第113話 久し振りのお店巡り
「ルシエンさん、お久しぶり~」
「あぁ、クレストさん! 無事で何よりだ」
マナー教室の帰り道、両袖が焼けて無くなった革ジャンの修理の為にルシエン防具店に立ち寄ってみた。
勿論袖は付け替えることになるだろう。
「今日は革ジャンを修理に出しに来たんですけど、直りますかね?」
恐る恐るカウンターに袖の無い革ジャンを置くと、手に取ったルシエンさんが渋い顔をする。
「これは予備の方だな。袖が…焼けただと?
火事の中に跳び込んでも焼けないだけの耐火性能があった筈なんだが、何にやられた?」
「世の中にはとんでもないヤツが居るってよく分かったよ」
セキネさんのメガトンフレアは火事どころの騒ぎじゃ無いが、あの人と戦ったことを話すのは余り好ましく無いだろう。
基本的に今の俺は戦えないことにするのだから。
「革ジャンは元々消耗品として考える物だから、壊れても特に言うことはないが…良く両腕が無事だったな。
クレストさんも耐火性能持ちだったのか?
鍛冶師の中にはそう言うスキル持ちも居るから、特別珍しい訳では無いか」
ガバスさんの工房の若手が熱いブロックを持って平気だったのは、やはりスキルがあったせいなのか。
「ところでメインの革ジャンの方は?」
「そっちは…お亡くなりになりまして。ゴメンなさい」
ルシエンさんが一度天を仰ぐような仕草を見せた。ルシエンさんにとっては、苦労して育てた子供みたいな物なのだろう。
「そうか…クレストさんが無事なら、革ジャンが役に立ったと言うことだ。
寂しいことだが問題は無い…が、大銀貨百枚の革ジャンがオジャン…」
「そんなに落ち込んだらダメじゃん」
「…ジャンで遊ぶのはやめておこう。不毛だ」
オジャンなんて久し振りに聞いたけど、この界隈では定番として使われていたらしい。
「それで、同じ物を作るのか?
それとも耐火性能に特化した鎧を?
と言っても火蜥蜴より上の性能となると…火龍の革ぐらいしか思い付かんが…そんな物が手に入るとは思えんよなぁ」
「ドラゴンレザーか。ドラゴンねぇ…遭ったら狩ってみようか」
わざとらしく左右の拳を打ち合わせてガツンと音を立て、俺は元気だとアピール。
「その辺の雑魚とは違うだろ。
そもそもどこに居るのやら。それにグーで勝てる訳がないだろ」
「レバーに入ればワンチャンあるかも」
「近付く前に炭になる未来しか見えてこん」
火龍もだけど、もしセキネさんと再戦することになれば、ドラゴンレザーの装備一式必要になりそうだよな。
うん、あの人と遣り合うのは無理!
素直に鋼鉄王が勝つことを期待しよう。
でもノーラクローダと戦わせたドラゴンはヤツより弱かったんだよな。
と言うことは、完全な状態の俺はノラと良い勝負に持ち込めたんだから、ドラゴンスレイヤーになれるのか?
少しワクワクしてくるけど、魔物との戦闘って相性も重要だからね。それに何と言ってもドラゴンは飛べるんだから、中途半端な飛行能力しかない俺だと勝つのは難しいよ。
それに接近する前のドラゴンブレスの洗礼で燃え尽きるって可能性が高いんだろう。
KOSの耐火性能を確かめる良い機会だって?
仮に耐えられたとしても、三分で倒さなきゃ裸でドラゴンの前に立つことになる。誰がそんな怖いことするんだよ?
「そう言えば、あの防御力アップのルーンって売りに出されるの?」
「いや…あれは使い勝手が悪くてな。
端的に言えば、効果時間を考えずに頼りすぎて逆にケガをするバカが多くて売れんのだ」
「効果を考えたら、本当にヤバイ時にしか使っちゃダメなのは納得だよね」
とは言え、俺も頼りすぎると思うから人のことは言えないか。
鋼鉄王の加護を持ってれば、大ダメージも一度だけ無効化出来るけど、貰う為には…また骸骨さんにお楽しみになって貰うしかない。
俺の体なのに俺は全然楽しめない…うん、考えなかったことにしよう。
「火蜥蜴の革なら再入荷可能だが、袖の取り替えだけにするのか?
