第126話 順調そのものだから暇なのです
リミエンから王都までは通常六日間の道のりだ。
大体一定間隔になるように宿泊出来る町村か野営の為の施設が整備されていて、村、町、施設、村、町、王都の順に宿泊するのが定番らしい。
ジョルジュさん達の荷物を運ぶキャラバンが襲撃されたのは二日目の町と三日目の施設の途中で、町と施設の間に森があって領地の境になっている。
「パパの認識では、ケルン氏は味方認定の良き理解者なのです!」
リミエンの城壁をから外に出て暫くして、寝ていたアルジェンが起きると鞄から出て来た。
そして驚くケルンさんを見て俺の記憶を探ったようだ。
なるべく鞄から出てこないようにと釘を刺しておいたのだが、アルジェンは『馬車の中でも、と言ってなかったから出て来たのです!』と悪びれる様子は無い。
ずっと鞄の中に居るのも退屈なのは分かるけどさ。
アルジェンの存在はいずれは公にするけど、そのタイミングをリミエンの偉い人達が見計らっている。
それまでは大っぴらにはしないよう、気を付けておかないと。
幸い自分の姿を消す魔法が使えるようになった、と言いたいが、消えて俺の中に潜んでいるだけなので別行動が取れる訳ではない。
姿を消して誰かを尾行出来る能力なら大歓迎なのに。
「ケルンさんは森のダンジョンで獲れる品物を売り込む為に王都に行くんですよね?」
「ええ、他の場所には無い変わった果物とニジマスが目玉商品になりますね」
「普通、そう言うのはトップセールスをやるもんだと思うんだけど」
「その前段階と考えて良いでしょう。
偉い人達を動かすには、事前に準備が必要ですから」
そう言うもんなのか。
多分一番シンドイところは下の人にやらせて、美味しいとこだけ持って行こうって思えば良いのか。
ケルンさんが畑を耕し、後からくる偉い人が種を蒔くイメージだ。
その後の水やりや収穫はまた人に任せて、最後に食べるのが偉い人のお仕事な訳だ。
「私の代わりに子供達が村々に行商に出てくれますからね。ありがたいことです」
「お子さんって十歳ぐらいです?」
「上の子が十四、下の子が十一ですよ。
あと二年もすれば上の子は独立しますから、その勉強になるでしょう」
十四歳と言えば中学二年生頃か。俺がその頃は何をやってたっけ? 大して部活にも熱を入れず、平々凡々だった気がする。
転生すると知ってたら、もっと真面目に勉強しておくんだったよ。
日本にいるよりコッチの方が勉強した成果を発揮出来そうなんだよね。勉強と言っても物の作り方や食べ物関係だけどね。
「ウチの子も俺の仕事してる時に一緒に連れてきた方が良いのかな?」
「クレストさんは、何か生み出す能力に特化していますよね。
それは見てもあまり役に立つとは思えませんが、着眼点や物の考え方を教えるには役立つかも知れませんね」
日本にあるものを作ってもらっているだけだから、着眼点も何も無いんだけど。
単に出来そうな物をチョイスしてるだけだし。
やっぱりロイ達には自分のやりたい事を自分で見付けて貰おう。
ルーチェは放置すると、そのまま真っ直ぐ『雷帝の女王』への道を突き進む気がするけど。
もしルーチェが独立して新しい家を興すなら、『ライラック』の苗字を送るとしよう。
リミエンを先に出発していた馬車を何台か追い越し、通常の運転ならその日の宿泊地となる筈の村を昼食休憩の一時間半程で通過した。
「こんなに急がせて馬は大丈夫ですか?」
とケルンさんが御者台に座るベルさんに質問すると、
「馬達から見れば、空の荷馬車を二頭で牽いているようなもんだからね。
押したら分かると思うけど、動いているラクーンを牽くのはそれ程重労働じゃないんだ」
それはベルさんが見た目より力持ちだからですけどね。
ベンチプレスやったらラクラク三百キロ台が行けそうなんだよ。異世界の人ってマジで反則だよね。
そうなると馬達もか?
