第102話 出したのはパーなのでセーフ!
伯爵様から馬車鉄道の建設が許可された。
詳しいことは、ロエリエさん、ジャラさんとルブルさん、そしてハーフエルフ達と協議をしてくれとのことだった。
それと執務室を出る際に何かの紹介状を渡された。
詳しく説明されず、今日の昼二時にそこに行くようにとだけ言われたのだが、副団長は知っていたのか何故か笑っていた。
一階の会議室にハーフエルフ集団からルッコーラさん、タレスさん、サボイさんの三人が呼ばれてやって来たところで馬車鉄道の建設の話が始まる。
結論から言うと『なる早でやってやるよ』と安請け負いしてもらったのだが、彼らの実力を知らないのだからと不安が半々ってところだ。
兵士達の演習場に畑を作ろうとしたらしく、ではなく実際に耕してしまったそうだが埋め戻したとか、城壁があると外が見えないと言って土で塔を作ったりと好き勝手をやったそうだ。
塔がダメなら地下トンネルを…さすがにそれは実力行使でやめさせた兵士さんに後でゴメンと言っておこう。
どうしてこの人達はこうも自由なのか。
文化の違いで済む問題じゃないよね。
アイリスさんもかなりの問題児だけど、キリアスの人みんながこんなんじゃないから、単に個性が強い…と諦めるしかないか。
副団長はこれからリミエンを出るようで部下達に拉致されていった。ひょっとしてお仕事をサボっていたのか?
ロエリエさんはお役人コンビに話をする為に町中にある庁舎へと向かう。
その二人を見送ったハーフエルフ集団の三人が窮屈な暮らしがイヤだ、外に出せと我が儘を言い始める。
こんな連中を監視のない場所に行かせると何をしでかすやら。
取りあえず、城壁の外に出て一人ずつ五メートルだけ馬車鉄道用の道路を試しに作ってもらう。
「どうやら性格が反映されているようです。
これでは三人とも使い物になりませんね」
確かに三人とも数秒で大体の形を作りあげ、強度も実用レベルに出来たのは良いのだが、子供が粘土で作った工作レベルの表面仕上げなのだ。
こんなのでは乗り心地が悪いだけでなく、車輪に貼ってある緩衝材の劣化を早めてしまう。
「そんなこと言うなら、クレストさんがやってみなよ」
とサボイさん。
「俺、バンパイアとの戦いで魔力を無くしたから今は魔法が使えないんだ」
「バンパイアだって!
倒したのか? いや、倒すなんて無理!
どこにいる? 滅茶苦茶ヤベえぞ! 早く逃げねえと!」
クチグチに逃げろ、逃げろと慌てる三人を見て笑った後、キチンとヤツを倒したことを教える。
「攻撃してもすぐ再生するわ、防御不能の攻撃を使ってくるわで倒すのに苦労したよ」
「ホントに倒した?…ホントに?」
「体を俺が半分吹き飛ばして、再生したアイツを仲間達が太陽の光を浴びせて倒した。
本体はスライムに食わせたけど」
「そいつの名前は?」
名前は…漫画の犬の名前で野良何とか…
「ノラ…ノーラクローダだっけ?」
「クロダ・ノアか!
魔法の勇者が封印したけど、いつか復活するって言われてた奴だぞ!
ホントに倒したんだよな?」
「しつこいなぁ。そりゃ超ラッキーもあったけど、本当に倒したから心配すんなよ。
で、ノーラクローダってクロダ・ノアが本名なのか?」
「あぁ、そうだ。勇者の世界から転生して、バンパイアとして生まれたらしい。
あの勇者でも封印が精一杯だった相手だ」
「うちの爺さんがやられた相手らしいぞ」
へぇ、こっちは敵にも転生者が居るんだ…クラフト系スキル持ちの転生者の知り合いは多いけど、探せばまだ他にもたくさんいるのかもな。
「そんな奴を…それが本当ならアンタは神か?
魔王か? 悪魔か?」
「ただの人間だよ、おかしなこと言うな!
拝むな! 土下座するな!
悪魔は全然誉めてないだろ!」
ノリなのか何か知らないが、三人が手を合わせて俺を拝んだり土下座したり。
凄い態度の変わりようだな。
「これからはクレスト大・魔神様と呼ばせて頂きます!」
「普通にさん付けで呼べよ!
てか、何で大と魔神の間に間があるんだ?」
「いわゆる一つの様式美かと」
「そんな様式美なんていらねぇよ!」
「素晴らしいツッコミです!
