第97話 ハンガーと衣装
ガバルドシオンで献上品の出来映えに大満足。
新しい人形焼きの型もこれからも作ってもらえそうだし、若手職人の作った新商品も楽しみだ。
一階の雑貨店でエマさんがダンジョンの子供達用にと指人形やマスコットの玩具などたくさん買い込む。
「自分の店の商品を持ってくのにお金を払うんだ」
とアイリスさんが不思議そうだ。
確かに実質的なオーナーは俺かも知れないけど、それは献上品を作るって成り行きからそうなっただけであって、別に俺が店を欲した訳ではない。
と言うか、今になって俺じゃなくて別の有力者でも良かったんじゃないかと気が付いたのだが時既に遅し。
カウンターはあってもサーバーと繋がっているレジなんてないから、いつ何が何個売れたかの把握は中々難しい。
エマさんが選んだ玩具の目録を簡単に作って店員さんが棚にしまう。人気があって売れた訳じゃないから、売れ行きのデーターから除外するつもりなのかも。
二人連れで来ていた若い女性達がキャラクターTシャツをキャッキャ笑いながら物色していたり、どこかの奥様がキッチン用品を真剣に選んでいる。
洗濯物用品コーナーでもメイドさんが何やらブツブツ。
「何かお探しでしょうか?」
「あ、はい、洗濯物を干すのがもう少しラクにならないかなって」
「洗濯物干しですか。その話、もう少し伺っても宜しいでしょうか?」
こう言う機会は絶対逃してはならない。お客様の要望があるならそこにビジネスチャンスがあるのだから!
「えーと…貴方はどちら様ですか?」
「この店の出資をしているクレストと申します」
軽くお辞儀をすると、メイドさんが
「あのクレストさん!」
と驚いたようなら声を出す。
「恐らく、そのクレストです」
と笑いながら答える。
過去にも同じような反応があったかな。
そのメイドさんの要望で、ホームセンターにある物干しハンガー、物干しスタンドなど幾つかの商品を紙に書いて二階に居た三人に試作を頼む。
バルドーさんが材料を選んで罫書きをして大まかに削る。何か知らないが凄い早さであらい原型が出来上がった。
そしてシオンさんの工作スキルは数値制御の工作機械かよと言いたくなるぐらいの精密さとスピードで、その原型を削り出す。
ガバスさんが金属部品をいつの間に?と聞きたくなるうちに用意していて、半時間でバネ付きのスライドするハンガーを作りだした。
試作品なのでスライド部品も金属製だが、製品ではブラバ樹脂か何か別の素材になるだろう。
取り敢えず今日はそのハンガーだけ持って帰り、後日店に来てもらうことにした。
それからすぐに、
「クレストさんって…クチだけの人?」
とアイリスさんが俺の方に不審げな視線を向けた。
「ギルドの制服を着ておるわりに、何も分かってもおらんな」
「ですね。さっきのクレストさん、どこにクチだけの要素があったのかしら?」
「最近怪しげな三人組を仮採用したらしいが、その一人じゃろ?
そんな短いスカートの女は見たことが無い。
ライエルの目が曇ったのかもな」
すかさずアイリスさんに三人の職人達が揃ってダメ出しをする。
「えっ? だってクレストさん、ボケッと立ってて、作るの見てただけでしょ!
手なんて動かしてないし!」
とアイリスさんが反論すると、三人が揃ってお手上げのジェスチャーをして首を左右に振る。
「なるほど、確かにこれじゃライエルさんもギルドに置いておきたくなくなるわけね」
とエマさんも納得だ。
「えっ?! どう言うこと? 教えてよ!」
「本当に見えてないの?