見た目は地球のサラブレッド種に似てるけど、遺伝子レベルでは全くの別物って可能性もあり得る。やっぱり異世界は怖ーよ。
「そうですか。それならお任せします。
弓形のバネを配置した馬車は王都でも走っているそうですが、この馬車にはありませんね。なのにこの乗り心地の良さ。信じられません」
「それは小型にして外から見えないように配置してますよ。
この馬車の足回りは企業秘密が詰まってるので、見られないように作っていますから」
凸凹道の大きな突き上げはコイルバネと油の抵抗だけでは吸収しきれないので、板バネも仕込んである。
更に細かな振動が客室に伝わらないよう、シャーシと客室の連結部に緩衝材を噛ませるなど、技術者達と錬金術師の努力や活躍あっての乗り心地なのだ。そう簡単に真似されては堪らない。
究極のセキュリティ対策として、本当は認証工場以外でバラそうとしたら爆発する仕組みを取り入れたいのだが。
それは人道的に無理なのだが、このラクーンの外装は専用工具を使わないとカバーを開けられないように改造されていたり、鍵を差さないと駐車ブレーキが解除出来ないようになっていたりと、遊び心か何か分からない改良がいつの間にか施されていたのだ。
俺が自宅に置いておきたいと言ったのを聞いたビステルさんが、サービスで改造してくれたのだろう。
そう言うところに知恵が回るのはさすが転生者だ。
それにしても、快適過ぎて退屈なのはどうにかならないものか。
献上用ではないブロック式チェスボードも持っているが、俺もケルンさんもまともにルールを知らないので意味が無かった。
これなら素直に異世界物の定番リバーシをブロック式にして作っておけば良かったと後悔している真っ最中だ。
本当はブロック式ではなくマグネット式が楽で良いのだが、磁鉄鉱が無いのだから仕方ない。
酸化鉄にレアアースを混ぜて作るフェライト磁石もあるが、材料が俺には分からない。
こんなものを見付けた人達は本当に凄いと思う。
電気を大量に使うことが出来れば鉄を磁石に変えられるのだが、勿論そんな電気は無い。
ルーチェに頑張ってもらうにしても、電気を相当量貯める設備が先に必要だ。
なので今のところ、磁石はすっぱり諦めている。
「何を考えてます?」
「…あ、馬車の中で時間の潰せる物が作れないかと」
「…そうですか。
普通の馬車は、そう言う事も思い付かない程の乗り心地なんですよ。
クレストさんが時間潰しの出来る物を欲すると言うのは、それだけこの馬車の性能が素晴らしいモノだということの証明ですね」
なるほどね。確かに時化た海にでた船の上で本を読もうなんて気にはならないか。
馬車や荷馬車が徒歩並の速度で走るのは、馬の負担だけでなく乗り心地の確保と馬車の破損防止が目的だ。
貯水池までの実証試験の通り、道路を綺麗に舗装するだけでも出せる速度は二割はアップ可能だ。
あそこの場合は走行距離が短いから、馬の負担がそれ程でもないってのも理由の一つであると思うけど。
「お金が幾らでも使えるなら、王都やシャリア伯爵領までの道路を整備するんだけどね」
「今のクレストさんには、あのキチガイじみた魔力はありませんよ」
「そうだね…て、キチガイじみたは言葉のチョイスがおかしいと思うけど」
ケルンさんも分かっていてわざとそんな言葉を使っているんだろう。
「噂では、伯爵様のところに怪しげな集団が集まって日々地面に向かって何やらやっているそうで。
上手く出来ないとクレストさんに殺されると言って必死だったとか。
それと関係が?」
「態度が悪くて叩き飛ばしただけだよ。怪我させたら面倒だし。
で、その怪しげな集団を使って道路を作る計画なんだ。リミエンに戻る頃にはかなり進んでいると思うよ」
噂の中に不穏な部分が混じってるけど、俺そんなこと言ったかな?
