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第130話 良い香りの正体は?

 木材輸送中の荷馬車をカーラさんが上手く魔法を使って無難に救出した。

 土属性魔法で柱を作って馬車を持ち上げ、道路を平らに均す事が出来るようになっていたのにビックリだ。


 ちなみにカーラさんが魔力切れになったせいで、土の柱はベルさん達が力技で破壊したけどね。


 そんなトラブルの先に到着したのはウドルの町と言う、この辺りではごく普通の長閑な町だ。


 伯爵のお膝元であるリミエンと比べると、やはり小さな町であると言えるだろう。

 俺は伯爵に手紙を出したいので冒険者ギルドの出張所に立ち寄ることにして、他の皆はお昼を食べるお店を探してもらうことにした。


『私の出番が無かったのです』

「アルジェンが活躍すると、また何処かに呼ばれて働きに行かないといけなくなるから良かったんだよ」

『せっかくの甘々激甘をお強請りするチャンスだったのです』

「普段から甘やかしてると思うけど。食べなくても良いのに好きな物を食べさせてるし…お、ギルド発見」


 一人でブツブツと呟きながら歩く危ない人モードから普通の人モードにシャキッと切り替え、冒険者ギルド出張所のドアを開ける。

 リミエンの冒険者ギルドと違ってここはドアが一つしかない。


 耳を澄ませ、ドア越しに人が居ないことを慎重に確かめてからガチャリとドアを開ける。


 中の作りはリミエンの冒険者ギルドと大差ないが、受付カウンターは幾つかに仕切られ、壁に冒険者ギルド、商業ギルド、輸送業ギルドの旗が掲げられている。

 どうやら一つの建物を共有しているようだ。


「いらっしゃっ…黒?…紺色…あ、もしかして? 」

「多分そうよ、近々来るって話だったし」

「でもちょっと早いわよ。夕方だと思ってた」


 カウンターにお客さんの並んで居ない冒険者ギルドと輸送業ギルドの受付嬢がそんな会話を始めたので、情報はこちらにも伝わっているらしい。


 出発する日が決まれば到着予定が分かるのだろう。

 基本的に出発する時間に関わらず、一日の移動距離は大体同じなのだ。安全を考えて、道中で宿泊出来る施設のある場所に泊まりながら旅行するのがスタンダードだからだ。


 余程脚に自信がある人が一つ先の施設まで進むことはあるかも知れないが、基本的に馬車は進むのが遅いのだ。

 この国では無理なく馬車を運行させられるように、街道沿いの町や村などを配置しているのは評価して良いのだが、普通から逸脱した人や馬車にとってはありがた迷惑かも。


「『鋼拳』のクレスト様とお見受けします」


 冒険者ギルドの受付嬢の前に進むと、自己紹介する前にそう声を掛けてきた。


「多分そのクレストです。他には変な称号は無いよね?」

「他のは…『道路の星』、『女たらし』が有名ですね」

「はぁ…そんなの付いてんだ。

 道路はともかく、女たらしはガセだから」

「まぁ、お金持ちにはその称号を持つ人は多いですから気にしなくて良いんじゃ?

 英雄色を好むと言いますし」


 その言葉はこちらでもそのまま使われてるのか。英雄が精力的に活動するのは万国共通って事なんだろう。


 この町には再々来る予定も無いし、他に目立った様子も無いのでさっさと手紙を書いてリミエン伯爵に届けるように依頼を出す。

 封蝋に『三日月に蝶』のデザインされたシーリングスタンプをペタッと押して、何度やっても楽しいと思いつつ、この手紙ってエマさんが伯爵に届けに行くやつだと今気が付いた。


