進めない男①(史郎)
遠野史郎は冒険者だ。
いや。冒険者だったと言うべきか。
「おい、遅れるなよ」
「荷物、崩さないでね」
現在の彼は、他の冒険者に雇われ荷物を運ぶ、荷運び人というのが正しいのかもしれない。
「くそっ! まだだ、まだ俺は終わってなんかない!!」
「ブツブツ言ってないで、さっさと来い!」
「は、はい! すみません!」
仲間を失い、まともな冒険ができなくなった史郎がダンジョン関連で生活していくには、こうするしかなかった。
屈辱を噛みしめ、史郎は冒険者復帰を目指し、悪評が消えるまでを耐えていた。
「ほい、これが今回の補給物資な。確認を頼む」
「おう。中身の確認をするから、しばらく待っていてくれ」
史郎が主に行うのは、長期間ダンジョン攻略を行う冒険者チームの支援。補給物資の納品である。
ダンジョンによっては、攻略目標がいるエリアが歩いて3日とか奥深くの場合もある。
そうなるとダンジョン内で寝泊まりする必要があり、主に食品類だが、大量の物資が必要になる。
その場合、1チームだけでダンジョン攻略を行うのは現実的ではなく、複数の支援チームが投入される。
大体の目安であるが、1パーティが1泊するごとに支援チームが2チーム要ると言われ、2泊するならさらに4チーム、合計6チームが必要と、倍々ゲームで人手が求められる。
その人数を確保するために、パーティ単位ではなく『クラン』と呼ばれる冒険者集団が作られたりもするのだが、それで人数が確保できるかというと、これもなかなか難しい。
支援、補給物資の運搬というと危険度の低い仕事のように思われてしまうが、実際は普通の冒険者とそこまで変わらない、危険な任務になる。大量の物資を抱えている事を考えると、難易度は普通よりも高めと言っていい。
だから人が集まらない。それが出来るなら、自分たちだけでもっと別のダンジョンに行って稼ごうなどと考えてしまうのだ。
最近はロボットの冒険者を活用する事で負荷が減ったものの、人間をゼロには出来ないので、ロボットはあくまでも補助の枠である。
「にしても、不寝番とかやらなくて良くなったのはデカいよな」
「ウォーカー様様だな! あんがとよ!」
史郎たちを雇ったパーティにも、ロボットが配備されていた。
大手自動車メーカーの作った『ダンジョンウォーカー』という、何か別のものを想像したくなるようなネーミングのロボットだ。
その名前はともかく、ウォーカーはロボットとしての優位性をフルに活用して使われるため、冒険者たちからは好評だった。
特に人間が夜間の睡眠時間を確保できるのは大きく、高い金を出してでも買う価値はあった。現場からは買うと決めた上部の判断が絶賛されている。
「良い時代になったよな。ロボットがダンジョンでも助けてくれるとか、昔は考えられなかったし」
「だよなぁ。でも、タイムマシンや青い狸型ロボット、核燃料で動く100万馬力はまだまだ先なんだろ? 俺らが生きてる間にそこまで作られるのかね?」
「無茶言うなし。おまえ、アニメ見過ぎ。しかもネタが古すぎる」
「だってさぁ。ここで美少女メイドロイドとか言ったら、どう思うよ?」
「……その質問だけでドン引きだよ」
「クソが! この異端者め!」
「むしろお前が異端だよ!!」
荷物の引き渡し後、持ち込んだ冒険者たちは引き渡し先の確認が終わるまで休憩だ。
設置された休憩スペースでドリンク片手に馬鹿話をしている。
ここが物資の集積場所なので、そういった設備も充実しているのだ。
「実際、これを作った奴にはよくやったって言ってやりたいよ」
「だな! 感謝しかない」
馬鹿な話をしながらも、チラリと史郎に向けて見下すような目を向ける冒険者。
史郎の一件は原神がテレビ出演した際に再燃したため、原神とセットで扱われるようになっていた。
そして史郎を雇っていた冒険者は、史郎に向け「お前がクビにした元仲間は、こんなに立派なのにな」と煽っているのだ。
明確に馬鹿にするような発言こそしないものの、マウントを取っているのは明らかだった。
史郎は口の中で「我慢しろ、ここで爆発するな、俺」と小さく呟き、周囲の言葉にじっと耐える。
冒険者の常ではあるが、複数のチームが混在する場合、カメラなどで冒険の記録を取る。そうしないと、ダンジョン内で何かがあった場合、生き残った者が不利益を被るのだ。例えば誰かが行方不明になっただけでもダンジョン内で殺人があったかもしれないと言われるわけだ。
だからここで怒りを爆発させ、暴れた場合、史郎の立場はかなり不利になる。相手が直接史郎を馬鹿にしないようにするのも、その対策と分かっていた。
ここは耐えるしかない。
しっかりと仕事をしたという実績を積み重ね、悪評を覆し、いつか普通の冒険者として前線に立つ。そうしていつか妹を救うのだと、史郎は拳を握りしめ、いま出来る事を積み重ねていく。
九朗を憎む事で正気を保ちながら。
誰かを悪者にしないと正気でいられない自分を省みる事なく。