ反応を示すから」
なるほど、リミエンと違って跳ね橋を渡って町に入るのか。跳ね橋なんて渡ったことが無いから少し新鮮な気分だな。
「堀なんて埋められたら意味ないんだけどね」
「そうですね…はぁ」
何処ぞやの冬の陣の話を聞くようで微妙な気持ちになるが、確かにルケイド級の魔法使いが数名居れば、跳ね橋の無いところに橋どころか階段まで作ってしまうかも知れないのだ。
「人のやる事には限界がある。クレスト君なら、この城下町ぐらい堕とせるんじゃないかい?」
「無茶言わないでよ。
もし出来ても、そんなの絶対にやらないし」
恐らく『火山噴火』を使えば城の一つぐらいは壊せると思うけど、そんな無意味な破壊衝動を持ってる訳じゃない。
数万人の暮らす町を壊すメリットなんて無いし、その後の混乱でより多くの犠牲者が出るだろう。
間違っても誰かがアルジェンを本気で怒らせないよう見張っておかないとヤバイのかも。
…あぁ、だからベルさんがわざわざ遠回しに言ってきたのか。
見た目は美少女フィギュアみたいなおチビさんでも、実力は戦略兵器クラスだからなぁ。
「クレストさん、係員が誘導しているのでそろそろ準備をお願いします」
御者台の窓から衛兵さんがコッチに来いとハンドサインを出しているのを確認したステラさんが客室に向かってそう言うと、木製の橋の上を鉄のハンマーで打ち付けるような音を響かせながら進み出した。
他にも並んでいる人達が居たのに申し訳ない気分になるが、これがゴールドカードの威力なのだから仕方がない。
「初めての王都です。年甲斐も無く興奮しますね!」
珍しくケルンさんがはしゃぐような様子で御者台に移動し、感動を体全体で表していた。
俺は? ぶっちゃけ『○○村』の規模が大きな物だと認識しているので、実は感動も何も無いのだ。
それよりも、信号機が無いので危ないなぁと考えているのだから、一体何しに異世界に来たのやらだ。
王家の客だと言う事でなのか、ラクーンの前を騎乗した騎士が町の中を誘導してくれているが、時刻は夕方、人がとても多くて馬車を進めるのも大変だ。
なので騎士がピーピピーピーとホイッスルを吹きながら、そこどけそこどけと人払いをしながら進むのだ。
うむ、やはり車道と歩道は分けるべきだよね。
そう言や、馬も軽車両扱いだから車道の左側を走らないとイケないんだっけ?
この世界に軽車両なんて定義は無いから気にしなくて良いけどね。
パカパカ…パカパカパカ…進むのが遅いのはリミエンでも同じだが、王都の方が更に遅い気がする。しかもホイッスルの音が何となく音頭でも取っているかのようで陽気な感じだ。
そのうち通行人がフラッシュモブみたいに踊り出すんじゃないかと余計な心配をしていると、やっと宿屋の前に到着だ。
騎士が宿の人を連れて来るのを待ってから、ステラさんが客室のドアを開けてくれる。
これも作法の一つで、勝手にドアを開けてはイケないのだ。
御者が安全を確認してから主を降ろす、みたいな意味があるのだとか。実に面倒だが、何処ぞやの防具店で頭をぶつけた経験のある俺が反論してはイケない気がするのも事実。
「ようこそおいでくださいました、クレスト様。
私は『カーリントンホテル』の支配人を勤めるトルドールです」
「初めまして、クレストです。
学の無い田舎者で、ご迷惑をお掛けするかも知れませんが、数日お世話になるのでよろしくお願いします」
教えられた通り、頭を下げすぎないよう意識してお辞儀を…よし、完璧!
「そちらのお連れ様は…青嵐のベル様!…ともうお一方は?」
「私の友人で商業ギルドに商談の為に来たケルンさんです。偶然来るタイミングが同じでしたので、乗り合いで来ました。
ケルンさんは商業ギルドの宿舎に宿泊するので、ベルさんが案内してくれます」
ベルさんが親指を立ててニコニコ。それを見てトルドールさんが顔を引き攣らせていたのは、きっと有名人に道案内させるなょ!と思ってのことだろう。
クチには出さないから想像だけど、多分当たってると思う。
荷物は若いボーイさんが運んでくれるらしいけど、アルジェン達が入った鞄を渡すことはない。
俺の陰口を聞いたアルジェンが暴走したら困るもんね。
「護衛の方々は『紅のマーメイド』の四人ですね。
宿泊は…同じ階の部屋をご用意致します」
「イヤイヤイヤ! こんな高そうな宿なんて無理ですっ!
予定通りの宿に泊まりますからお気遣い無く!」
何故かこのホテルに宿泊させようとした支配人に、アヤノさんが全力で拒否をする。
そこまで嫌がらなくても良いのに。俺と同じホテルに泊まるのを拒否された感じ。
「クレストさんが平気なのがおかしいですよ! ここ、リミエンでも有名な超一流ホテルですよ!」
「へぇ、そうなんだ。知らなかったよ」
「初めてこんなの見て驚かないとか、マジあり得ないわ」
「ウンウン、さすがクレたん。軽く予想の斜め四十五度ね」
確かに高級そうだけど、千葉にあるのに東京○○ランドと銘打つ超有名リゾートのホテルに比べたらねぇ…規模が違いすぎてさ。
町の中にあるから当然だよね。それにしては馬車がUターン出来る程のロータリーがあったりとかなり広い敷地なのは大したもんだけど。
「私達はミドルアットホテルに泊まりますから。明日の朝十二時前に向かえに来ます!」
そのミドルアットホテルに到着した彼女達は、それでも敷居が高くて落ち着かなかったと翌日聞かされることになる。
残りのベルさん、ケルンさんは…この後大人の男性が好むお店に寄ったとか寄らなかったとか…彼らの口から語られることは無いだろう。