確かモグって言っただけの筈なんだけど。
それよりハーフエルフ集団の活躍に期待しよう。彼らがキチンと働いてくれれば、安い料金で馬車鉄道が出来上がるのだ。
移民を使っての工事の場合、適正価格ってどうなんだか。
移住と生活保護の対価としての労働を求めるんだから、ちょうど釣り合いそうな気がするんだよね。
それでも三十人も養い続けるのは簡単じゃないと思うけど、領主軍がそれだけ増えたと考えれば意外と許容範囲?
お金が無いと催促されたけど、多分迷惑料を払えって言うのが本音のところなんだと思う。
「私は楽しそうに遊んでいるアルジェンを見ているだけで退屈しませんけど」
客室の中でミニミニ魔界蟲さんを荷馬車に変身させて乗っているアルジェンをケルンさんが指差す。
床だけでなく壁や天井までフィールドにするのだから、初めて見た人はまさに何じゃコリャー状態になる。
「慣れって怖いですね…」
あまりの暇さに、折り畳み式のテーブルをセットし、試作の植物紙で作ったメモ用紙を取り出してアイデアを書き始める。
最初に思い付いたのはタングラム。
正方形の板を七つに切って作ったピースでお題に出された色々な型を作る遊びだ。
木をカットするだけなので製造自体は簡単なのだが、これを売るには大きな問題がある。
お題が作れないのだ。
猫やら花やら色々な形が作れることは知っているが、その作り方を知らないから俺には宝の持ち腐れだ。
問題を多く用意しないと直ぐに飽きられるのは目に見えている。
「板のカットは決まっているのですね?」
「はい。このカットパターンで三角形が五つ、正方形が一つ、菱形みたいなのが一つ。
このルールを変えずに、色々な形を作ると面白いと思います」
「それなら、廃材ででも作れますね。
それにクレストさんがお題を作らなくても、最初に数セットを子供達に配布して形を作らせ、良い出来なら案を買い取れば良いのでは?」
なるほど、そう言うやり方もあるのか。
やっぱりケルンさんの頭は冴えてるわ。それ採用っ!
「小さなお子様向けにはガバルドシオンで売っている指や手を入れて遊ぶパペットがお薦めですけどね」
「それで人形劇をやるそうですね」
「魔王セラド対勇者軍団、でしたか。楽しみですね」
脚本は何故かチートな金属加工スキル持ちのビステルさん、操り人形はマーカス服飾店など数店が協力して作ってくれているそうだ。
何処でいつ上演するのか知らないけど、本人達がなんか楽しそうにしていたので温かく応援してやろうと思う。
「人形劇があるなら、女の子向けに着せ替え人形があっても良いかな」
「着せ替え? 人形で、ですか?」
「ええ、本物の服は高くて中々買えませんけど、人形用の小さな服ならそれ程高くはならないかと」
「その人形は大人ですかね?」
「遊ぶ子供の年齢に合わせて二、三種類の年齢でどうです?
ママゴト遊びのバリエーションも増えると思いますよ。我が家はいつも受付嬢ゴッコですからね」
本物の受付嬢が演じるのだからリアルさには定評がある。俺の定評だけど。
でもエマさん、俺が見る時は何故かいつもハチマキ巻いて怖い受付嬢役やってるんだよね。
「大人向けのなんて作らないでくださいよ。
売れる先に心当たりがあり過ぎて困りますから」
「はぁ…分かりました。とりあえずメモしておきます」
デッサン人形みたいに、関節を自由に動かせる人形が安く作れたらなぁ。
俺が満足しようと思うと、ブラバ樹脂だけではなく色々な樹脂で試してみないといけないかもな。
それにしても、子供向けの商品は思い付くけど大人向けの商品は思い付かないな。
トランプやウノなどのカードゲームはカードの素材に問題がある。
紙だと直ぐに傷むので、プラスチックみたいな樹脂が欲しいのだ。そうなるとそれ用の油性インクも開発しなきゃならないだろうし。
まさか馬車が快適になったら、こんな弊害が出てくるとはな…アルジェンと遊ぶケルンさんを見ながら、慣れって怖いともう一度溜め息を吐くのだった。




