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第103話 椰子の実はそうしましょう

 ハーフエルフ集団に馬車鉄道用の道路工事が出来るようになれと宿題を出し、意気揚々と町に戻った俺を待ち受けていたのはマナー教室の御案内…まさか異世界に来てそんなのを受けることになるとは。


『そのマナー教室って、そんなに恐いんです?』

と冷や汗を流す俺にドランさんが興味ありげに聞いてきた。


「大抵こう言うのって、意識高い系の勘違いババアが教師になるんだ。

 お辞儀の角度がどうとか、歩き方やらドアの開け閉め、挨拶の仕方とか…まぁ兎に角面倒くさい。

 俺は冒険者なんだから、自由に生きて良いはずだよな?」

『どうなんでしょう?

 ドラゴンは冒険者にならないので何とも答えられないので。

 それより歩きながら一人で喋っているアブナイ人に見られていますよ』


 お前が聞いてきたからだろ…。


 ま、一人言を言ったからとクレーム付けてくる人は居ないから大丈夫。

 そりより本当はジョルジュさんの船の荷物を見に行きたいんだけど、行くと絶対怒られるので我慢する。


『クレストさんの行動は見張られていますから、素直に商業ギルドや偉い人に言われるように動くのが一番利口でしょう』

と、まだ子供ドラゴンなのに随分大人対応のドランさん。たまにダメな子供モードになるけどね。


 今日はこれからゼラチンの人に会うので、マナー教室に行くのはその後だ。

 そうだ、ゼリーが出来たら賄賂に講師に渡せば、甘々な指導をしてくれるかも。

 そんな甘い考えをしながら商業ギルドのドアを開ける。


 待ち合わせた時間にはまだ早く、ルケイドもゼラチンの人…名前はコリゴニーさん…も来ていないのを確認すると、海運業ギルド出張所に居るジョルジュさんを訪ねる。


「こんにちは! お久し振りです」

「あ、クレストさん! 無事のお戻りで良かったです。森のダンジョンは噂になっていますよ」


 挨拶しながら手で席を勧められ、遠慮なく座らせてもらう。

 以前来たときは部屋にジョルジュさん一人しか居なかったのだが、秘書なのか見習いなのか分からないけど女性職員が二人付いている。


「予定ではそろそろ椰子の実を積んだ船が入港しますよ」

「そうらしいですね。昨日レイドル副部長から聞きました。

 とても楽しみです」

「椰子の実だけでなく、色々な物を運んでくれることを私も期待しています。

 どんな珍しい物があるか、楽しみですよ。

 こう言う楽しみがあるので海運業は面白いんです。その分、気苦労も耐えませんけど」


 そりゃそうだ。帆船を使った貿易なんだから、天候に嫌われたら船を失うかも知れないのだ。

 それに海賊船が襲ってくるかも知れないし。


 ハイリスクは確実だが、ハイリターンは不確実なのがこの世界の海洋貿易だし。

 苦笑いしているジョルジュさんにダンジョン土産のアテモヤを幾つか渡すと、切ってもいないのに漂う甘い香りに引き寄せられた女性二人が物欲しそうな顔をする。


「…」


 何も喋らずゴクリとツバを飲む姿に、仕方ないと諦めて彼女達にも一つずつ渡す。

 食べたくなればダンジョンに採りに行けば済むことだ…また行ければ、だけど。


 俺の執務室に書類が積まれているなんて聞かされているからもう町から外に出る機会が無くなるような気がするが、まだ冒険者ギルドに所属しているんだから、依頼を受けても良い筈だよね?

 木材買い付けの依頼はご破算になったけど。


 アテモヤを抱き抱え、ウットリする二人に匂いが服に付くからやめておけと忠告しようと思っていると、自分の分は渡すまいとジョルジュさんがマジックバッグを取り出して受け取ったアテモヤを仕舞い込む。

 持って帰って家族みんなで食べる気満々らしい。


 そう言えば、地球にあるアテモヤってバンレイシとチェリモヤと言う日本ではマイナー果物を掛け合わせて作られた品種だけど、この世界のアテモヤはどうなんだろう?

 あのダンジョンにしか自生していない貴重品じゃないのかな?

 あそこは多分俺のせいで通常あり得ない植生になったから、交雑品種が勝手に出来てもおかしくないとか?