まさに大・魔神様!」
「お前ら、おちょくってるだろ?」
「滅相もない! 少し敬意を持って揶揄っているだけだ」
…疲れたから帰って良い?
帰る前に、こいつらにもっと綺麗な表面に加工出来るように宿題を出してもおかなきゃ。
「とにかくだ!
お前ら、この図面通りに綺麗に工事が出来るようになるまで、そこの監獄から出してやらんからな!」
土の塔を作ったり地下トンネルを掘ろうとしたりしただけあって、魔法の使い方のセンスは悪くないが、表面を綺麗に仕上げたことは無いのかな?
少し訓練すれば、希望通りの工事が出来るようになるだろう。
その間に役人コンビに馬車鉄道を通すルート選定をしてもらえば良い。
「ちっ、やはり悪魔か…」
と三人の中の一人が悪態を付く。
「今、悪魔と言ったのは…タレスさんだね。
貴方は永遠に監獄暮らしとしまーす。
反論は認めません、だって悪魔だもーん」
「神様! それは聞き間違えです!」
「いいや、神様なら間違えなんてしないよ。
残念だったね~」
そう言う人にはしっかりお仕置きをしないと舐められるからね。
彼らに俺がただのお人好しと思われるのは得策では無いのは間違いない。
「タレスさん以外の他の人も試してみようか。
城壁の外に出たい人は仲間の中に居るだろうし」
「お許しください、クレスト様!
何でもします! 言うことを聞きます!」
ここで俺のポケットの中がモゾモゾと動いた。
えーとぉ、何か居たっけ?
アルジェンは家に残ったから、リンク出来ないスライム達も置いてきたんだけど。
何か考えるように額に手をやり、目を閉じる。
「ふぅん、そうか…」
と呟き、そのまま俯く。
そしてクワッと目を見開くと、三メトル弱は離れたタレスさんのもとに僅か二歩で到達すると、その勢いのまま容赦なく左の頬に掌底を撃ち付けた。
殴らなかっただけマシだと思え。
予想外の攻撃に回避も出来ず、タレスさんが文字通りに吹き飛んで行く。
久し振りの改心の一撃だな。
骸骨さんの真似をして何度も練習した成果をこんなことで発揮するとは。
「生きてるか?
死んでてもいいから聞け。
人のことを悪魔とか言って、都合が悪くなれば神様とか言ういい加減な野郎のことが信用出来ると思うか?
できる訳ねえよな。
今までどれだけ甘ったれた生活してきたんだよ? 巫山戯んなよ、糞カスが!」
最初の一言二言は芝居だったってけど、その後は結構本気になって怒鳴っていた。
「ルッコーラ、サボイ、てめえらもいい加減にしろよ。
居候の分際で、何を好き勝手やってんだ!
俺に大恥かかせてんのが分からねえのか! これ以上舐めた真似をするなら、お前ら全員、ブチコロスぞ!」
タレスさんだけなのは不公平だと、ついでに残りの二人もワンパンで弾き飛ばす。
これぞ連帯責任だ。
念の為に言っておくが、こちらも勿論パーだ。
いつの間にか付いて来ていたドランさんが勝手に合体しちゃったんだけど、せっかくなので鉄拳制裁を加えておこうと思ったまでだ。
「タレス、さっきの言葉は絶対に忘れるなよ!
忘れたら…モグ!」
ひぃっ!と悲鳴が聞こえたので意識はあったらしい。
殴った訳では無いので大した怪我は無いだろうが、暫くはアゴが痛くて飯を食うのに困るかもな。
だがこの三人は家族を率いるリーダーなのだ。そんな人達がチャランポランでは集団が纏まる訳がない。
体罰禁止だと?
そんなのは時と場合と相手によるんだよ。
しかもここは体罰オッケーの異世界だ。
現代日本の脳内お花畑の連中が作った戯れ言集を守る必要なんて無いのだ。
とは言え、グーでなくパーを出したんだから、俺ってまだまだ甘いよな?
ここで優しくすると効果半減な気がするので、如何にも怒ってもます!と思わせる為に寝そべる三人を放置して町の方へと脚を運ぶ。
『さすがクレストさんです。
やりますねー。まさか三人とも一撃とは』
「ドランさんが強化を掛けてくれたお陰だよ。
威力は質量掛ける速度の二乗で決まるから、ドランさんの掛ける速度強化はとんでもないチートなんだ。
その分、俺が受ける反動も大きいのが悩ましいけどね」
実は手首が痛いのだ。グーで殴ったら絶対指を怪我してると思う。
骸骨さんがゴブリラを倒したから技の習得はまだまだ先になりそうだ。
そう言えば、ルーファスさんの技も骸骨さんの技に似てたよな。
あの人に弟子入りしたら、骸骨さんみたいに戦えるようになるのかな?
