第107話 オリビアさんの父
新商品の猫ミミカチューシャを思い付いた。
もし売れるようなら、うさミミも追加しようか。うさミミ…? うさミミが売れたらバニースーツも…?
はっ! いかんいかん! 女性の前で変な妄想をしてはいけない。
ミニスカートに拒否反応を示す人達にバニースーツなんて受け入れられる訳がないし、下手すりゃ変態扱いされてしまうかも。
それにオリビアさんのお父さんの乗った馬車がもう目の前に来ているのだ。
一頭立ての少し小振りな馬車から降り立ったのは、右の頬に熊か何かに引っ掻かれた傷跡が目立っている三十代後半から四十代前半頃に見える中々のイケメンだ。
「歩きの方が早いのか。
そちらの方々は?」
と聞きながら俺の頭とアイリスさんのスカートを交互に見やり、
「ああ、君がクレスト君か」
と得心したようだ。
「はい、冒険者のクレストです。オリビアさんにはお世話になっております」
とマナー教室で習った作法をお復習いを兼ねて実践する。
「いや、世話になっているのはこちらの方だ。
家庭教師として雇ってくれただけでなく、君が預けてくれた牙馬達が見事に族を捕まえたのだ。
あんなに賢い馬達を見たのは初めてだ」
「お父さん、先に自己紹介しようよ」
興奮気味に話す父親をオリビアさんが宥めるが、犯人を捕まえられて嬉しかったのだろうから多目に見れば良い。
俺が自己紹介したのに、父親が自己紹介しないのは家庭教師を務めている自分が肩身が狭い想いをすると判断したからか?
「ああ、申し訳ない。オリビアの父で牧場を経営しているビーゼ・シュタールと申す。
牧場の危機を救ってくれたことに重ねて感謝する」
ビーゼさんが俺の手を取り、激しく上下にブンブン。中々激しい人だな。
ハグされて背中をバンバンされるとか、肩をバシバシ叩かれるよりはマシかも知れないけど。
「いつもオリビアが君のことを話しておってな、いつか会ってみたいと思っていたところだ」
「余計なことは言わなくていいの」
「そうそう、いずれオリピーも嫁になるんだし~」
最後のセリフを言ったアイリスさんに三人の視線が集まった。
俺にはそんなつもりは無いし、付き合いの浅いアイリスさんが気軽にクチを挟むことではない。
「こちらの女性は?」
「はい! キリアスから来たアイリスです!
冒険者ギルドの職員の仮採用中で、クレストさんの野望を実現するための最終兵器となる予定です!」
「変な言い方はよせ!」
「野望とは…? いや、それにそのスカートは一体どう言うことだ?」
アイリスさんのおかしな自己紹介とミニスカートがビーゼさんも気になるようだ。
「よく分からないけど、歌って踊れるアイドルグループを結成するんですよ!
私は一発で採用されましたから!」
「アイドルグループ…あぁ、レイドル本部長の言っていた件か。
温泉旅館で催し物をやるそうだが…失礼だが彼女で大丈夫なのか?」
ビーゼさんのアイリスさんに対する評価は恐らく大半の人が持つ意見を代弁したものだろう。
「見た目は合格なんですよね。歌も上手いし。
性格だけは誰かに徹底的に矯正して欲しいです…俺も困ってるんで」
つい溜息が出てしまう。
熨斗を付けてライエルさんに返品したいのだが、ミニスカートを穿くことに抵抗が無く、顔とスタイルが良い女性って探すのが難しいと思うから仕方が無い。
ミニスカートを流行らせる為にアイリスさんにリミエン中を駆けずり回らせているが、意識改革はそう簡単には進まないだろう。
そもそもアイリスさんに知名度がないのだから、宣伝効果も薄いだろうし。
「なるほど、見た目と中身が一致しないと。
それならマナー教室を運営している知り合いに頼んでみようか?」
「マダムファブーロの?」
「ほお、知っていたのか。彼女はまだ若いが頼れる存在だからね」
「さっき行ってきたばかりでして…中々ハードで疲れました」
基本的に週に二度のレッスンらしいが、俺は国王様に玩具をお渡しする重要なミッションがあるので短期集中の毎日コースなのだ。
マナー教室はともかく、性格まで矯正出来るのか?
