第7話 やはり問題は先送りになるものです。
アルジェンの服の洗濯しなきゃいけないけど、替えの服がなくて困っていたら、ラビィとお別れする可能性が急浮上してきた。
スライム達の名前問題もスルーしたままだけど、やはりここはラビィの件が最優先か?
中身はオッサンでも魔界蟲を二度倒した実績の持ち主だ。俺達のパーティーの中では最強アタッカーと呼んでも良いだろう。
しかも喋らず遊んでいる姿は子熊その物。
俺達の前からその姿を消してしまうのは惜しいと思う。
だが野生の本能ってものもある…熊魔族にもあるんだよね?
「ラビィ、帰っちゃうの?」
メンバーの中でも特に仲の良いカーラさんが寂しそうな声を掛ける。
「コッチの世界も好きなんやけど、いつまでも一匹おぉ…一匹熊やと格好つかんやろ?」
「発情期が来てからじゃ遅いか?」
「タイミングよぉ相手が見つかるんなら、それでもええんやけど」
ふむ、ラビィが良いと思っても相手に嫌われる可能性があるか。
それにダンジョンに熊魔族が入って来るとも限らないし。予め魔界に渡っておいた方がラビィには都合が良いだろうな。
「ラビィだったら女の子に振られるも知れないもんね」
「…それ言っちゃう?」
俺が思っても言わなかった言葉を、あっさりカーラさんが言っちゃったよ。これは酷い。
「そやな…振られたら次の子にアタックしに行かなあかんしな…」
「見境はないのね…」
言ってやるなよ。熊魔族にはそう言う文化があるかも知れないだろ?
そもそも俺達はラビィのことは何も知らないし、魔界のことも知らないんだから。
「……え、そうなんだ。伝えるよ。
熊ん、ダンジョン間転送システムの準備には一ヶ月程掛かるらしいよ。
どっかの誰かが考え無しにバカスカ魔力を消費したから、エネルギーの充填期間が必要らしいの」
皆の視線が一気に俺に注がれた。居心地が悪いな。
少々やり過ぎたとは思うけどさ、そんなシステムを使う予定は無かったんだし。
でもそうか、考えてみればラビィの相手を見付けたとしても、コッチに連れてくるのにそのシステムを使うしか無かったんだよな。
まさか歩いて来させる訳にもいかないし。
ダンジョン管理者だった時は、俺も全能感がバリバリで何でも出来るって気になってたからな。
「あのさ、今更だけどクレたんのやろうとしてたことって熊の誘拐…?」
「ギクッ…」
カーラさんの指摘はごもっとも。
確かに本人の同意も無しにダンジョンからダンジョンに転送させるのは誘拐と同じだよな。
「いや…本人には事情を説明してだな…ほら、地面に文字を書いて皆に連絡取っただろ?」
「それ、今思い付いたよね?
誘拐は犯罪だよ、未成年略取? 監禁?
ええとそれから…」
相手が熊魔族でも、誘拐扱いか…確かにこうやって意思疎通出来る相手だし。人と同じと考えても良い筈だよね。
「兎に角、無理矢理はダメよ。
それやっちゃうと勇者召喚と同じだから」
「そうだったね。気を付けなきゃ」
「ワイら熊魔族なら、そこは大して気にせぇへん思うけどなぁ。
復活したら燃やされとったんは焦ったけどなぁ」
カーラさんが意外としっかり反論してきた後に、縫いぐるみだった時に燃やされたのを根に持っているような事を言ってから熊魔族が脚に戯れ付いてくる。
「で、ラビィの発情期っていつ?」
「…あんちゃん、自分にデリカシー無い思わへんの?」
「クレたんは一年中だからね。そう言うの気にならないのよ」
「そやな…あんちゃんは年中発情期やったわ」
「なんで変な納得するんだよっ!?」
熊魔族にそんな事を言われる覚えは無いぞ。
「一ヶ月後ならちょうどえぇタイミングやと思うで。
遅かったら売れ残りしかおらへんしなぁ」
「雌の熊魔族は毎年出産するのか?」
「そんな訳あるかい。
妊娠するのもせんのも運次第や。魔族は中々子供が産まれへんし。
それに餌場の都合もあんのや。毎年出産しよったら、あっちゅうまにマジもんの兄弟喧嘩になるやろな」
魔界は農業とかやってないのか?