バルドーさんが材料を取る前にクレストさんが何をしたか思い出しなさい」
エマさんの指示にアイリスさんが腕を組んで、
「メイドさんと楽しくお喋りしてたわ」
と答える。
「じゃあ、楽しく、の理由は分かるかしら?」
「若くて美人と喋れたから?」
「確かに若くて美人だったわ。
それはもう、クレストさんの好みだったかも。
でも私が居て、それだけの理由でお喋りしたと思ったの?」
「凄い女性が好きって噂もあるし。
『おはようからお休みなさいまで女性を見つめている』って話だし」
その噂の出所の人、一回刺したくなってきたよ。
「確かに女性は好きかも知れないけど、それはちょっと忘れておこうね。
どんな内容のお喋りをしてた?」
「えーと…洗濯物を干すのが手間だって。当たり前の事をメイドさんなのに何言ってるんだと」
「そうね。
それでクレストさんはどうしたの?」
「楽しそうに喋ってた」
「だから、そこはどうでも良いの。
それじゃなくて、何か書いてたよね?」
「あー、そうでした。
ハンガーなんか書いてどうするのかなって思って、それから他の商品を見てたわ」
「そのハンガーをさっき三人が作ったの。
あのメイドさん、ハンガーを受け取って凄く喜んでたでしょ?」
「はい、試作品なので無料で貰えたからですね」
ここでエマさんの心が折れたらしい。
「これは稀にみる筋金入りの出来損ないかも知れんな」
「国宝級のお馬鹿さんですよ」
「親の顔が見たいわい。ゴビースより酷いヤツが存在してとは」
三人もそれぞれ感想を述べ、また首を振った。
俺もライエルさんに返品したくなってきた。
「もう一つハンガーを作ってもらえる?
いや、もう製品化してもらおうか。
この子には現物が無いと理解出来ないみたいだし」
「そうだな、樹脂で部品を作るのにも型を作らんといかんしな。
すぐに作ってやるが、待てるか?」
とバルドーさんが時計を指差した。
時刻は夕方七時前。
「いや、服を作って貰うからすぐに行かなきゃ。エマさんはどうする?」
「勿論付いて行くわよ。アイリスさんはギルドに戻りなさい。
それでさっきの遣り取りをライエルさんに話して、皆どうして呆れているのか教えて貰いなさい」
「えーっ!私も付いて行きます!」
「その必要は無いわ。それに貴方の勤務時間はもう過ぎているからね」
「あっ! そうでした! すぐに戻りませます!」
ビシッと軍人のように敬礼をして店から走って行くアイリスさんに皆が一斉に溜息をつく。
「稀に見るダメッぷりだよね」
「でも『採用』って言ったのは貴方だからね」
「歌は上手いんだけど」
「そうね。それは認めるけど、あの性格は…」
同情する受付の女性に見送られて店を出て、トボトボと指定された服飾店を目指す。
「やっぱりここって貴族の住む区画だよね」
目的地は商業区画を抜けて綺麗に整理された別世界のような通りにある。
『ファブーロ服飾店』と洗練された装飾の施された看板に、ここって金持ち御用達だと脚が回れ右をしそうになる。
「ここまで来たら、後戻りは出来ませんよ」
と意外とエマさんはドッシリ構えているので、さすが男爵家の娘さんだと感心する。
重厚な作りのドアを開けると、屋敷の外観と違って意外と地味なエントランスホールだった。
チリーンと軽やかなドアベルの音がして、スススと落ち着いた佇まいの女性が奥から出て来る。
「商業ギルドのレイドル副部長の紹介で来ました、クレストです」
と思わずよそ行きの口調で挨拶をする。
「はじめまして、ファブーロの主人のフォリアンと申します。
レイドル様からお話しを頂いておりますので、ご安心なさってください」
と旅館のベテランおかみのような貫禄で対応してくれた。
「可愛らしい奥様をお連れになられて羨ましいですわ。
とても仲良しだと噂がありましたものね」
エマさんを誉められると悪い気はしないけど、その噂はどうにかして欲しいものだ。
「国王様に謁見されるとのこと、おめでとうございます。
まだお年は二十歳頃でございますよね?
