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第117話 保証人になります

 オリビアとドランさんがリミエンを出てから数時間後のことだ。

 日もすっかり傾いた頃、森のダンジョンから魔道具を搭載した馬車を牽引したアイリスが予定より早くリミエンに戻ってきた。


「リミエンよ! 私は帰ってき」

「うるさいわよっ!」


 荷馬車の荷台に立って両手を広げ、意味の分からないことを言い出したアイリスの頭を木の棒でコツンと叩いたのは、ライエルが派遣した若手冒険者のメルだ。

 文字を書くのが苦手のアイリスの代わりに事務仕事を全部やったのだから、彼女が不機嫌なのは仕方ない。


 クレストが運搬を依頼していた鹵獲品の馬車は、リミエンへの移住希望の少年が馬を牽いていた。

 争いごとが苦手で戦闘訓練をろくに受けてこなかったので、実はあの集団の中では肩身が狭い思いをしていたのである。


 リミエンで農地の開拓が進められているのを知った彼は、自分も畑を持ちたいと思ってダンジョンを出て来たのだ。

 しかしリミエンに来る理由は他にもあるのだが、それは今後も語られることは無いだろう。彼の視線がメルの方ばかり向いているので察して欲しい。 


「リミエンへの移住希望ですか。

 先にキリアスから来た三人組は冒険者ギルドの職員に仮採用されているけど、アルバス君はどうするつもりだい?」


 城門脇の小部屋でグレス副隊長が短期滞在用の黒いカードを発行する為に少年アルバスに今後の予定を聞いていた。


「実は開拓団に入るつもりです。今まで農業しかしたことがなくて、自分の畑を持とうかと」

「あのダンジョンの中にも畑はあるだろ?」

「脳筋の人ばかりなので、少し居心地悪くて。

 あ、これは内緒です!」


 リミエンの開拓団も脳筋集団なのだが、それは良いのだろうか?とグレスは疑問に思う。

 だが、どこの集団でも馴染めない人が居ることを彼は知っていたので、アルバス君も多分そう言うことなのだろうと想像しながらカード発行機から出て来たカードを手渡す。


「これが一週間の入門許可証です。

 身元引受人に私、グレスを設定しています。くれぐれも町の中でトラブルを起こさないように気を付けて下さい。

 キリアス移住者からは保証金を免除していますが、今日の宿はどうするつもりです?」

「冒険者ギルドの方で一泊させてもらおうかと」

「開拓団も予算が決められていて、無制限に人材募集をしている訳ではないからね。

 当面の生活資金を確保する為にも冒険者登録もして依頼を熟した方が良いですよ」

「えっ? そうなんですか?!」


 まさかすぐに開拓団に入れないと思っていなかったアルバス君が、どうしようと頭を抱えた。

 アルバスに開拓団の話をしたアイリスもメルも開拓団に入る予定は無かったので、募集期間が過ぎていた事を知らなかったのだ。

 

「それなら仕方ない、冒険者登録を…」

と力無くアルバス君が言いかけたところに来客が現れた。


「副隊長、お久しぶり」

「あれ? クレストさんじゃないですか。

 どうしたんです?」

「頼んでた荷物が届いたって聞いたから見に来たんだよ」

「…また何かやらかすつもりですか?

 もうお腹いっぱいですよ」


 グレス副隊長が冗談ぽく言って笑うが、実は結構本気である。

 最近になってリミエンに訪れる旅行者が増えているのだ。その目的の大半がクレスト発案の商品の買い付けであったり、リゾート開発地の視察であったり。

 職を求めてやって来る者も多く、リミエンでは空き家を探さすのも一苦労と言った状況になりつつあるのだ。


 そうとは知らず、

「イヤだなぁ、俺、迷惑掛けるような事はやってないですよ。

 その子が本気にするじゃないですか」

と真顔で答えた。



「クレストさん、何か仕事はありませんか?