それとももう一着作るか?」
「そうだね…これから夏に向けて少し暑くなってくんだよね。修理と一着新しいのを頼みます…あ、新しいのは革の手配だけにしてもらおう」
「それは…もう使わない可能性もあるからか?」
俺に魔力が無いのがルシエンさんにも分かるのか。
人の持つ魔力に敏感な人と鈍感な人が居るのも面白い。しかも敏感だからと言って魔法が使える訳でも無いんだよね。
「一回はキリアスに行く用事があるけど、その先は分かんないんだ。
今は色々忙しいから丁度良いんだけどね」
何が一番って、衛兵隊長に『戦えなくなったからね!』と言えるようになったのが嬉しいんだよね。
「こちらとしても、クレストさんには商業ギルドに腰を据えてもらえると助かる事が出てくるだろうし」
「この店の売上げには貢献出来ないよ」
「直接商品を買ってもらうのだけがクレストさんの仕事じゃない。
流通ルートの開拓なんかを頼りにさせて貰いたいね」
それは道路整備の催促と受け取れば良いのか?
まだ馬車鉄道のことは知らない筈だし。
それとも人との付き合いって意味でのルートなのかな?
俺は商売人じゃないから、そう言うのは期待されても困るんだよね。リミエン商会頼みになっちゃうよ。
「修理は材料が入ってからだ。
王都に不良在庫があるからすぐに届くだろう」
「憐れな素材だね。良い物だと思うけど、コスパが悪いんじゃ仕方ないか。
こっちは急ぐ予定が無いから、ノンビリ直しといてよ。じゃぁ帰るね」
ルシエンさんに手を振ってドア押しを開ける。
ドンッ!
衝突音と共に確かな手応えが手に伝わり、「アタタ」と痛がる声がドアの向こうから聞こてきた。
「あー、ゴメン。大丈夫?」
いつもは被害者なのに今日は加害者になっちまった。
新鮮な気分に浸りながら憐れな被害者を見ると、真新しい冒険者ギルドの制服を着た若い男性が額を押さえていた。
地面に転がった荷物を拾って渡してやると、ペコペコお辞儀をするので悪い人では無さそうだ。
「冒険者ギルドの職員さんだよね?」
「えっ、あっ! はい! キリアスから来た新人のトッドです! 一生懸命頑張ります!」
キリアスから? 確か三人の内の一人が男性だと言ってたから、この子がそうなのか。
アイリスさんがポンコツ過ぎて困ってるけど、この少年はマシなのかな?
外見的にもオバチャン好みかも知れないし、男性グループにスカウトしてみるか。
「アイリスさん達と一緒に来た三人組だね?
俺はクレストと言って、アイリスさんを預かってんだけど」
「預かって…? 誘拐犯っ!」
そう言うが早いか、いきなり腹を目掛けてに殴り掛かってきたのだ。
その拳をバチッと左手で受け止め、カウンターの掌底をアッパーのように顎にバシッと打ち付けた。
そして大きく仰け反ったトッド君の脚を払うように蹴って、勢い良く背中から地面に倒れさせた。
「コラコラ、気が早いし勘違いも甚だしい。
あんなの誘拐したら、逆にお金を払って返却したくなるだろ」
マジでそう思う。見た目と中身は得てして比例しないのである。
「ギルド職員になるなら、もう少し落ち着いて判断出来るようにならないとダメだぞ」
「女タラシのクレストだろ!
金を見せびらかして、いつも女性ばっかり引き連れて歩いてるって!」
「そんな噂が出回ってんの?
どうにかして犯人を逮捕出来ないもんかな?
捕まえたら名誉毀損で終身刑だよ」
マーメイドの四人と仲良くしてるあたり、微妙に事実に近いから困ったもんだ。
ルシエンさんが物音を聞き付け店から出て来て、トッド君の首根っこを掴んで店内に引っ張って行ってくれたから騒動は一先ず終了したけど。
ちょっと後味悪いよなぁ。
アイドル候補だと思ったのに、手が早いのはいただけない。デビュー後に暴力沙汰を起こして補導されたりしたら大迷惑だよ。
キリアス男性ならミニスカ穿いた女性にも耐性があるから丁度良いと思ったのに残念だ。
ルーファスさんの所からアイドル候補を探してみようかな。でもキリアス人だけでグループ作ると、リミエンの人から反発がありそうだ。
そう言えば、キリアス以外の外国の人って見たことないや。
農作物の輸出してるし、海洋貿易してるんだから当然外国の人が暮らしてる訳で、そこの人達はどんな服を着ているんだろ?
南方だと薄着になる筈だし、チューブトップ&ショートパンツが民族衣装だったら喜んで旅行させて貰います!
冗談はさて置き…コンラッドにも陸続きの外国があるんだからそこから人を集めるってのもアリだよね。
外国人だけでアイドルグループを作ったら流行るかな?