でもさ…ブリュナーさんの稽古だけでも辛いってのに、更に訓練するのはドMのすることだよね…よし、気が付かなかったことにしよう。
ポエムの方が俺には合ってるし…。
『城の方から人が出て来て…あの三人を救助したようです』
「放置してても大丈夫なのに、優しいね」
『あ、一人コッチに走って来てます。使いっパシりですね』
「俺を追い掛けてる? まさか業務上過失傷害罪で逮捕される?」
『業務上…? 何ですかソレ?』
「お仕事中に怪我させるとか?
俺も知らないけど」
『適当ですねぇ…もうすぐ接敵です』
敵ではないと思うけどね。
「クレスト様! 待ってください!」
と若い男性の声が俺を呼び止めた。
来ると分かっていると精神的な余裕があって良いね。
ゆっくり振り返ると、如何にも新米ですって感じの衛兵さんが息を切らせながら立っていた。
「何か? まさか俺、逮捕されるの?」
「御冗談を。あの三人を殴ってくれてありがとうございました!」
「あ、そっちね。俺のせいで迷惑かけたみたいでゴメンね」
「確かに迷惑で…あ、済みません。今のはナシで」
少し怯えた新兵君だが、その程度なら起こりはしない。
俺ってそんなに短気に思われてたっけ?
あぁ、そうか、変な噂のせいなのか。色々な噂があるそうだけど、どうやったら払拭できるのかな?
「逮捕で無ければオケ。
まさかソレを言いに追い掛けて来たの?」
「あ、いえ、そうではなくて。
あの三人が『これからは真面目に働くから殺さないでと伝えて欲しい』と。
クレスト様に超ビビっていますよ」
クスッと笑う新兵君にホッコリし、
「じゃあ悪いんだけど、あの人達に『次に俺が来るまでに宿題を終わらせておけ』と伝えてくれるかな。
それと、貯水池までの道路を彼らに見せて、『この道路並の仕上がりにしろ、出来ないとは言わせない』とも伝えて欲しい。
馬車鉄道の道路を魔法で作らせる予定なんだど、制御が甘くて遣いものにならないからさ」
「分かりました!
すぐに伝えます!道路を見せに行きます!」
「悪いね、たのん…」
俺の言葉を最後まで聞かずに新兵君が三人の元へと走って行く。
呪文のように、「宿題終わらせろ、この道路の仕上がり、出来ない、言わせない」と繰り返し呟きながら。
あの道路は俺の中に魔界蟲さんが居た時に、有り余っていた魔力を放出する為に作ったようなもんだからね。無駄にハイスペックなんだよ。
作る道路の形状をミリ単位で頭に入れて『範囲指定』を使わないと、上手く作れないと思うけど。
あの集団は子供を入れて三十人も居るんだから、一人ぐらいは使い物になって欲しいものだ。
無理なら後からアルジェンにこっそりと仕上げだけやってもらおうか。
そして町に戻り、そう言えばと思い出して貰った紹介状を見ると『マダムファブーロのマナー教室…絶対参加のこと』と書いてあった。
副団長が笑っていたのはそのせいか…。
ガクッと肩を落とし、屋台で軽く昼食を取ってから昨日知り合ったゼラチン作りの男性と待ち合わせる為、商業ギルドへと力無く歩いて行くのだった…。
「ねぇ、パパ。あのハーフエルフ集団の三人殴ったのは体罰なのです。
SNSでパパの顔が晒されるのです!」
「言っただろ、コッチの世界ならモーマンタイ。
それにSNSなんてここには無いからいいんだよ」
「でも今の時代は手を出したら負けなのです!」
「そんなこと言ってると、殴り合って友達になるシーンも描けなくなるよ。
賛否両論あるだろうけど、結果的に上手く行ったならそれで良いの」
「それなら私がやりたかったのデス!」
「アルジェンがやると、地形が変わるからやめとこうね?」
「仕方ないので、明日から章が変わると告知するのです。
なんと!パパの更生の話がメインに」
「ならないからね!今からどんな話しにするか考えま~す」
「まったくダメな作者なのです」




