第129話 活躍したのは、あの人です!
王都に向けての二日目の朝、アルジェンがおかしなことをやらかさないかと心配になったきた。
クローンなんて作らないと思うが、スライムに遺伝子情報を取りこませると案外簡単に…そうならないことを祈るしかないか。
王都の舞台で勤めていたバッシロさん夫妻に手紙と当面の生活費を渡して野営地を出発した。
今日の予定では午前中に経由地の町を通過し、領地境となる森の手前の宿泊地まで移動する。
余りにも順調過ぎてトラブルが起きて欲しいと思うのはどうなのだろう?
スマホがあって当たり前の生活をしていたから、これだけ纏まった暇な時間の潰し方が未だ分からない。
それでもこの辺りは道がかなり荒れているようで、時々ガタンと揺れることがある。
「大雨が降ったようですね。大きな水溜まりが出来ています」
と御者台のステラさんが報告してくる。
道路が剥き出しの土なので、馬車の木製の車輪は湿って柔らかくなった道路をよく削る。
水溜まりが出来ると、そこだけ柔らかい状態が続くので、馬車が通過するたびに余計に削られて更に水が溜まる悪循環となる。
その結果、轍が深い溝となってケルンさんと初めて会った時のように馬車の立ち往生の原因となるのだ。
勿論通行の障害とならないよう道路の定期的なメンテナンスは行われているのだが、如何せんリミエンはお金が…なので、中々手が回らなかったのだ。
もうすぐ町に入るというところで、ぬかるみにハマった馬車が道を塞いでいた。
フロントガラス越しに見えるのは、四頭立ての大型荷物輸送用の馬車が大きな丸太を何本も積んでいる様子だった。
「済まねぇ、チョイと後ろから押してくれやせんかね?」
運搬責任者らしき人が、御者台の窓から顔を出したベルさんにそうお願いする。
「下手にやると私の時みたいになるかも知れませんよ」
ケルンさんがスタックした荷馬車を無理矢理押し、車軸をボキッとやったのが彼と出会うきっかけになったのだ。
「それやると到着がかなり遅れるか」
以前の俺なら迷わずアレコレやろうとしただろうが、今は魔法は使えない…ことになっている。
アルジェンが姿を見せて魔法を使う様を見せてしまうと、今後何かにつけてお助け要員として駆り出されることになるのは目に見えている。
手っ取り早く片付けようとするなら、ケルンさんとステラさんにKOS化を見せることになるが、変身して対処するしかないかな。
後から付いてきたマーメイドの四人が直ぐにスタックした荷馬車へと向かってくれたが、俺達も手伝うべきだろうか。
力自慢のベルさんとケルンさんもラクーンから降りて荷馬車に接近する。
俺? 今は筋力強化も出来ない中肉中背の一般人だから、ベルさん達に比べたら大して役に立たないって。
とは言え、彼ら、彼女らの活躍を間近に見たいと言う野次馬根性もある。
「アルジェン、俺の中に入ってこっそり『大地変形』使って整地は出来る?」
「私を誰だと思ってるのです!
そんなの十三時半のオヤツ前なのです!」
「そりゃ随分と具体的な時間だね…最悪はアルジェンの力を借りるから、その時は上手くやってくれ」
「その時は後でたくさん甘やかして欲しいのです!」
普段から甘やかしてると思うんだけど、これ以上どうしろと?
時刻はもうすぐ十三時。半時間掛けずに終わらせるつもりらしい。
アルジェンが魔法の光となって俺の中に入ってくる。
ドランさんと違って額に光る紋章は出てこないので、合体していても外からは分からない筈。
ぬかるみに車輪を取られて立ち往生していたのは、大型の荷馬車なのに車輪が普通タイプと同じ四輪車だった。
一応ダブルタイヤ風になっているけど、結局は四ヶ所に荷重が分散している訳だから、一ヶ所がスタックすると抜け出せなくなって当然だ。
フレームも町でよく見る荷馬車より一回り太くて、空荷でもかなり重たそうだ。
なるほど、こんなんだからマジックバッグを持たせた冒険者に木材の買い出しに行かせるのは当然だよ。輸送効率が悪すぎるって。
「一回積荷を私のマジックバッグに移しますよ」
「あんたマジックバッグ持ちかい!