 僕はアルバス。キリアス移民組です。

 鹵獲品の馬車を運んで来たついで開拓団に入るつもりだったんです。でも今は開拓団の募集を締め切っているそうなんです。

 次回の募集が始まるまで、何か繋ぎになるものがあれば」


 アルバスと名乗った少年がそう言って頭を下げるが、急に言われても対応に困る。

 俺だって無限にお金の出てくる打ち出の小槌を持っている訳ではないのだ。

 少しは予算を考えて行動しなければ、俺が想定しているより早く骸骨さんの遺産が消滅してしまうかも知れないのだ。


「それは冒険者ギルドか商業ギルドに行くべきだよ。下手に個人的に紹介すると、トラブルになるかも知れないよ」

「まともな対応に感謝します」


 最後にグレス副隊長が余計な一言を付け加え、更にまだ何か言いたそうな顔をしていたが、

「副隊長、次の人が待っています」

と部屋の外から早く終わらすように催促が飛んで来たので後のセリフを聞くことは無かった。

 間違いなく嫌みだと思うので、連絡員さんに感謝する。


「あ、ダンジョンから一緒に来た人達も居るんです。

 クレストさんに呼ばれて来たと言ってました」

とアルバス君が教えてくれた。


「音楽家と楽器職人の?」

「はい、そう言っていましたょ」

「そうか、やっと来てくれたか」


 温泉旅館のアイドルプロジェクトにはなくてはならない二人である。丁寧にもてなさなければ。


「…」

「?」


 アルバス君がじっと俺を見る。男の子にそんなことされても鬱陶しいだけだ。


「クレストさん絡みなら、その二人の保証人はクレストさんにお願いします。

 アルバス君はすぐに魔道具ギルドに荷物を届けてから、冒険者ギルドに行くこと。

 分かったね」


 グレス副隊長がアルバス君に指示を出して退室を促したが、アルバス君は小部屋を出ず、俺の隣に何食わぬ顔で立って次の二人の入室を待つ。


「部外者は出ていってもらいたいのだが」

「僕もクレストさんの仲間に入ります。それなら部外者じゃなくなりますよね」


 グレス副隊長の指示を無視するだけでなく、かってに仲間になろうとは見上げた根性だ。


「もし君が歌って踊れるなら雇うことは出来るが、それが仲間になるかと言われれば別の話だ。

 それに副隊長さんの言うことを聞かない子を仲間にしたいとは思わない」

「それなら魔道具ギルドに行ってきます」


 ペコリとお辞儀をして小部屋を出て行くのを二人で見送り、フゥと息をつく。


「クレストさんはキリアスの子供にも人気があるんですね。

 じつに羨ましい」


 副隊長が見え透いたお世辞を言って笑うと、次の人を部屋に入れるように指示を出した。

 入ってきた一人目は陽気な感じの三十代のおじさんだ。

 グレス副隊長が勧める席に座る前に俺の方を見て、

「貴男がクレストさんですね。

 この度はお招き頂き有難う御座います。

 私はガルディと申します」

と綺麗なお辞儀をした。


「キリアスで音楽家をされていたと聞きましたが」

「はい。出陣式や冠婚葬祭などで演奏しておりました。

 残念ながら楽器は燃やされてしまいましたが、楽器職人のバリス氏が居るので何とかなると思います」


 良く知らないけど、王の前での演奏って割と重要な役割だったと思うんだけど。

 そう言う人を使い捨てにしようとしたセキネさんには教育的指導が必要だよな。


「楽しみにしていますょ。

 じゃあグレス副隊長、カードの発行をチャチャっとお願いします」

「言われなくてもやりますよ。こっちも暇じゃないので」


 副隊長が少し仏頂面になったところで、直径十センチ程の水晶玉にガルディさんの手を乗せて氏名、年齢、出身地、来訪目的を告げろ指示を出した。

 水晶玉の色が薄緑から水色、青色、緑色と次々と変わっていく擁すに、本当にファンタジー世界に来たんだと思うのだが、それを台無しにするのがキャッシュカードの機能の付いたギルドカードだ。


 そりゃあのカードは便利だよ。重たい貨幣しかない世界だから実に有難いけど、これじゃない感って言うのか、そこだけ先進技術ってどうなんだろう。

 しかもその魔道具は壊れたら最後、修理も製造も出来ないって言うのだから怖いったらありゃしない。


 最後に薄緑色の光で三度点滅したところで、ガルディさんと交代して水晶玉に手を乗せ、氏名、年齢、出身地を告げる。

 水晶玉が何度か色を変え、元の色に戻ったところで黒いカードがガルディさんに渡された。


「これは一週間の入門許可証で、身元引受人としてクレストさんが設定されています。

 どちらも相手に迷惑を掛けないようにして下さい」

「あー、酷い言い方だなぁ。

 お母さんに言い付けてやるぞ」


 副隊長の冗談に俺も冗談で返すが、まさか本気じゃないよね?