私の息子も同じ年頃なのに、どうしてこう差が付くのでしょうか」
「えっ! 二十歳の息子さんが居るのっ!」
十六歳で結婚しても、産んだのが十七歳で、三十七歳? 全然そんな歳に見えなかったよ。
「冗談でございますよ。息子はまだ十二歳です。
なるほど、このような対応は頂けませんね。レイドル様の御懸念ももっともですわ」
俺の対応を確かめる為に嘘言ったんだ。これはまた相手にしにくいおばさんだな。
「ロックウェル家のお嬢様をお娶りになられるのですから、時と場所と相手に応じた対応が出来るようにならないといけませんよ、お父様に恥をかかせますからね」
「…はい、それは分かっています」
分かっているけど、偉い人との付き合いなんてしたことないし。敬語を使うのって疲れるし。
「冒険者からの成り上がり者だと馬鹿にする人も今後出て来るかも知れませんが、正しく対応するか、徹底的に叩いて再起不能にしないといけませんからね」
「前者については分かります。
あの、後者は冗談ですよね?…冗談でございますよね?」
「貴方ならそうするであろうと、レイドル様が申されておりますよ。
私もそう願っております」
期待が重すぎる…ワールドカップでランキング上位相手に絶対勝てるって言われるぐらいのプレッシャーだよ。
そりゃさ、やられたらやり返さないと気が済まない所は多少あるかも知れないけど。
貴族を相手にそれはマズイでしょ?
下手したらコンラッド王国に住めなくなるかも知れないし。
「時間も遅いですから、無駄話はやめましょう。
採寸して服を決めないといけませんね」
と言って上品に笑うとフィッティングルームへと案内され、三人掛かりであちらこちらを隈無く採寸。
作る服は俺の好みが分かっているのか、黒や紺色系の落ち着いた現代風のスーツタイプのスッキリした洋服を提案された。
「その服のチョイスはフォリアンさんが?」
「はい、華美な物は好まないのは普段の服装で判っておりますからね」
俺の普段着はルシエンさんの作ってくれた革ジャンだけど、今はごく普通のシンプルなベージュ色の綿のシャツとカーキ色のカーゴパンツぽいズボンだ。
「普段は上下黒一色の革ジャンと焦げ茶色のストレージベストだからね」
「ええ、存じております。ルシエンさんのお店で購入された…御自身のデザインされた物ですね」
「情報はバッチリみたいですね」
ルシエンさんが喋ったのかな?
それとも店に居た客が言いふらしてる?
どっちでも良いけどさ。
「実用性重視のシンプルな物を選んでみました。
こう言う飾りの少ない方が誤魔化しの効かない分、却って作るのが難しいのですよ」
「となると、素材とテクニックで勝負ですね。
あ、このスーツの襟の部分ですけど、型崩れしないように補強出来ます?」
「型崩れを気にされる方は、大抵が服の方にベッタリ縫い付けますが」
マジですか。所変われば品変わるってやつだね。
「そうなんですか。スーツの襟を縫うとは知らなかったな。
単に縁に縫い目を入れれば補強になりますから」
「飾りを付ける方は居ますが…分かりました。少々試してみますね」
襟にステッチ入れてもらうぐらいなら、そう手間でもないでしょ。スーツの知識が中途半端に伝わって来たのか、それともローカライズされていったのか。
なるべく現代風が良いから襟を縫い付けるのは無しで行こう。
ズボンとシャツには特に注文を付ける所はなく、シルクの肌触りに感動しただけで終わった。
「ところで…これは買うとお幾らで?」
「聞きたいですか?
一式で大銀貨百枚ぐらいになります」
「百枚か。それなら俺の革ジャンと同じだね」
思った程高くなくて良かった。千枚とか言われたら怖くて着られなかったよ。
「あの革ジャンが…」
と何故かエマさんが固まっているけど、思ったより安すぎたのかな?
でもさすがにそれ以上は出せないよ。




