第125話 出発しました
王都に行く日がやって来た。やはり万人に時間だけは平等にやって来る。
冒険者ギルド前には二台のラクーンが並び、出発前の最終確認をしているようだ。
「ランスとブリッジに馬車を牽かせようと思ったんだけど。
あの子達が拒否したから二頭立てにしたわ」
そう話すのは『ボルグス&モルターズ馬車工房』の副代表のステラさんだ。今は輸送業ギルドにも籍を置く冒険者ギルド職員でもある。
俺が絡む案件では、このように急遽招集されるのだが、迷惑していないのか心配だ。
ちなみにラクーンは一頭立てで運用可能だが、公式な訪問では急な馬の不調による遅れを回避する為、このように複数の馬を用意するそうだ。
牙馬を普通の馬と同じ馬房に入れると馬達が怯えてしまうので、もしランスとブリッジを連れて行くなら馬房とは違う施設が必要になる。
町の馬房を借りることが出来ないので、連れて行くならアルジェンに簡易馬房を持たせて行くしかなく、少々面倒なので二頭が拒否してくれて良かったと思う。
アルジェンとドランさんに牙馬のこの問題を相談してみると、『牙馬の出す固有の魔力波形を馬が感じ取ってビビるので、その波動を偽装する魔道具をダンジョンの魔力が溜まった時に魔界蟲さんに頼んで作って貰えば良いだろう』とのことだった。
今はダンジョンの中での生活環境、生産環境を整えることを優先して魔力を使って貰っているので、その魔道具を作るのはもう少し先のことになるだろう。
王都まで護衛として付くのは、これまた俺が絡むと何故か漏れなく付いてくる『紅のマーメイド』の四人組だった。
こんなことしてるから彼女達が俺の愛人だと噂されるのだが、良く知った仲だし気軽で良いのは確かだ。
「商業ギルドから要人警護の指名依頼で来たんだけど。
まさかクレストさんだったとは」
と、アヤノさんがそう言って乾いた笑い声を立てる。
彼女達の武装はダンジョン管理者だった時に渡した物から変わっていない。
魔道具と言えども武具である以上は耐久力の問題があるので、いずれは破損する。
武具・防具店の品物より良い物であるのは間違いないが、今の武装を大事にし過ぎるのは良くないだろう。
セリカさんは瞬間的に装着可能な特殊な鎧を持っているので普段着姿に剣帯を掛けている。
胸の谷間を見せないようにするためか、スカーフを巻いているのが残念で仕方ない…別に見たい訳じゃないよ。
サーヤさんは馬車馬とは別に用意した馬の世話をしていて、カーラさんはラクーンの御者台で何か読んでいるようだ。
ギルドに入ると既にカウンターに座っていたエマさんと目が合ったが、受付中なのでそちらを優先したようだ。
エマさんの隣に座っていた姉御ポジションのミランダさんが、執務室に入れと指で指示するので素直に従う。
「おはよう、クレスト君」
入るなりギルドマスターとは思えない気軽さで声を掛けてくるライエルさんと、その向かいにベルさんが座っていた。
テーブルには何処かの地図が置いてあるので、何かの作戦の進行状況でも話し合っていたのだと想像させられる。
「暫くエマさんに会えないが、エマさん成分はタップリ補充してあるかい?」
「余計なお世話ですょ」
軽口叩く余裕があるなら、その作戦は順調に進んでいるのだろう。
「王都ではくれぐれもやり過ぎないように」
「やり過ぎるって、今の俺には魔力が無いんですよ」
「アルジェンが付いて行くんだよね?
まだ存在を公にするのは控えておいて欲しい。欲しがる馬鹿が多いと予想されるからね」
欲しいと言われてもお金で譲れるモノでも無いし、本人が俺達を慕っているんだし。
もし家族を人質にして脅迫を…なんてことがあれば、戦争も辞さないつもりだけどね。
それに見た目は八分の一スケールでも、火山噴火を使えるこの子を怒らせるような人は身をもって自分の愚かさを知ることになるのがオチだ。
それが切っ掛けになって、俺の人生が悪い方向に転がる可能性はあるんだろうけど。
「大人しくしているのです!
