泣かないクライドール
ぜひ最後まで読んでください!
『泣きたいけれど、泣けないとか。
泣きたくないのに、泣いてしまうとか。
誰にだって、そんな時があるだろう。
そんな感情を、涙の形の宝石に変える技術が最近できた。
その宝石を人形と呼ばれる人間そっくりの機械に食べさせると、それは、持ち主そっくりの姿となって泣いてくれる。
泣きたいのに泣けないならば、泣いている自分を見る。
泣きたくないのに泣くならば、負の感情を人形にあげる。
誰かと一緒に涙を分かちたいならば、感情の半分を分ける。
そんなふうに、ご使用ください。
クライドール製造企業』
僕の前に、一体のクライドールがいた。
昨日読んだ説明書通りに、僕の感情を宝石に変えていく。
確か、宝石の色形は、その人の感情によって変わるのだったか。
僕のは、薔薇のようにトゲのある白い宝石だった。
この色に、どんな意味があるのだろうか。
僕は泣かない。
泣けないのではなく、泣かない。
昔からそうだった。
厳しい両親のもとに生まれ育ち、自然と泣くことはなくなった。心が強かったのか、感情がないのか。
だから、クライドールを購入した。
発売されてすぐだからまだ高値だが、ずっと働いてきたんだ。貯金ならばいくらでもあった。
白い機械の口に、そっと宝石を入れる。
奥に押し込んでやると、カチ、と音がした。
──カチ、カチ。
──カチカチ、カチ。
まるで歯車が回るように、人形から音が漏れる。
そして、機械の身体が虹みたいな色に染まったその瞬間、そこには確かに僕がいた。
──ひっ、
喘ぐような涙声を、人形が溢れさせる。
──ひぅっ、ひくっ、うわぁあん
その涙こそ、僕の三十年間の感情を代弁するものだった。
なんだか、変なの。
人間が泣かないのに、人形が泣くなんて。
これじゃあ、どっちが鉄の機械なんだか分からない。
すごく、気味が悪いと思った。
──うわぁぁぁん、うわぁぁ、ひっ、ひくっ
僕の姿をした人形は、泣き叫ぶ。
その腕で目を拭う。
必死に泣いているのを隠そうと、はやく泣き止もうとするその仕草は僕そのもの。
そっくりすぎて、気持ち悪い。
──うぁっ、おかあさん、おとうさん
クライドールは、簡単な言葉ならば喋る。
そうすることで、持ち主の言葉を少しだけ代弁して、気持ちを分かち合うのだ。
母さんも父さんも、今頃何してんのかな。
半年前に『仕事頑張ってるの? 昇進はしてる? 食事はちゃんととってるの? 結婚のこともそろそろ考えないと。三十歳よ?』と手紙が来たのを覚えているが、面倒で返事はしていない。向こうも、仕事が忙しいのだろうと思っているはずだ。
そのくらい、薄っぺらい関係性。
──ほめてよ
クライドールが核心をつく。
その言葉に、無性に腹が立った。
幼い頃の願い。
言いたくても言えなかった願い。
完璧であることが当たり前になってから、誰も褒めてくれなかったから。
どうせまた満点だろ、
天才はいいよな、
って。
誰も、僕の努力には気がつかない。
──ほめてよ、おかあさん、おとうさん
バシッ、と、一発ビンタをするけれど、床に倒れた機械は痛みを感じない。
彼らクライドールに備わっているのは悲しみだけだ。
──ほめてよ、ふたりとも
延々とそう言うのが聞こえて、もういいやと諦めた。
冷たい茶色の床に、無造作に置かれたままの包丁を手に取る。
痛みを感じにくいように、よく研ぎ澄まされた包丁だ。
ぐさり、と。
それを自分の腹に突き刺した。
痛みはなかった。
最後まで、僕には感情がないようだ。
──ほめてよ、ほめてよ
僕の低い声がそう言い続けるのが聞こえる。
この人形は宝石を使い果たすまで泣くというが、僕の悲しみはどの程度か。
意識が薄れる瞬間、クライドールが泣き止んだ。
嗚呼、僕の悲しみは、僕が死ぬまで持たないほど小さいものか。
そうして僕は悲しみのうちに死んでいく。
泣き止んだクライドールと、物言わぬ姿となった持ち主が、暖房もつけられていない冬の寒い部屋にぽつんと残される。
けれども。
──さ、
クライドールは泣き止んだが、持ち主の悲しみが詰まった宝石はまだ使い切られていなかった。
少しだけ、感情が残っていた。
己の悲しみはこれだけかと思い死んだ持ち主だが、続きがあったのだ。
そしてそれこそが、真の核心だった。
──さ、む、いよ
クライドールが床に倒れ伏したままつぶやいた。
──さむい、よ
クライドールはもう涙を流してはいない。
──ねぇ、かあさん、とうさん
それでも、その声には確かに悲しみが溢れている。
──さむいよ、しにたくないよ、
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