 領主館でエマさんが伯爵様に弄られることの無いよう祈りつつ、輸送料として大銀貨一枚出しておく。

 実際には銀貨六枚くらいが相場かも知れないが、余りはチップとして受け取って貰えば良いだろう。


 ギルドを出てからアルジェンの探知能力を頼りに同行者を探して歩く。

 八人が一度に入れるお店は多くないので、ほぼ二択か三択だと思う。


 町のメインストリートも決して広くなく、騎乗や馬車で通る時は人と接触しないように気を付けないといけないだろう。

 しかも王都方面行きの登りとリミエン方面行きの下りの馬車が鉢合わせすると、そこで道が塞がれて前に進めなくなる。


 これなら町に入らずこの地域を通過出来るよう、バイパス道路を整備する方が物流面で良さそうだ。

 そんな事を言うとまたお金が無いと言われるのは分かっているけど。


 そもそも伯爵も商業ギルドも年間の予算を決めて活動している筈なのに、俺の思い付きを即決で実施しちゃうのだからお金が足りないのは当たり前。

 来年度以降の事業に回すべきなのに、よくまぁアレコレ手を出したと関心するよ。


 これで赤字になったらどうするつもりだったのか。

 商業ギルドは物品販売による利益を見込んでいるからまだ理解出来るけど、伯爵は税収が増えなきゃ大赤字だぞ。

 俺、知ーらないっと。

 俺に払った適正価格の道路整備費用とか、来年度以降に分割払いでも良かったのにね。


 そんな心配をしながら歩いていると、

「魔物が出たわっ!」

と血相を変えて走ってくる婦人の姿があった。


「嘘だろ、町の中だぞ!」


 すぐ近くの通行人がそう言って舌打ちをする。


『魔物…悪さしない子だと思うのです。

 保護してやるのです』


 アルジェンがそう言うと俺の体を勝手に動かす。いつの間にそんなことが出来るようになったんだよ?

 何度か出入りしてるうちに新しいスキルを身に付けたのか?

 それとも最初から持ってたのか?


 気にはなるが、今は取り敢えずその魔物とやらを見に行くことに反論は無い。

 俺のスキルに魔物を使役出来るテイマースキルがあるので、使える相手ならそれを試してみたいのだ。


 今までに仲間にしたスライムは俺の分身みたいな存在だし、アルジェン、ドランさんは預かり物だ。

 牙馬二頭、樹の魔物のミハルと巨大カブトムシのゲラーナはダンジョン管理者権限で使役したので、テイマースキルは使っていない。


 通りから町の外に向かって進んで行くと、バラの香りが漂う植物園か生花店かと思うような場所に辿り着いた。

 パッと見渡した感じ、何処にも魔物らしき姿は見えない。もう逃げた後か?


『随分弱っちい魔物なのです』

「まだ居るの? どこ?」


 魔物の存在が分かるアルジェンが俺の体を操ったまま敷地に入ろうとするが、勝手に入ると不法侵入か?

 後ろから他の野次馬達もバラバラと寄って来たが、お目当ての魔物が居ないのだから話にならないと引き返す人ばかりだ。


『擬態してるのです』

「植物の姿の魔物ってことか」


 最初に走ってきた婦人が意気を切らせながら戻ってくると、

「アンタは冒険者かい?

 早いとこ捕まえとくれよ」

と綺麗にアーチを作る薔薇の回廊を指差した。


「その魔物って、どんな奴?」

「バラそっくりだったょ。急に動いて気持ち悪いったらありゃしない」

「襲われたとか、そう言うのは?」

「慌てて手を引っ込めたからさ、ケガは無いよ」


 話を聞く限り、アルジェンが言う通り悪意のある魔物には思えないか。攻撃する意志があるなら、もっと効率良く襲えた筈だ。


「どこで襲われたか案内してくれる?」

「もちろんさ。

 さっきギルドに行ったけど、タイミング悪くて冒険者が出払ってたんだよ。

 ホント役に立たない連中だよ、騒ぎバッカリ起こして、聞いておくれょ、こないだも…」


 婦人のクチが壊れた蛇口のように止まらなくなったが、こう言うときにクチに付けられるファスナーがあると便利だな…。

 俺が付いているからか、とにかく休むことなく喋り続けながら薔薇で作られた生け垣の前まで来ると、

「確かこの辺りで…」

とこっからここまで全部みたいな広い範囲を指で示した。


『居るのです。警戒してるみたいです』


 高性能なアルジェンレーダーがその中から綺麗な赤っぽいピンク色の薔薇の蕾を指定する。


「奥さん、念の為に少し離れてて」

「捕まえてくれるんだよね?

 あんたケガしても知らないよ」


 ニコリと笑って婦人を手で押し留め、ゆっくり目標に近寄る。

 周囲に同じ色の花が咲いているせいで、魔物がそこに居ると教えて貰わないと気が付かないだろう。


 仔猫のアゴの下を撫でるように人指し指で蕾を軽く撫でてやると、気持ち良いのか体を委ねるように押し付けてくる。

 そしてトゲの生えたツルを伸ばして俺の手に絡めてくるが、攻撃ではなく俺をその場に留めておきたいと甘えた感じが伝わってくる。


『パパは魔物タラシなのです!

 好き好きアピールしてるのです!』


 別にそんなつもりは無いけど、ひょっとしてテイマースキルが関係してる?

 でも魔力の無い状態だとスキルは発動出来ないんだけど…アルジェンと合体してたから発動した?