そりゃ助かる」
ベルさんが荷台に上がり、一本ずつ木材をバッグに収納していく。
クチの大きなバッグなので太い丸太も難無く入るのだが、客観的に見るとかなり不気味な光景だ。
荷台から丸太が姿を消したところで、カーラさんが荷台の下に入って何かをしていた。
出てくるなり、
「次、私が試していい?」
と銀色の丸縁眼鏡を掛けてそう言った。
この眼鏡は魔力操作能力の底上げが出来るマジックアイテムだ。
「お嬢ちゃん、危ないから離れてな」
と筋骨隆々の運搬業者がカーラさんを馬車から離そうとするが、
「カーラはこう見えて魔法使いよ。
何をやるか見てみましょう」
とすかさずアヤノさんが業者さんを引き留めた。
風の魔法が得意なカーラさんが何をやるのか楽しみだ。
「まずは溜まってる水を退かしましょ。水が飛び散るから皆、離れてて!
『ジェットエアー』っ!」
水溜まりに向けた手のひらから勢い良く空気が噴出し、あっと言う間に車輪を隠していた泥水が吹き飛んで行く。
カーラさんは元々風の魔法が得意なので、この程度なら然したる難易度ではないだろうけど、道路のえぐれ具合がより酷くなった気がするのは気のせいか?
「次はラビィたんとルケイドから教えて貰った土属性モジュールを使うわよ」
わざわざ俺に向かってそう言うと、歪んでいないのに眼鏡をかけ直すと前に突き出した右腕に左手を添える。
「『モジュール展開…アースエレメントを起動。
形状指定モジュール展開…ピラー選択。
範囲指定モジュール展開…セット完了。
発動:アースピラー』」
慣れない魔法を使ったせいか、ルケイドが瞬間的に作り出す土壁のような爽快感はない。
ニュルニュルと伸びて行く土製の柱は、まるで鍾乳石の成長を早送りしているかのようだ。
だがその不格好な柱は見た目とは裏腹に荷馬車の底面に到達すると、徐々に太く成長を始めると共に大きな荷馬車をゆっくり浮かし始めるのだった。
今までに見た土属性魔法の結果をプロが仕上げた漆喰の壁とするなら、カーラさんの作った柱は泥団子を重ねて後から体裁を取り繕ったようなイメージか。
だが結果的に車輪がちゃんと浮かんでいるのだから大成功と評しても良い。
「カーラさん、凄いじゃないか!
風属性以外もちゃんと使い熟せるようになってるよ!」
と少し大袈裟にカーラさんを褒める。
俺に誉められ機嫌を良くしたカーラさんがニヒヒと笑うと、
「次に凹んだところを補修してくよ!
『アースエレメントモジュール継続。
形状指定モジュールリセット…オールフラット。
範囲指定モジュールリセット…セット完了。
発動:アーススムージング』」
何故か俺が大地変形を使うときのように片手を地面に付けて発動した魔法はマナが発する燐光を散らしながらゆっくりと凸凹な道路を平らに均していく。
初披露ゆえ慎重を期したのか、狭い範囲だがゆっくりゆっくり、だが確実に作業を終えた魔法の残滓が地面へと消えていく。
「だめ、もう魔力切れ!
やっぱり土属性はシンドイわ。
クレたんやルケやん先生が簡単にホイホイ使ってるのが信じられないわよ」
とカーラさんが疲れた顔で感想を述べる。
そりゃ、俺もルケイドもアニメでそう言うシーンをかなり見てきてるから、こちらの世界産の人とはイメージ力が違うって。
地面から柱やら壁やら出てくるのは鉄板ネタだからな。
「チッコイお嬢ちゃん、スゲェぞ!