 けど、新品種が出来るまでに普通なら十年単位の時間が必要だろうから、あのダンジョンには元々あった物だと思うことにしよう。

 短期間で新品種が出来てしまうと、在来種が駆逐される危険性も出て来る。

 それに美味しい新品種が出来るのなら歓迎するけど、できた新品種が美味いとは限らない。


 もし簡単に美味しい果物の新品種が出来るなら、日本で実験している研究者達は帽子を地面に叩き付けて異世界移住を検討し始めちゃうかも。


 俺は横っ跳びする猿とアテモヤ畑で戯れたいだけなのに、違う意味のバイオテロでダンジョンが暴走したら目も当てられなくなる。

 ルーファスさん達におかしな品種が発生していないか、定期的に見回りしてもらわないとヤバイかも。

 心の中のやる事リストにメモしておこう。

 残念ながら、そこにメモしたことを忘れることが多々あるけど。


「ところで椰子の実ですが、クレストさんが御自分で色々と実験されるのですか?」

と心配そうにジョルジュさんが聞いてきた。


 椰子の実が届けば、中性洗剤作りや殻を使った研究を開始したいけど、俺にそんな時間が取れるのかな?

 椰子の実もルケイドに押し付けたら、温厚なアイツでも絶対キレるだろう。

 ルケイド以外の誰かに肩代わりさせようと思うなら、企画書を作ったり、実験方法を書いておくべきか。


 アルミの生産前に作りたいのはただの粉塵対策用のマスクだから、PM2・5対応とか細菌感染症対策のマスクを作るよりかは多分簡単だよね?

 

 人を募集してみようかな?

 でも、絶対上手く行くとは限らないから人を雇うと赤字になるかも。

 リミエン商会はダンジョン関係でかなりお金を使っている筈だし、社員も多くないからそちらに振るのはやめとこう。


 そうなると、商業ギルドで研究員を募集してもらうしかないか。

 待てよ、どうせならスラム街の新しい事業に当ててみるか。

 燃料にもなるし、椰子の実ジュースが飲めるし、実も乾燥させて食べることが出来る。

 彼らに任せるなら、殻を安全に割る方法を手配してやらないといけないか。


 思い付いた案をジョルジュさんに紹介すると、

「クレストさんはスラム街のことをよく考えておられる。

 子供達を保護するだけでも大変なことなのに、仕事の世話までされるとは驚く以外ありませんよ」

と少し呆れたような顔をする。


「こちらの意向に沿って働いてくれるなら、俺は誰であろうと気にしません。

 事情があってあの場所に住むことになった人だって多い筈。元の暮らしをさせてあげられるとは思いませんけど、少しでも役に立てれば良いかなと思っています。

 働ける能力を持ちながら、仕事もせずに遊んでいたせいであの場所に流れ着いた人は、恐らくどんな仕事を用意しても見向きもしないでしょうし」


 毎日食うに困らない生活をしている俺が彼らに同情するのは、ひょっとしたら優越感を覚えているのかも知れない。

 何かをしてあげることで、生活が改善していったと言う結果に自己満足したいのかも知れない。


 たまたま骸骨さんのお陰で良い思いをしていられるけど、そうで無ければ俺だってスラムに暮らしていたかも知れない。

 一つの運を掴み損ねただけで人生なんてどう転ぶか分からない。


 有り金を全部をスラム街に注いでも、スラム街を無くす事なんて出来やしない。

 だけど彼らに少しだけ運を掴むチャンスを授けることなら俺にも出来る。

 たまたまそれが椰子の実を使った実験だったと言うだけだ。


「以前クレストさんからお話しを伺ってから、私も椰子の実に付いて調べてみましたよ。

 ジュースだけでなく、食料と燃料になることが確認出来ましたが、まだシャリアの近くで栽培するだけの価値があるかどうかは分かりません。

 なので、その実験を私に主導させて頂けませんか?

 運搬の都合があるとは言え、今まで見向きもしなかった品物がどう化けるのか見てみたいのです」


 やる気になってくれたのなら、任せてみようかな。

 そんな時間が取れるのは、二人も職員が付いて暇になったのか、それとも二人のせいで部屋に居辛くなったのか。


「分かりました。ジョルジュさんにこの件を預けましょう。

 俺の考えていた内容を後で纏めてお渡しします。

 失敗するのが当たり前、上手く行けばラッキーぐらいな気持ちでやってください。

 ところでこういう場合、経費は商業ギルドから出るんですかね?」

「筆記具などの新商品とクレス糖作りが上手く行ったので、クレストさん絡みの件は審査のハードルが下がっていると思います。

 こちらで偉い人に聞いてみますよ」


 筆記具やコルク灰の断熱材を使った保温バッグとマグカップで売り上げからカードに少しは振り込まれているだろうから、経費として認められなかったらそれを研究費に充てるしかないか。