 そのままじっとしていると、生け垣から蔦と葉っぱの体が生け垣から完全に移動してきて手の上に綺麗に丸まって収まったのだ。

 どうやら根は無いらしい。


「回収完了で良いのかな?」

『他には居ないけど、種を落としている可能性があるのです。

 でも喋る知能は無いので、確認出来ないのです』

「もしまだ残ってるなら、あの奥さんに冒険者ギルドに連絡するよう言っておこうかな」


 樹の魔物が居るのだから花の魔物が居てもおかしくはないか。

 激弱な魔物みたいだし、見分けさえ付けば誰でも捕獲可能だろうから新人冒険者に任せておけば大丈夫だろう。


「あ、そう言えば奥さん、この薔薇は実が出来るやつです?」


 甘く香るローズヒップは名前の通り薔薇の実だ。ローズヒップティーとしてよく飲まれる物だが、食べることも出来る。

 乾燥させてお茶にして飲むのが一般的だが、その出涸らしも実は食べられる。

 生食は…毒ではないので興味のある人は自己責任でどうぞ。


「赤い丸い実がたくさん成りますよ。

 我が家では干した物をお茶にして楽しんでますよ」

「それ、くださいっ!」

「あらあら、そんなにがっつく人は初めてみたわ…」


 奥さんの視線は俺の体に絡まった薔薇のツルに釘付けだけどね。

 この姿もちょっとした中二病かも。良い子は真似しないように。トゲでケガしちゃうからね。


 普段から庭でお茶をしているのか、東屋みたいな場所が作られていて、そこでお茶が入るのを待つことに。


『パパ…早く皆と合流しないと、お昼ご飯が食べられなくなるのです。

 それに白昼堂々、人妻との浮気は良くないのです!

 双方の家庭にヒビが入るのです!』

「お茶だけ頂いたら帰るから。

 今回の報酬だよ。

 それにローズヒップはアルジェンのお気に召す物かも知れないよ」

『そんなに美味しいのです?

 そこまで言うなら、お持ち帰り用も催促するのです!』

「良い出来だったらね」


 人の気配がしたのでアルジェンとの会話をやめると、ティーセットと小さな缶を婦人が運んできた。


「こちらが乾燥させた薔薇の実を砕いたものですわ。

 甘酸っぱい良い香りですよ」

と言ってカパッと蓋を取ると、鼻を近付けなくてもローズヒップの優しい香りが漂ってくる。

 中は荒く磨り潰した粉状の物が入っていて、記憶にあるものと良く似た見た目と香りに、これは当たりだと確信した。


「知らない人は薔薇の実なんて、と言うのですよ。試してみると、これが意外とイケますのよ。

 オクチに合うと良いのですけど」

「では遠慮なく」


 味のある陶器のカップに注がれたのは、赤みがかった透き通る独特の花の香りのお茶だ。

 カップから漂う湯気で香りを楽しみ、一口ズズズーと。


「いかがです?」

「…酸味もあるけど、甘味も感じます。

 何よりこの香りは女性が喜ぶでしょうね。

 これに蜂蜜を足すとお店でも出せますよ」


 これならキャプテンクッシュのドリンクに追加しても良いかな。

 でも問題は獲れる量か。

 このお宅は町の外れに近く、広い敷地に色々な花を咲かせているのだが、商用とするには全然足りないのだ。

 良くて来客用のおもてなしに使う分しかないだろう。


 そもそも花を栽培すると言うのは贅沢なことなのだ。そんなスペースがあるなら野菜を植えろとロイなら間違いなく言うに決まっている。

 だがこの薔薇、蔓が高いところまで伸びているから単位面積当たりの収量は悪くないのかも。


「お店にですか。

 我が家の薔薇だけでは皆様のお腹を満たすほどは獲れませんよね。

 御礼に種とこの茶葉をお持ちください。

 その魔物も懐いているようですし」


 俺の手にしているカップに、薔薇の花が頭?を突っ込んでゴクゴク飲んでいるのは気のせい…ではないようだ。

 これ、共食いじゃねえの?

 魔物はその辺、結構ドライらしいから気にしないんだろうけど。


「あーっ! やっぱりここに居たっ!

 探したのよ!」


 突然聞こえて来たのはサーヤさんの声だ。俺が中々戻って来ないので探しに出ていたようだ。


「騒ぎがあったから、もしやと思ったら。

 なに呑気にお茶してんのよ! 皆待ってるよ」

「ふふふ、彼女さんかしら?」

「違いますよ。冒険仲間です」

「そう言うことにしておきますか」


 薔薇がカップに浸かると言う見慣れぬ光景に、サーヤさんも驚いて婦人の言葉は届いていなかったようだ。


「何コレ? 薔薇? 飼い始めたの?

 てか薔薇って飼えるんだ。

 クレストさん、頭に乗せたらフラワーカッパーよ!

 絶対可愛いからやってみて!」


 誰がそんなのするかい! 恥ずかしいだろ!

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