散歩はしゃがんで付いて行くのです!」
鞄の蓋を押し上げ、頭を出したアルジェンがそうアピールして親指を立てる。
「それを言うなら三歩下がって付いて行く、だょ。
付いて来るのは仕方ないけど、なるべく鞄から出ないようにね」
「女を拘束する男はモテないのです!
変態なのです!」
「変態でも何でも良いから、面倒だけは起こさないようして欲しいもんだね」
俺はノーマルなんだけどねぇ。ライエルさんも本気で変態とは思っていないよね?
「アルジェンが付いてくるなら旅は快適だ。
僕としてはとてもありがたい」
ベルさんはタイニーハウスとお風呂のサービスをご希望らしい。王都までの街道にそんなの出せるスペースあるのか?
魔道具が小型化されて、電動自動車とは言わないが電動アシスト自転車みたいな馬車が作れるようになったら、カラバッサを列車のように何両か連結してみよう。
客室、トイレ、風呂、食堂車の四両編成なら宿屋要らずで何処でも宿泊出来るだろう。
それから雑談を続けていると、出発前の確認が終わったとステラさんが報告に入ってきた。
「よし、行こうか」
「クレスト君は初めての王都だからね。くれぐれも迷子にはならないように気を付けてね」
「王都にはダンジョンが無いから大丈夫ですよ」
人聞きの悪いことを。
森のダンジョンでの失踪は公的には俺がトラップに掛かって迷子になったことになっている。
迷子になった先で更にトラップに掛かり、キリアスまで飛ばされたと言う設定は少々嘘っぽいのだが、ダンジョンだから何があってもおかしくないのだと言い切ることにしている。
それが事実と違うことを、ルーファスさん達が他人に話すことはない。
セキネさんの前に俺を残して逃げたと言う負い目があるのだから当然だ。
「もし迷子になったら魔道具の放送で呼び出してもらいますよ」
「それが良い」
俺が冗談で返しても、真顔でそう返事されるのだから腹が立つ。
いつか泣かせてやろうと何度目かの決意をして執務室を出る。
「ちょっとごめん。
エマさん、今から行ってくるね」
エマさんの前に並んでいた冒険者には申し訳ないが、割り込んで少しだけ時間をもらおう。
「気を付けて行ってきてね。無事に帰って来るのが一番のお土産だからね!」
「王都土産はスイーツでお願いね」
エマさんが笑顔で良いことを言ってくれると、隣の席のミランダさんがお土産の催促をしてきた。
言われなくても勿論何か買って帰るつもりだよ。
「あと、浮気はダメだからね~」
と笑いながら言って、すぐにキリッとした顔を作って受付に戻るミランダさんに、メッ!とエマさんが可愛く拳で頭にコツン。
「うん、なるべく早く戻ってくる!
じゃあ行ってくるね!」
と手を振って背中を向けると、
「これがクレストの最後の言葉となるのだった」
とミランダさんがナレーターのような口調で呟くように言う。
すかさず、もう一度エマさんがコツン。
名前も知らない冒険者達に冷やかされながらギルドを出ると、レイドルさんが外で待っていた。
「王都では女に気を付けろよ。
金の匂いを嗅ぎつけるとゴブリンのように寄ってくるからな」
「大丈夫ですよ。エマさんしか居ませんから」
「マダム・ファブーロから習ったと思うが、好き嫌いだけの問題じゃない。
不安ならベルに聞け。お前一人だと何をやらかすか分からんからな」
ホントに心配性だなぁ。これで格闘馬鹿で無ければ良い人なのに。
「分かりました。王都に居る間はベルさんに全て任せますよ」
「出来るだけ近くに居てあげるつもりだけど、僕にも予定があるからね」
王都での暮らしに慣れていて、有力者との知り合いも居るベルさんが居てくれるのは心強い。
仲間のルベスさんも王宮勤めをしているそうだし、一人にならないようどちらかに付いて行くつもりで居よう。
「それと、商業ギルドから森のダンジョン関連の売り込みで一人派遣することにした。