自然に生えている物だけだと、人口はかなり少ないんじゃないかな?
だから少しでも良い土地を求めて争いが多発するのかも。
「まあ、その辺はなるようにしかならへん。
それより、そのなんちゃらシステムはいつでも使えるようになるん?」
そう言えばだな。
確かに一回ポッキリなのか、回数制限付きなのか、それとも無制限なのかでかなり便利さが違ってくる。
「……魔界からドンドン魔族が来てもよいって言うなら、無制限の設定も可能だって」
それは遠慮願いたい。
たまたまと言えば良いのか、ラビィは俺達に対して友好的だから問題無い。
だが、後からコッチに来た熊魔族達が人間に対して敵対的だったら止められる人は限られるだろう。
ラビィでさえ魔界蟲を一人で倒せるだけの戦闘能力を持っているし、ノーラクローダのような実力者が来ないとも限らない。
ここはやはりラビィ一人が行ったら終わりのルートにすべきだろう。
「……なるほど。
コッチから向こうに繋ぐのは自由に出来るけど、逆に向こうからコッチに繋ぐのは本体さんでも不可能なんだね」
一方通行か…。
ラビィが里帰り出来るだけでもラッキーだと思うしかないな。
「そら困るやんわっ!
ワイから鮭やリンゴを取るやて絶対アカン!
ありえへんって!」
こんな時に食い意地を優先しても良いのか?
お前の一生に関わるような重大な選択だと思うけど。
カーラさんが俺の脚にしがみ付いて登ろうとしていたラビィを抱き上げると、
「まだ一ヶ月先のことだしさ、今結論出さなくてもいいんじゃない。
もし帰る気になればその時ここに来れば良いし、コッチに残るなら来なければ良いんだから」
とラビィの頭を撫でながらそう言った。
恐らく本音は帰って欲しくないんだろうね。でも本人の幸せを考えれば、ラビィの好きなようにさせてやるべきだと葛藤しているんだろうね。
「……誰かさんがバカスカと魔力を使わなければ、もっと便利な機能が用意出来たって?
百階まであったダンジョンを僅か数分で一階に縮小するなんて馬鹿だって」
「馬鹿で悪かったな」
その追加情報を耳にした熊が、腹を撫でられてアヘ顔しながら俺をジト目で見る。キモイよ。
「……ホォホォ、ダンジョンの機能拡張をしようと思えば、ドシドシこのダンジョンに入って皆でバンバン魔力を使えば良いのね!」
「てことは、戦闘訓練や魔物の討伐をしていけば良いってことかい?」
ダンジョンは生き物だと思っていたが、実はダンジョンを作った世界樹とダンジョン管理者が魔力は消費して拡張したり、異世界の何処かからドロップアイテムを用意している。
倒した魔物が再びポコンと何も無い所から産まれるのか、それとも生物として繁殖しているのかは分からない。
「本体さん、このダンジョンで戦闘訓練とか、魔物を倒しても大丈夫なの?
……魔力循環の活性化を促すから是非やってくれって。
……ただし自己責任? 何が?
……強い魔力を出せば強いが魔物が出てくるから気を付けろ?
ああ、なるほど。寄生して強くなるのを防止してるのね」
「ふぅん、それはありがたい。
ここなら天候も時間も気にせず修行できるっ!」
良い笑顔を作って軽くガッツポーズを決めたベルさんに、マーメイドの四人が一斉に顔を引き攣らせた。
可哀想だから修行は程々にしてあげて欲しい。ベルさんに合わせた魔物が出て来たら、大抵の人は裸足で逃げなきゃならないよね?