何かとんでもない過酷なレッスンが待っていそうな気がするのだが。
「そんなの無理です!
アイドルグループに入るのにそんな矯正施設になんて入れません!」
「それならライエルさんの所で監視されながら事務仕事をやるしかないけど」
実際はどうか知らないけど、何処かの商会や工房に求められるような人材でない限り、キリアスから来た人が冒険者以外でリミエンの中で仕事を探すのは簡単ではないと思う。
「不自由な二択を迫るのはズルイと思います!
もっと自由を!
選択の自由アハハ~♪」
少し歌うような感じのセリフを聞いて、ビーゼさんもなるほどと納得したのは彼女の歌唱力を認めたからだろう。
それに芝居がかった仕草も中々の物だ。歌と舞台で彼女が輝けるのなら、その才能を活かさないのは勿体ない。
「王都に劇場とかは無いのですか?」
「演者が集まらなくて閉鎖され、取り壊しが決まった筈だ」
こっちでは演劇ってメジャーではないようだ。
生活が豊かでないと文化活動は普及しないだろうし、辻芸人や大道芸人が居るのでちょっとした娯楽ならそちらで済ませるのかも。
それで、劇場に務めていた人達って今はどうなったんだろ?
きっと癖のある…じゃなくて、個性的な人達が多いだろうから、普通の仕事には就いていないんじゃない?
もし脚本家とか舞台関係者が居たら、リミエン温泉旅館の演し物を作ってもらおうかな。
「関係者でリミエンに移住してもらえる人が居ると良いですね」
「温泉旅館の設計もまだなのに、もう人集めを?
いや、そうか、設計がまだの段階からプロに入ってもらった方が都合が良いのか」
ビーゼさんは頭の回転が早い人のようだ。
レイドルさんからどれだけの情報を貰っているのか知らないけど、温泉旅館と演劇を結び付けてステージ等の設計が必要だと気が付いたらしい。
オリビアさんとアイリスさんは…アイリスさんは除外しても良いが、設計ならリミエンに居る親方達でも大丈夫じゃないの?って顔をしている。
「ええ、温泉旅館は常に満員にしたいので出来る限りの手を打とうと思いまして」
「その予定地にある露天風呂と言うのが、冒険者達に大人気でごった返しになっているらしいね。
君は実に見事な手腕の持ち主だよ」
そりゃ、無料で入れる温泉がすぐ目の前にあるんだから誰だって入りたくなるでしょ。
冒険者は肉体労働で汗をいっぱいかいてるんだしさ。
洗浄剤の供給はまだ市販段階ではないけど、パッチテストの一環として少量だけ貯水池にも毎日搬送されているらしい。
そう言えば、ラノベは石鹸ばかり扱ってて洗濯用洗剤って出てこないよな。
せっかく体が綺麗になっても、服が汗まみれじゃ効果半減だよな…。
日本のメーカーだと界面活性剤、水軟化剤、酵素、蛍光増白剤、最後にアルカリ剤の六成分が主なものだけど、蛍光漂白剤はこっちじゃ要らないだろう。
界面活性剤とアルカリ剤は石鹸作りの物を流用すればよいから、量さえ考えなければ入手は容易だ。
問題は酵素をどうやって入手するかだ。
唾液に含まれるアミラーゼも酵素の一種で、パパイヤやパイナップルにも酵素は含まれていて、兎等の小動物向けに毛玉を排出するためにパパイヤを使ったオヤツが販売されている。
そう言った植物の酵素を取り出すのは難しいだろう…
はて? 酵素は溶かす作用があるんだよ…てことは、溶かしのプロフェッショナルのスライム先生から酵素を抽出って出来ないか?