悪いが城門でピックアップしてくれ」
「急ですね。昨日まではそんな話は無かったのに」
「せっかく王都まで行くついでがあるんだ。
これに便乗しない手はないが、誰かさんのお陰で中々職員の手配が難しくてな」
「それは悪うござんしたね。その職員さんは?」
「会えば分かる。楽しみにしてくれ。
ライエルと話があるから見送りはここまでだ」
言いたい事だけ言って、サッサとギルドに入って行くレイドルさんを見送ってロングタイプのラクーンに乗り込む。
御者台に座るのはステラさんとベルさんだ。
ベルさんはどうやらレバーで操縦する仕組みに興味を持ったらしく、自分で操縦すると言い張って聞かないのだ。
ステラさんに一通りのレクチャーを受けたところで、御者台の窓から手を出してアヤノさんが操縦する後続車に発進の合図を送る。
自動車のクラクションみたいなのがあると便利かなと思ったが、単にホイッスルを吹けば良いのだと思い直す。
そう言えば、外に出られるようになった冒険者が初めて討伐依頼を請けた時に、ホイッスルを渡されるらしい。
俺は討伐依頼を請けた事が無いが、前回カンファー家の山に行くときか森のダンジョンにアタックするときに持たされたっけ。存在をきれいさっぱり忘れてるのは、アイテムボックスに入れてたせいだな。
ベルさんの「発車!」と言う声でゆっくりと進み始めたラクーンが冒険者ギルドと商業ギルドの小旗をはためかせる。
その旗で中に乗っている人物が何処の関係者なのか、外から見ても分かるようにしているのだ。
旗の地の色はカードの色に合わせてあるのか商業ギルド、冒険者ギルドとも金色の旗が取り付けてある。
ベルさんが居るから冒険者ギルドも金色なのだ。
この旗は城門を通過する際の優遇措置を円滑に行うのが目的、つまりVIP待遇で順番待ちをせずに通過出来ると言う意味を持つ。
でも冒険者って徒歩か馬で出入りする事が多いら、実質的には各ギルドの役員クラスが乗ってますよってことをアピールするぐらいの意味しかないのだ。
それを今回わざわざ付けているのは、ブロック式チェスボードの献上が公式な訪問である為だ。
俺、まだ二十歳前なのにお偉いさんみたいな扱いを受けても良いのかな?
出来れば普通に接してもらいたいのだが。
そんな愚痴を溢すと、リミエンに国王から招かれた人物が居るって事を周囲にアピールするのが狙いだとベルさんが教えてくれた。
そんなもんなんだと納得しつつ、城門まで進んで馬車が止まった。
「一人拾うよ」
とベルさんが言うと御者台側のドアを開けて飛び降りた。
一言二言の話し声が聞こえ、客室のドアが開いて入ってきたのはケルンさんだった。
行商に行くときより良い服を着ている。
「おはようございます、クレストさん」
と笑顔で挨拶して握手を求めてくる。
「おはようございます。誰かと思ったらケルンさんだったんだ。
レイドルさんも人が悪いな。教えてくれたら良かったのに」
「あの人らしいですよ。
さて、噂の新型馬車の乗り心地を確かめさせていただきますね」
ケルンさんは良い大人なのに、新車に乗るのを心待ちにしていた子供みたいに嬉しそうな顔で、客室内を凄い凄いと言いながら見て歩く。
普通の馬車だと客室の中を歩くことは出来ないが、カラバッサとラクーンには左右の車両を繋ぐ車軸が無いので、床を低くしてウォークスルーを実現している。
初めて乗った人は間違いなく、ケルンさんのように客室内を歩くのだ。
雨除けの為に幌を付けた荷馬車も同じように歩く事が出来るが、こちらは動く居室であり、安心感がまるで違う。
「これはまた、とんでもない物を作りましたね」
と感心仕切りのケルンさんに、
「王都にこの馬車の大量注文を取りに行きますからね」
とステラさんが自信を覗かせる。
過剰な煽りで工場の生産能力がパンクするような受注は受けないで欲しいものだ。




