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第119話 ブリッジちゃん、大活躍…オリビアはオマケです

「いいか、てめぇら!

 シャリアとリミエンの境にあるこの森の中が唯一のチャンスだぞ!

 ここで確実に仕留めにゃならねぇ。抜かるなよっ!」

「へいっ、おかしらっ! 護衛を優先して片してきやすぜ!」


 とある森の中、そんなミーティングがなされているのはこの世界ならではだろうか。

 武装した集団が樹に隠れて商隊を待ち伏せするのは今でも時々行われる古典的な手法である。


 商隊はキャラバンを組んで盗賊達から商品と身を守る。

 その為に護衛の賃金が輸送費に上乗せされて商品の値段が上がるので、庶民にとって実に迷惑な存在である。


 当然だが各地方の領主達は盗賊など武装勢力の排除に躍起になって取り組んでいるのだが、悲しいかな、振れば金貨の出てくる小槌を持たない彼らが盗賊を撲滅することは今も出来ずにいる。


「目標が最終ラインを越えやした!」


 一番目の良い下っ端がお頭にそう報告したのは、彼らが奇襲作戦開始の合図を発する目印に決めていた大きな岩の横をキャラバンの先頭を進む護衛の馬が通過した瞬間だった。


 的となる騎手までの距離は約六十メトル。

 矢をつがえた射手が目を凝らして狙うのは、先頭を行く護衛としては頼りの無い魔法使い風の女であった。


 風にそよぐ赤茶色のロングヘアが今から行われる蹂躙劇によって泥にまみれる様子を想像した射手の一人は、出来れば生け捕りにして連れ帰りたいと考え、もう一人は運が悪けりゃ一発であの世行きだとサバサバしていた。


 その二人が同時に矢を放ち、緩い放物線を描いて飛んだ矢は狙い違わず女の胴体に突き刺さった…筈だった。

 だが突然女の目の前、空中に光の輪が現れると、本来物理的に触ることなど出来ない光が矢を弾いたのだ。


「何だアレはっ!」

「魔法か? あんな魔法があったのか?」


 想定外の出来事に狼狽えた二人に、お頭と呼ばれた男が大声で怒鳴った。


「馬鹿野郎! あんなのはマグレに決まってる!

 続けて撃て! 撃ち続けろ!

 弓の下手なヤツも撃て!

 下手な弓矢も数撃ちゃ当たる!」


 見たことの無い光の輪に一射目を防がれたが、高性能な防御魔法がそう長時間維持できる筈は無い。

 お頭はそう考え、射手にあの女魔法使いを倒すまで矢を放ち続けることを指示した。

 そして我ながら良いことを言ったと自画自賛したお頭は、気分を良くして次の指示を出す。


「接近戦部隊は魔法使いを倒してから襲いかかれよ!

 護衛は十人プラス魔法使い一人だ。コッチの数は三倍だぞ、三人一組で一人倒せばノルマクリアだ!」


 頑丈な鎧を着用していない魔法使いを遠距離攻撃で倒すのは常套手段であり、お頭の判断は間違ってはいない、筈であった。

 そう、彼らが相手にしたのがオリビアでなければ…



 オリビアがこの荷馬車二十台規模のキャラバンと合流したのは昨日のこと。

 ドランさんのブリッジ速度アップ計画はご破算となったが、普通の馬の倍の速度で走り続けたブリッジに乗り続けたオリビアは疲労困憊。


 この商隊の護衛の為にリミエンからたった一人でやって来た彼女に、このキャラバンの護衛部隊を率いる隊長が面倒くさそうに、

「居ても役に立つ訳がないからとっとと帰れ」

と言って追い払おうとしたが、それでハイ、分かりましたと引き返すオリビアではない。


「そう言われても、私の主人の依頼を放棄する訳にはまいりません。

 それに私が役に立たないと一方的に決め付けられたのも良い気はしませんね」


 穏やかな口調であるが、僅かに怒気を込めたオリビアの言葉を護衛隊長が鼻で嗤った。

 護衛隊長は自分達の請けた仕事に部外者を送り込んできた彼女の主人とやらに腹を立てたのだ。


 それに対し、ジョルジュからの手紙を確認したキャラバンの商隊長は、自分の懐が痛まないと知って男ばかりの集団に若い女性が来てくれたのは有難いと素直に喜んでいた。


 商隊長は護衛隊長に「無理に追い返す必要は無いぞ」と言ってサッサと馬車に乗り込んだのだが、雇い主である商隊長の言い分に納得の行かない護衛隊長は簡単には引き下がらない。