 続けてバリスさんが小部屋に入ってきて、ガルディさんと同じく俺に挨拶をしてくれた。

 職人さんと言うだけあって何かに拘りのありそうな感じの四十代のおじさんで、

「呼ばれたからには満足の行く楽器を作ってやるつもりじゃ。

 じゃが向こうと材料が違うじゃろうから…」

と楽器作りに付いて話を始めそうになったので慌てて副隊長が席に座らせた。


 バリスさんは四十一歳らしい。

 あと何年、楽器作りに従事出来るか分からないので早めにお弟子さんや部品メーカーを育てないとイケないだろう。折角の楽器作りのノウハウを失うわけにはいかないのだ。

 でも楽器なんてそれ程需要が無いから、作りたいって人が居るかどうか。

 リミエンにある楽器って、単純な打楽器や縦笛、あとは吟遊詩人の使うリュートぐらいだ。


 と言っても、このリュートが地球にあるリュートと同じものかどうかは分からない。

 ルネサンスの前からリュートに似たような楽器は作られていたらしいし、マンドリンもリュートの仲間だしね。


 楽器は需要がないから、ほぼ受注生産でお値段も馬鹿みたいに高い品物らしいが、製作者を囲えばお値段は気にしなくても良いだろう。

 それが支払う給料と材料費を考えたら、どちらがお得なのかは分からないけど。


 バリスさん用の黒いカードも無事に発行されて、二人の保証人になったことになる。

 まだ二十歳なのに押してはいけない印鑑を押した気分だ。

 この二人が大きな借金を抱えてしまったら俺が肩替わりしなければならないし、トラブルを相手に起こしたら謝りに行かなければならない。


 気軽に接してくるガルディさん、少し距離を開けて歩く二人を連れて『南風のリュート亭』を訪れた。

 二階の部屋を二つ借りようと思ったら空いていなくて三階の部屋を二人で使ってもらうことになった。

 部屋にベッドを二つ入れてくれたので、男二人で一つのベッドと言う最悪のシチュエーションは回避出来た。


 だが宿泊費が二人で一日大銀貨二枚…月に大銀貨六十枚。

 これなら確かに借家の方が安くなりそうだから、前にレイドルさんが言っていた廃業した宿屋を使うことを考えた方が良い段階かも知れないな。


 ガルディさんもバリスさんも予想以上に立派な宿屋に案内されて、俺が何処かの貴族と勘違いしたが、貴族がこんなにフラフラしてる訳がないだろ。


 二人に見送られて宿屋を後にして魔道具ギルドに向かうと、軒先に荷馬車のような物がドドンと置かれていた。

 その周りには何人か魔道具技師が集まっていて、ああでも無いこうでも無いとこれが何をする魔道具なのか議論していた。


 軽トラの後ろが大きなコンテナか冷凍庫のような形になっていて、カラバッサに似ているなぁと感心する。

 後方にドアが付いていて、中には良く分からないが中二心をくすぐるような怪しげな機材が詰まっていたので何かの司令室に見えなくもない。


 俺が中に入ろうとすると、部外者は触るなと職員に怒鳴られたのだが、俺って部外者?

 その職員さんにジト目を向け、

「それを持って来させたのは俺なんだ。

 何か文句ある?」

と商業ギルドの方のカードを見せる。


 何をっ!と一瞬言い掛けた職員さんだが、ここでも金ピカのカードの威力は効果抜群だった。

 ヘヘイとおかしな声を出して畏まり、さぁさぁどうぞと中に案内する変わり身の早さに腐ってやがるとヘドが出そうな気分になった。

 こう言うことがあるから、貴族制度や市民権に反感を抱くんだよ。


「あ、さっきの態度が気に入らなかったから君は首にしてもらう。そのつもりでね」


 ダメな職員さんは斬り捨ててもらうに限る。

 カードの色で態度を買えるような人がまともな仕事をしているとは思えないもんね。


 もっとも商業ギルドのカードに魔道具ギルドの人事権があるとも思えないから、厳重注意程度の軽い処分で終わるだろうけど。


 魔道具の事は分からないので、後から来たカミュウ親子とリューターさんに通信魔道具の件は任せて我が家へと帰ることにした。

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