進めない男②(史郎)
どれだけ馬鹿にされようと、仕事をちゃんとこなしていれば支払いは確実に行われる。
相手にも外聞というものが有るので、難癖を付けられて支払いを渋られるという事も無い。
そういった嫌がらせをするような連中は、理由はどうあれ情報が一瞬で拡散してその後の仕事が続かなくなる。
最初に提示された条件が美味しかろうと、その後の対応が最悪となれば警戒されるのが普通なのだ。嫌がらせ程度でそんな不利益を被るほどの馬鹿は、あまりいない。
……いないと言い切れないのが世間というものだが、今回も支払いはしっかり行われたため、史郎は“ソロ冒険者”としては良い収入を得た。
「くっ、全く足りない」
ただ、史郎は元々中級上位から上級下位に足を踏み入れようとしていた、腕の良い冒険者である。
仲間がいた頃の彼であればこれ以上の稼ぎを安定して手に入れられていたわけで、全く満足できる額ではない。
かと言って、仲間を集められないので、無茶をして死んでしまっては元も子もない。
以前はパーティリーダーだった史郎はいつも冒険計画を立てていたので、そういった判断を誤ったりはしない。
五体満足で生きて帰る事を優先する冒険者が、良い冒険者なのである。
「新しいパーティを組むとしても、新人を育てる? 時間がかかりすぎる。
他と合流すると、身動きが……。しかし、収入を増やすのなら、それが一番確実で。ああ、しかしそうなると」
自宅に帰った彼は、家族と一言二言、言葉を交わすと自室で今後の予定を必死になって考える。
不治の病の妹を救うために、自分一人で全てをこなせると考えるほど、史郎は自惚れてはいない。
両親も娘のためにと手を尽くしているし、昔には九朗の両親に頭を下げ九朗を仲間に引き込むなど、使える伝手を全て使い尽くしてようやく望みが叶う“かもしれない”と足掻いているのだ。
それはそうだ。
そもそも、彼の妹は「不治の病に冒されている」のだ。
上手くやれば確実に病が完治するなどという、都合のいい話など無い。
ただ「そうすれば治るだろう」と言われているだけである。
「春菜。スマン……。まだ時間がかかりそうだ」
世界中でダンジョン素材の研究が進み、様々な研究が行われている。
その結果として『万能薬』だとか『霊薬』などという薬品の製作も行われており、すでにいくつかの不治の病を癒やすに至っていた。
これらの薬を使えば、末期ガンだろうと治療できる事が分かっている。
史郎の妹である春菜は希少ガンを患っており、1~2年に1回は手術を行って悪性腫瘍の摘出が必要な身の上である。
根本的な治療が不可能。そして抗腫瘍効果のある薬もまだ開発されていない。発見されていない。
最悪な事に、手術をすると副作用で体を悪くしていく。ガンの転移が進めば命も危うくなる。
春菜が若い事もあり今はまだなんとかなっているが、医者からは「いずれ手術に耐えられなくなる」とも言われていた。
ちゃんとした治療さえ行っていればすぐに死ぬという事は無いが、楽観できない。
手術費用の捻出だって大変であり、いつまでもこのままでいられないのは、史郎も分かっている。
だからこそ自分が冒険者になって『霊薬』の素材を集めようと決意したのだ。
それだけが、妹を救う小さな希望だった。
史郎が何度計画の見直しをしても、霊薬の素材を集めきるまであと数年。1年や2年でなんとかなるものではなかった。
ほんの1年前には、あと少しで手が届くという所まで行ったというのに、だ。
たった1度のミスで全てが崩れ去った。
双六で最後の1マスにある「振り出しに戻る」を踏んだようなものだ。盤面遊戯ではない分、絶望は大きい。
そして自分でサイコロを振る双六と違うのは、そこに自分以外の要因があった事。
「あそこで……九朗さえ、あんな事をしなければ。九朗さえ、上手くやっていれば」
1年という時間は、長いようで短い。
それでも当時の正しい記憶は薄れさせ、妄想と妄執がいびつな記憶を作り上げるには、十分な時間である。
今の史郎の中では当時の九朗がドジを踏んだためにクエストに失敗し、春菜を助ける手段を失った事になっていた。
その後の事も、九朗が史郎たちを陥れた事になっている。
困った事にそれを訂正できる仲間も近くにおらず、歪んだ記憶は正されなくなってしまった。
史郎は最近の情勢を確認しようと、スマホのニュースサイトのチェックをすると、「加速する冒険者ロボット産業 これまで対応していなかったダンジョンにも挑む」という記事がピックアップされていた。
仕事中の会話もあり、その内容を確認すると。
「また、またお前が!! なんでお前ばかりが……っ!!」
九朗が新しく、アンデッドダンジョンを購入したというものだった。
その認識は正確ではなく違うのだが、史郎にとってはそういう事だ。
九朗が順調に事業を成長させているという、彼の中の怒りを燃え上がらせる内容であった。
それが遠野史郎の見た真実である。
「あの野郎! 人を簡単に見捨てるような奴が、なんで!!」
妹を見捨てた九朗が成功し、妹を助けようとしている自分が評価されない現実。
彼に受け入れられるはずが無かった。