「美しいお嬢さんに怪我をさせたくないからお家に帰ってもらおうって言う、俺らの優しい気遣いを分かって欲しいもんだな」

「あら、美しいなんて久し振りに言ってもらいましたわ」

「そうか、あんたの回りには見る目の無い男しか居ないんだな」

「いいえ、女を見た目だけで判断する無能な男が私の周囲に居ないだけですわ」


 護衛隊長に向かっては無能呼ばわりとは、我ながらクレストさんに似てきたものね、とオリビアは自分の言葉に笑ってしまった。

 隊長となれば大銀貨級冒険者かそれ相応の力量を持つのに対し、自分はまだ銀貨級。

 戦闘経験の差と言う面において、当然ながら大きな隔たりがあるのだ。


 フフっと笑みを浮かべたオリビアに後ろに居た若い護衛がカッとなって掴み掛かろうと手を伸ばしたが、それを隊長が押し留めた。


「お嬢さん、それは俺達が自分より役に立たないと無能だと罵っていると捉えれば良いのかな?」

「えぇ、勿論よ。それ以外の解釈があると言うのなら逆に教えて戴きたいものですわね」


 そう言うと、ダンジョン管理者となったクレストから貰ったワンドを右手に持ったオリビアが遙か天空へとワンドを向ける。

 何をしているのか訝しく思った隊長だが、オリビアのクチから呪文も何も出ていないのでハッタリだと判断してその手は無視する。


「別にアンタの力なんて借りなくても、このキャラバンは守り切ってみせる」

「それなら、こちらはこちらで任務を遂行するだけですわ。

 そちらの邪魔はしませんから、どうぞお気になさらずに。

 ですが折角ですから隠し芸をひとつ、披露いたしましょうか」


 ニコリと笑ったオリビアが天に向かって一言だけ呟いた。


「『煉獄の焔(プルガトリーム)!』」


 その短いコマンドのたった一つで、ワンドの先端から天をも焦がさんとする勢いで地獄の業火と呼ぶに相応しい炎がゴウッと音を立てて噴出を始めたのだ。


「嘘だろっ!? 呪文はどうした?

 『火炎弾や業火(ヘルファイア)』レベルなら呪文無しでもあり得るが…あんなのをどうやって?」


 魔力によって発する高熱は護衛達に息苦しいと思わせるまでの熱さを感じさせた。

 直撃すれば骨が残るかどうかも定かではないその魔法を平然と放ち終えると、微笑むオリビアに護衛の男達も、そして遠巻きに見ていた商隊の面々も恐怖を覚えたのは当然だろう。


 予想外の魔法を見せられて冷や汗を流したものの、ゴホンと咳払いして平然を装う護衛隊長が、

「君が凄い魔法使いであることは分かった。

 だが盗賊達は狡猾でいつどこから攻撃してくるか分からないのだ。

 嫁入り前のお嬢さんに怪我でもさせては」

「あら、私は魔法使いとは名乗っておりませんわ。

 魔法も使える戦士なんですけど」


 護衛隊長のセリフを遮ったオリビアが、

「私と剣で闘ってみます?

 ひと太刀でも私に入れることが出来れば、そちらの言う通りリミエンに帰りましょう。

 もっとも進行方向は同じですから、視界に入るのは我慢して頂きますわね」

と隊長を挑発する。


「勿論、素手でも構いませんよ。

 この胸に触ることが出来る幸運な人がこの群れに居るとは思えませんが」


 セリカの胸には少しだけ及ばないが、サイズも形も…なのにあの人は…。


 この場に居ないクレストに対し、オリビアの内心に沸々と怒りが湧いていることなど誰も気が付かず、豊かな双丘に触るチャンスとばかりに何人かの護衛達がオリビアに戦いを挑み始めた。


 乗馬による疲れを上回る疲れはあったが、自分に見向きもしないクレストへの怒りを原動力に変えたオリビアがワンドと光輪を駆使して次々と護衛達を倒して行く。


 クレストの屋敷に勤めだしてからブリュナーの指導を受け始め、ダンジョンアタックの最中はベルに鍛えられ、完全装備のセリカを相手に戦闘訓練を続けたオリビアは純粋な魔法使いとは思えないレベルの戦闘技術を身に付けていたのだ。


 それはひとえに冒険者として名を馳せることで、クレストの意識を自分にも向けさせたいと言う願望がそうさせているのだが、オリビア本人もその事には気が付いていないだけだ。


「さすがに疲れたわ。

 後は隊長さんと副隊長さんの二人だけね」


 既に十人の護衛のうち八人がオリビアに触れることなく地面に寝転がっている。

 クレストのワンドは魔力を通すことで棍として使用出来る魔道具であった。

 短期間で棒術がそれなりのレベルで身に付いたのは、彼女にスキルがあったのかも知れない。


「リミエンから馬で駆け付けて来たばかりで八人も倒されたとあっちゃ、アンタの勝ちを認めるしかない。

 それに、その光の盾みたいのは反則だろ?」

「この『光輪』は盾でもあり、武器でもあるのよ。

 特別サービスで見せてあげるわ。

 『偽炎・斬』っ!」


 チャクラムのように手から放たれた赤い光の輪は、的となった大きな岩を綺麗に二つに分断して消滅したが、いつの間にかオリビアの手に元の色と形で戻っていた。


「便利でしょ。この技は主人が教えてくれたのよ」

「…金属鎧を着てても死んでるかもな」

「試してみたいなら」

「試さんでくれっ!」


 そのデモストレーションの一撃で、見事オリビアは猿山のボスの如く護衛達のリーダーの座に就任することになったのだった。

 