それとベルさん、ルベスさんとの修行はトラウマになるようだから、この人の前では強くなりたいなんて絶対言わないようにしよう。
魔力を無くした俺は弱く生きることに決めたんだからね。
「そやなぁ、ワイもココにテント張って生活してみよか」
「リンゴ食べれなくなるけど良い?」
「そやなぁ、さっさと帰ろな」
どんだけリンゴ好きなんだよ?
リンゴチラつかせたらラビィを釣るのが簡単だから有難いんだけどね。熊ってそんなにリンゴが好きだっけ?
確か動物園の熊が誕生日の時に、果物をプレゼントしてた気がするな。
「……へえ! 最短コースでここまで来たけど、そのコースを知らなかったらここまで来るのに一ヶ月は掛かって、道中色々あるから面白いんだって!
……色んな果物もあるけど、何処に何があるかは自力で探せ?
……レア植物も採取可能なの。
良いんだけど、それって大盤振る舞いし過ぎでしょ?
……レア植物付近にはガーディアンを配置してあるから簡単には採取出来ない?
アンタ、実はケチじゃないの?」
このダンジョンはそんなに広いのか。
でもそんなに価値があるなら、この場所もすぐに突き止められるかもね。
金貨級冒険者だって欲に目が眩むこともあるだろうし。世界樹なんて葉っぱ一枚でどれだけの値が付くか分からないんだし。
「それならこのダンジョンをカンファー家で管理すればどうなの?
元々カンファー家の所有地なんだし」
とエマさんがナイスアイデアを出してくれた。
しかしベルさんが、
「それは辞めた方が良いよ」
とあっさり反対意見を出してくる。
「考えてごらん。もし木材だけならまだそれでも良かったかも知れない。
だけどそれ以外に果物や他の植物が採取可能となれば、その価値はただの木材産地なんてレベルを凌駕し、計り知れないものになる。
そんな場所をカンファー家が独占すれば、すぐに妬んだ連中から余計なチョッカイを出されて禿げるだろうね」
そのカンファー家の人間にそこまで言うのはどうなの?
でもルケイドはともかく、両親と次男は能力が低いからな…あ、クチには出てないよね?
「…こう言う場所は素直に領主に譲り、入口を守る役目を請けるぐらいが丁度良い。
ルケイド君が個人的に薬の原料になる植物の栽培を試すのはそれ程問題にはならないだろうけど、価値の高い物は領主に相談すべきだよ」
そう言った話はさすがベテラン冒険者ってところか。『青嵐』のメンバーやってるのは伊達じゃないんだね。
「ラビィもルケイド君も、一度リミエンに戻ってからよく考えてみれば良い。
僕はそれ以上のクチは出さないからね」
最終判断は本人に任せた!と言う逃げに入ったか。俺もそれが正確だと思うけど。
「そっちの話は終わった?
じゃあ、アルジェンちゃんの服を洗うから、男性陣はタイニーハウスに入ってね」
そう言えば、ずっと汚れたままにしてたな。
男を排除するのは、アルジェンの胸がエマさんのミニチュアだからだね。
「ママ! 洗濯なんて必要ないのです!
行くよー、『浄化!』」
アルジェンの体が軽く光ったかと思うと、ソースや油で汚れた服が一瞬で綺麗になったのだ。
「えへん! パパの使ってた魔法は私も使えるの! 凄いでしょっ!」
揚羽蝶の羽根をパタパタしながら両手を腰に当ててホバリングするアルジェンがドヤ顔をしてそう言い放つ。
「てことは、治癒魔法も?」
アルジェンが大きく首を立てに振ると、
「『エクストラヒール』も『ボルカニック・イラプション』もバッチリ。
威力は魔界蟲補正付きだからマシマシよ!」
と右手で横ピース。お前、それ好きだな…。
「……何っ? えっ?! 分体補正で威力半分?
そんなデバフ、いらないのっ!」