でも色々ハードルがありそうで、やっぱり面倒くさいや。
初期メンバーはなるべくリミエンと周辺の人で構成しよう。
ルーファスさんの捕虜になってる音楽家と楽器職人はリミエンに来てもらうように手紙を出してある。
慣れない農作業や木樵の真似事をさせるより、楽器と楽曲を作って貰う方がよほど俺の役に立つ。
音楽関係と言えばテレビでチラッと歌番組を見たり、カラオケでアニソンを歌うぐらいのレベルでしか接してこなかったのがここに来て残念に思えてくる。
それでも鼻歌のレパートリーはこの世界の人よりは遙かに多いと思うけど。
ただねぇ、俺の知ってる楽曲を演奏するのにはギターやドラムやピアノが使われているけど、他の楽器に置き換えるのってどうやれば良いんだろうね?
そんな考え事をしながら、久し振りにエメルダ雑貨店へとやってきた。
ドアを開け、チリンチリンとドアベルが鳴る音がやんでから、
「こんばんは~女将は居る?」
と奥に声を掛ける。
「ハーイ! すぐ行きまーす!」
と元気そうなエリスちゃんの返事の後にパタパタと走ってくる音がした。
「あっ!」
人の顔見て指差すなって!
この顔にピンと来たら何当番?じゃないんだから。
「女タラシの金持ちクレストさん、こんばんは」
「すげぇトゲっ! ウニより酷いぞ!」
「ウニって?」
あー、海無しのリミエンじゃウニは知られていなかったのか。
「じゃあ栗より酷い!」
「美味しいんだけど、茹でてスプーンで食べるの面倒だわ」
ふぅ、栗はあったのか。
「イガの処理が面倒だから、農家さんも栗は作らないのよね。だから結構な貴重品なんだよ。
あ、そうだ。簡単にイガから実を取り出したり、イガの処理が出来るような道具ってある?」
「栗は熟したら木から落ちてくるんだよね。
イガが割れてるから、イガを足で踏んで割れ目にトングを差し込んで中の栗の実だけ掴み出すのが普通だよね」
「…栗の取り方なんて知らないし。
アンタが随分栗に詳しくてビックリよ」
遂にエリスちゃんもオヤジギャグデビューですか!…そんな訳ないか。
「ここいらの人がどんなやり方してるのか知らないけど、それぐらいしか無いんじゃ?
スライムにイガだけ溶かしてってお願いするのは無理だよなぁ…
あっ! アレがある! 鉄板貸して!」
正式名称は知らないけど、ゴルフボールやクルミの回収に使う、ラグビーボールみたいで鳥籠みたいな形を針金で作った商品がある。
コロコロ転がせば針金が動いて中にゴルフボールが入るんだけど、気持ち強めの針金で作ればイガを開かせることも出来る。
中から出すのも針金を何本か掴んでグイッとたわませれば変形するから楽ちんだ。
でも俺的にはブーツとグローブ、背中に籠を背負ってトングで一つ一つ拾うのが栗拾いの醍醐味だと思うのだが。
トゲの立たない手袋が市販されているけど、こっちでも似たような物を作ろうと思えば作れる筈。
勿論、錬金術師頼みだけどね。
「そう言うところは変わってないのね」
「ん? 何か言った?」
「パッと思い付いてスラスラと書けるのが凄いなーって誉めてんの。
パパはガバルドシオンに取られちゃったから、こっちは閑古鳥が鳴いてるわ。
仕方ないからホクドウを大量生産してるわよ。悪いけど何処かに売り込みしてくれないかしら?」
エリスちゃんの指差した先には傘立てに無造作に突っ込まれた傘のように、何本ものホクドウが箱から姿を覗かせている。
そう言えば、ガバスさんがホクドウを見て刀を連想してたよな。
でもガバルドシオンじゃ武器は売らないから、今は刀を作ってる訳はないか。
それに刀なんて怖くて俺は使うの無理!
包丁だって使うの怖いんだし。
それを考えたら、KOSの光剣は扱いが雑過ぎるかな?
何も考えずに振り回してたけど、あれって実は高出力のエネルギーを圧縮した超危険物の筈。
もし自分の体に触れたらKOSの装甲だってスパッといくと思う。
アルジェンがやらかしたビアレフの斧と同性能だと思えば良い。
片刃にして峰を付けられるようにアルジェンに相談しなきゃ。気が付かなかったら問題ないけど、気が付いてしまうと使うのが怖くなってきた。
「ホクドウは…とりあえず俺が引き取るよ。
四本貰ってたけど、残りは一本だけなんだよ。消耗品だから当然なんだけど」
「毎度あり~! 催促したみたいで悪いね。
アンタの買った琵琶の木は全部ホクドウに回すから」
「うん、それで良いよ。
けど、壊さないように使い方を考えないといけないなぁ」
道路整備で使った『大地変形』と『大地硬化』のコンボみたいな感じで硬い木刀が出来たら良いな。