 椰子の実は任せるとして、気になることが一つある。


「話は変わりますが、どうやって入港の予定を知るのですか?」


 まだ洋上にある船をシャリアから見るのは不可能な筈。GPSで位置情報が把握できる訳でもない。どうして昨日レイドルさんが知ってたのか、ずっと疑問に思っていたのだ。


「シャリアは昔から鳥などを使った通信が盛んな土地でして。

 島も多くあって、拠点にしている島を船が通過すると島から本土に通信が届くようになっているのですよ。

 私もこちらの屋敷で何匹か通信用の伝書バットを飼っています」

「鳩じゃなくバットなのか」

「鳩ですか? 鳩も通信に使えるので?

 勇者の世界では伝書バットと呼ばれていたらしいですが」


 まさか異世界翻訳の誤訳で?

 マジでコウモリが伝書鳩代わりになったなんて、この世界のコウモリ、マジ優秀過ぎるだろ。


 そう言えばライエルさんもプラチナバットがなんたらとか言ってたような…

 きっとプラチナバットは普通の通信バットより速いんだろうな…バンドじゃなくてバットなんだ…。


 その通信バットが夜行性なのかどうか、とても気になるけど敢えて聞くまい。

 考えてみれば、夜間の方が外敵に襲われにくいのだからコウモリを使うメリットはある。

 たまたまコッチのコウモリは凄い帰巣本能を持っているのだと思うことにしよう。深く考えると、きっと負けた気になる。


 バットはともかく、俺としては携帯電話とは言わないが、有線式の遠距離通信装置をがどうにかして作りたいんだけど。

 キリアスでは領地境でセキネさんと戦闘になったのだが、あれってあっちに俺が行くと想定して待ち伏せしようとしたのかな?


 いや、俺が検問所を通過した時にはセキネさんは居なかったし、俺があのタイミングで通る事は知らなかった筈。きっと俺が通過した事をセキネさんに伝え、慌てて転移して来たと考えられる。

 それなら、キリアスには早馬の代わりになる高速通信手段があると言うことになる。


 一時流行った携帯電話のPHSみたいに、無線出力は弱くても基地局を沢山作ってやれば広範囲をカバー出来る。

 リューターさんが俺のペンダントを探知する魔道具を作っていたので、コンラッドにも電波的な物を放出して離れた場所にアクセスする手段があることは分かっている。


 それを応用して、ポケベルみたいに数字や文字だけでも送信出来れば何とかならないか…いや、リューターさんのレーダーも大きくて持ち運ぶのは結構大変だったから、無線車みたいな馬車が必要になるか…?


 そう言えば、鹵獲品の中に用途不明の馬車が一台なかったか?

 急いで確認取らなきゃ!

 えーと、こう言う場合は…手紙を出せば良いのか。

 でもジョルジュさんに「紙貸して!」なんて恥ずかしくて言えないよね。

 

 でももうすぐ待ち合わせた時間だし…よし、総合受付で聞けば良いか。

 

 ジョルジュさんに別れを告げ、総合受付のスッキリした美人受付嬢に急ぎで手紙を出したいんだと言ってみると、

「それならこちらをお使いください」

と極上の笑みを浮かべた後に、くるりと後ろを向いて棚からゴソゴソと取り出す仕草…。


 その後に手にした物を頬にスリスリするような仕草をしたような気がするが、まさかそんな事はしないだろう。


 笑みを浮かべながら紙とペンを渡してくれた受付嬢が、テーブルでどうぞと優しく案内してくれた。

 もしエマさんと婚約していなかったら、この笑顔にクラッと来てたかもなぁ。実にヤバかった…。

 さすが商業ギルド、受付嬢のレベルも日本の超一流企業のロビーに居る受付嬢と比べて遜色は無い。


 性別で仕事を分けるのはダメとか言う話もチラホラ聞くけど、やはり男の子ならこう言う対応は女性にしてもらいたい。

 逆に女性だと男性に対応してもらいたいのかな?

 二人も受付係を置くのは人件費の無駄だよな。

 そう言う意味なら、キリアスで見た魔道知能搭載の身替わり君に受付してもらえば問題解決?


 馬鹿な事を考えながら手紙を書ききって受付嬢に渡すととても嬉しそうな顔をされた。

 貴女に渡すラブレターじゃないんだから、そんな顔をされても困る。


 そこに良い具合にルケイドとコリゴニーさんが来てくれたので、別棟の位置を聞いてそそくさと受付を後にしたのだ。

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