いやー、見掛けによらず大したもんだよ」
そう関心する業者さんに、ルーチェを見せるとどんな反応を見せるか楽しみだよ。
始めからモジュール化した魔法を習ったからか、想像以上の威力の雷撃をバンバン撃つんだよ。
怒らせたら本当に雷を落とすからなぁ…。
エヘンとふんぞり返るカーラさんを尻目に、ベルさんがマジックバッグから元通りに丸太を取り出して並べようと苦戦していたので、業者さん、ケルンさんとアヤノさん、セリカさん達もお手伝い。
非力な俺は、作業の邪魔にならないよう少し離れて見学組に回る。
大型荷物輸送用の荷馬車はラクーンタイプに置き換える必要がありそうだが、今のラクーンは残念ながら最大積載量が六百キロ設定だ。
御者台に二人、客室に六人の八人掛ける七十五キロで想定したからだ。
トラックとして使うならフレームとサスペンション周り一式、丸ごと新たに設計する必要があるな。
屋台をドーリーに載せて牽引するようにしているが、屋台は今運んでいる木材の山ほど重くはない。
こんな大荷物を載せると、ラクーンのフレームが牽引する荷重に耐えられずに破断するだろう。
そう考えると蒸気機関車って産業革命の立役者と言っても過言ではないのか。
でもあんなの俺に設計する能力は無いし、あっても作らせる気にはならないけどね。
やはり暫くは馬車鉄道で誤魔化すのが環境にも優しくて良いんじゃないかな。
その分産業の発展は遅くなるだろうけど、この世界をロンドンみたいに煙の町に変えたくないから。
不便は感じても、俺が生きている間は今のノンビリした世界のままであって欲しい。
「オッチャン、この木はリミエンに運んでるの?」
「あぁ、貯水池の辺りがリゾート地になるとかで、アチコチから木材を集めてるそうだ。
リミエンは景気が良くて羨ましぃぞ」
この荷馬車は貯水池行きだったのか。
それなら輸送網となる道路は綺麗に整備しておかないと、またこんな立ち往生を起こして納期遅れで工期に影響が出てしまう。
ハーフエルフ集団を半々にして、道路組と鉄道組の二組にしたほうが良いのかもな。すぐ目の前にある町に到着したら、リミエン伯爵にそう進言の手紙を出そう。
「あんたら、世話になったな!
もし、また会うことがあったら飯でも奢らせてくれ。馬車の中にお偉いさんが居るんだろ?
後で感謝の手紙を出したいんだが、誰宛てにすりゃいい?」
豪快なオッサンの割にそう言う礼儀はわきまえているんだな。
でも残念、そのお偉いさんはベルさんと俺のことだと思うから手紙はいらないんだよ。
「あー、それならお構いなく。俺とそこのイケオジがそうだから」
カードホルダーを指で示すと、オッサンがマジ!?って顔になってしげしげと俺のカードを見る。
「なので、もし手紙を出すつもりならリミエン伯爵に今回のことと道路整備の金をケチるなって書いといてくれたら良いよ」
「クレストって…女好きで有名な『鋼拳』のクレスト…さん?」
「その噂は己のアンチが流してるデマだから」
俺の嘆きに紅のマーメイドの四人が同意するように頷いてくれたので、オッサンが渋々ながらデマだったのかと納得してくれた。
納得と言うより、女性四人からの圧力に屈したって言うのが正解なんだろうけど。
お互い先を急ぐ身なので、話はそれぐらいにして別れの挨拶をして馬車に乗り込む。
御者台から成り行きを見守っていたステラさんが、
「カーラさんって土の魔法まで使えたのね。
少し前までは銀貨級止まりだと言われてたマーメイドが今じゃ大銀貨級よ。クレストさん、どんな魔法を使ったの?」
と声を掛けてきた。
「彼女達の今までの努力を少し後押ししただけです。
森のダンジョンで良い武具が手に入ったのはラッキーでしたけど」
ベルさんには対ノラ用のキンコンカンを渡したけど、他の皆には能力アップ用のチート装備を渡せたのは本当にラッキーだ。
一度死んでみるもんだなね…次は生き返る保証は無いけどさ。
「クレストさんに抱かれると強くなるとか、お店を出せる、なんて噂も出て来てるぐらいだし、もっと色々あるのかと」
「…そんな噂もあるんです?
初めて聞きました…誰が言ってるんだろうね」
「キャプテンクッシュやガバルドシオンの成功を妬んだ人かもね」
商業ギルドが俺に貼り付かせてる監視の人、監視するより先にそのデマを流す人をとっちめてくれないかな。
そこまで行くと、単に俺に対する嫌がらせ程度で済む問題じゃ無いんだよね。
噂に巻き込まれてる女性陣も迷惑だろ。
スライムを使ったスパイ系のスキルも今は使えないし、どうしたもんだか。
いっそのこと、冒険者ギルドに噂の出所を探る依頼を出して見ようか。
我ながら自分が冒険者ってことを忘れてる気がするけど、適材適所ってやつで…はぁ、この言葉は適当な人材を適当な場所にって意味に聞こえるのは何故だろ。
 