 そんなことがあった翌日。

 キャラバンの先頭をオリビアがブリッジに乗って進んでいたのは、勿論他の馬達がブリッジに怯えていたからだ。


「ブリッジちゃんはこんなに可愛いのにね」

と首を撫でられたブリッジが機嫌の良さを尻尾でアピール。


『オリビアさん、オリビアさん。

 和んでいるとこ悪いけど、この先で十人以上…あー、多いなぁ…全部で三十人ぐらいに待ち伏せされてるみたいだよ』


 オリビアのポケットに潜んでいたドランさんがそう報告したのは、そろそろ昼食の休憩に入ろうと言う時のことだ。


「クレストさんの読み通りね。

 恐らく矢を放ってくるから、出すタイミングを教えてね」

『了解。バッチリ任して!』


 ポケットの中で胸を叩くような仕草をするドランだが、トカゲの前脚の稼働範囲はそれ程広くないので胸には届かない。

 俗に言う気分の問題レベルだ。


『来るよ!』

「『光輪』!』


 飛んで来ると分かっていれば、後は実行するのみだ。

 初めて使った時は手で触れられる位置にしか出せなかった光輪だが、今では手から離れた空間に配置することが出来る。


 音も無く矢を防いだ光輪に左手を出して盾のように構え、後ろに続く護衛達に向かって、

「敵襲よっ! 前方と左右に別れて来ているわ!」


 まだ敵の姿はオリビアの目には映っていないが、ドランさんが探知した結果を教えているのだ。


 オリビアを目掛けて飛んでくる矢から敵の位置を割り出した護衛達が、盾を構えてオリビアの前に出た。


「射手を狙って魔法攻撃を頼む!」

「任せなさいっ!」


 モジュール化によって効率化の進んだ『業火』は、一度の発動で六発までストック可能となっている。

 おおよその見当を付けて一発目を発射したが僅かに外れ、ドランさんの指示で微調整して二発目を放つ。


『よし! 一人目に命中! ニメトル左に二人目が居るよ』


 目の良いドランさんが位置を教えて三発目、四発目と連射し、二人目にも命中して遠距離攻撃の無力化に成功した。


『どうやら弓は捨てて三方向から突っ込んで来るみたい。

 正面に八人、左右十人ずつ』


「敵が三方向から突っ込んで来るわよ!

 守りを固めて!」

と声を張り上げ指示を出す。


「左右の守りは任せる!

 俺とワークレーで前を押さえる!」


 護衛隊長がそう言うと、副隊長を連れて二人だけで突撃してきた八人に向かって走り出した。


「仕方ないわね…ブリッジちゃん!

 好きなだけ暴れて来なさい!」

と馬上から降りたオリビアがブリッジの背中を叩いた。


 牙馬とは本来気性が荒く好戦的な魔物である。

 飼い主であるオリビアの指示を聞くやいなや、一度嘶くと急発進して剣を構えた集団に向かって突進を始めた。


 前に出ていた隊長と副隊長がブリッジから発する何かに怯んで歩みを止めると、あっと言う間に二人を抜き去りブリッジが敵の真っ只中に突撃をかました。

 馬は本来脚のケガを恐れる動物であり、好んで人の群れに飛び込んで行くようなことはしないものである。


 だが異様なまでに強靭な骨格と丈夫な皮、そして発達した筋肉を持つ牙馬は平気で人を蹴り殺す。

 余りの速さに目測を誤った何人かが剣を振る間もなく地面に横たわった。


 前方から進んで来た八人を通り越したブリッジがUターンし、今度は彼らを後ろから追い掛け始めた。

 たったそれだけで用意周到に待ち伏せをしていた三十人の盗賊達の半分から戦意を奪ったのだ。


「ヤベえ! 馬に殺されるぞ!」

「あんなのが居るなんて聞いてないぞ!」


 口々にそう言って逃げ出す者が現れ始めると、もう商隊を襲撃するどころではなくなった。


「森に隠れろ!

 こんなところで死にたくないだろ!」


 逃げることを選択した一人が仲間にそう言うと、お頭の制止する声を聞き捨てて森の奥へと走り出した。


「この野郎っ!」


 自分を無視したことにカッとしたのか、お頭が取り出したナイフを逃げる男に向かって投げた。

 ブリュナーと違って特段投げるナイフを得意とする訳ではないが、こう言った場面ではクリティカルヒットがお約束だ。

 

 仲間割れにより更に士気の低下した盗賊達に、オリビアの業火が次々と襲いかかる。

 そして戦闘開始から半時間で盗賊達は壊滅に至ったのだ。

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