その辺に転がっているスライム先生を拾って試してみるか。
もしこれが上手くいけば、異世界洗濯石鹸の完成が見えてくる。
「…クレスト君? どうしたんだ?」
「…気にしないで。これはクレストさんの長考モードと言って、何かを思い付いた時にこんな状態になるのよ。
また何か新しい物を作るか、突拍子もないことを始める筈よ」
「へぇー、そんなモードがあるんだ。
この状態だと何をやっても反応しないの?」
ビーゼさんが初めて見た長考モードに心配そうな表情を作ったが、アイリスさんは気にせずじっと考え込んでいる俺の頬をペチペチ叩く。
しかし俺は意識の外のことなので、それには気付いていないけど。
心のメモ帳に洗濯用洗剤作りを追加して長考モードを解除した俺は、邪魔なアイリスさんの手を叩き込落とす。
「たく何やってんだよ。
それよりお前、配達は急がなくて良いのか?
帰りが遅くなっても残業手当ては付けてやらんぞ。俺との契約には無いからな」
そもそも契約自体が無いんだけどね。
「はっ! 急いで行ってきますっ!」
パッと敬礼して凄い勢いで走り出すアイリスさんに、体力も合格だよな…と評価し、性格の問題が非常に残念であるとガッカリだ。
元々動きやすくするためにヒダのあるプリーツスカートが採用されており、それを膝上でぶった切ったミニスカートなので他人からどう思われるのかを考えなければ走りやすいのは間違いない。
「速い…」
アイリスさんを見送った三人が揃って同じ感想を持った。
目的地が何処かは知らないが、途中でバテないことを祈っていよう。
「元気な子だね。ちょっとお馬鹿なところはあるけど」
とオリビアさんが意外と悪く思っていないような様子を見せるが、
「ギルドの制服をあの長さにしたのは…クレスト君の指示なのか?」
とお父さんが俺に不審げな目を向けた。
「彼女はロングスカートに慣れていなくて、動きにくいと言って勝手に切ったそうです。
さすがに俺でも、ギルドの制服を切ろうとは思いませんよ」
「ギルドの制服で無ければ、あの長さで問題はないと?」
「俺がダンジョンのトラップに掛かってキリアスに飛ばされていたのはご存知でしょうか?」
「オリビアから聞いているが」
「キリアスの町の通りには、ロングスカートの女性はほとんど居ませんでした。恐らく生地を節約しての事でしょうね。
賛否はあると思いますが、新しいファッションだと受け入れるのも寛容さの一つかと。
それに彼女のスタイルの良さが引き立っていて、性格が残念なのを合わせると差し引きゼロってことになると思いますよ」
そんなんでゼロになるわけ無いけどね。
でも彼女は貴重なアイドル候補生でステージに上げるのは決定だから、俺には擁護する必要がある。
「少し思うところはあるが、君が手綱を握っておくと言うならそれで良いだろう。
オリビアにあのスカートを穿けと言うなら勿論反対するがな」
「それは本人次第です。
俺だって男だから綺麗な女性を見るのは嫌いじゃないですし。最初は穿く方にも抵抗があると思います」
「…オリビア、そう言うことらしい」
「えっ?!」
突然話を振られてオリビアさんがビックリしていた。
まさか自分にもあの長さのスカートを穿けと父が言うと思っていなかったのだろう。
「親の目から見てもオリビアも悪い娘では無いと思う…ヒューストンの娘に先を越されたが、もし君にその気があるならオリビアをもら」
「ちょっと! なんてことを言うのよっ!」
親子で口喧嘩を始めた二人を前に、一体どうすればと御者に視線で問うが首を左右に振られただけだ。
カァーカァーと鳴きながら空を飛ぶカラスの数を数えながら、しばらくボーっと眺めて夕日を眺めるのも悪くないなと現実逃避…。




