状況が変わる②
「なんで解散したかだって? そりゃ簡単だ。史郎にゃ、もう付いて行けねーからだよ。お前抜きでキツくなった分を俺らに押し付けて無茶言うしさー。やってらんねーのよ。
でもって、俺らはお前との件で悪評が祟ってるからな。他の連中とも組めねーし、残りの連中とつるんだところで大した事も出来ねーだろ。
だったらさっさと冒険者に見切り付けて、フツーの仕事をして生きてくのがカシコイ生き方じゃねーか。過去なんざ、振り返ったところでロクな事になんねーよ」
おおよそ1年前。俺がパーティから追放された一件。
当時の仲間の一人、時枝は、史郎以外の元仲間が全員冒険者を辞めたと言い切った。
「史郎? アイツはなー。冒険者ってのに拘ってるし、俺らと違って妹の件もあるだろ。辞めるに辞められねーだろ、ありゃー。
薄情かもしれんが、俺らだって命かけてまで助けてやりたいわけでもねぇし。自分の命の方が可愛いんだよ。史郎がマトモなら助けてやってもいーけどなぁ。仲間をすり潰す今の史郎に助ける価値なんざねーよ」
1年前から、史郎は徐々に狂っていったらしい。
絶え間なくネット上の悪意に晒され、反撃こそしていたが、正気は削られ、それでも狂気に蝕まれていく。
いや、反撃をしていたからこそ、ネット上の悪意は史郎たちを「反省していない」と見做し、より攻撃を強めていったのだ。
「俺様ぐらいになると、まだ無事なんだがな。史郎は俺ほど強くねーから、しゃーねーんじゃねーの?」
「そりゃ、お前が主犯じゃないから攻撃が手緩かっただけじゃないか?」
「はぁ? んなことねーよ! 俺んちに何回犬猫の死骸が送り付けられたと思ってやがる! 俺んちだけじゃねぇ! 親父の家にまで連中は嫌がらせしてきたんだぞ!
手緩い? ふざけんな!!」
「あー。そりゃ、こっちの考えが温かった。すまん」
「ふん。分かりゃいーんだよ」
ネット上の悪意ある書き込み、嫌がらせには罰則が付いている。
今では「死ね」とかの攻撃的な書き込み、事実無根の誹謗中傷。そういった行為には5万以上30万円以下の罰金が科せられるようになっている。また、そういった書き込みをした者を特定するための法律も整えられている。
10年ぐらい前からネット上の誹謗中傷による自殺者が何人も出ている事に対抗する措置で、ネット中傷被害者の会が中心になって運動を行った結果だ。
しかしそうやって法律ができても、ネットリテラシー教育が進んでも、それでも馬鹿な書き込みをする程度に人間は馬鹿なんだけどな。「これぐらいは大丈夫だろう」と安易に攻撃的な言葉を使う。
そして、ネット上でなければバレないだろうと、軽い気持ちで人に石を投げるゴミ野郎も多々いたりする。
民度が高いと言われる日本だが、悲しい事に「悪人叩き」という犯罪に手を染める人間は一定数居るのだ。悲しい事に、けして居なくなってはくれない。
「ま、そーゆー訳だからさ。お前は他の連中に会わねー方が良いかもな。
特に史郎はヤベー。アイツはなにしやがるか分かんねーカンジに壊れてやがる」
「そーゆーお前はどうなんだ? 俺を、恨んでないのか?」
連中の状況、事情を聞いていたが、どうせだからとストレートに時枝の心情も聞いてみる。
すると。
「は? なんでお前を恨むんだ? お前がなんか書き込んだとか、嫌がらせをしたとか、そんな話か?」
「いや、そんな事はしてないけどな」
「なら、恨む理由もねーだろ。ワリーのは、ネット上でイキってた屑どもじゃねーか」
まぁ、さっぱりとした回答が返って来た。
他の連中は俺を恨んでいて、特に史郎からは呪われていそうなんだけど。
けど、時枝は「もう終わった事」と割り切り、俺とその後の話を切り離して考えている。何も考えていない、裏の無い表情で俺の事を「変な奴」という表情で見ていた。
やっぱこいつ、馬鹿だな。
他の連中が俺を恨んでるって自分で言っただろうが。お前もその“仲間”だったんだから、お前も俺を恨む可能性があるんだよ。
いや、やっぱ俺も馬鹿か。
この馬鹿に、そこまで考える想像力が有るはずもなかったな。考え過ぎだ。
無駄に思考が一周回ったなら、俺も馬鹿って事で間違いない。
こんな大馬鹿に、誰かを馬鹿にする資格は無かったな。
「他の連中の行き先、連絡先は聞いているのか?」
「ん? ああ。同じ境遇だ。これまでに稼いだ金でしばらくは持つけどな。イザって時は協力しよーぜって事で、誰がどこで何をするか、連絡先も含め一応聞いてあるぞ。
翠と日葵の二人は北海道、恭弥が奴の地元の埼玉で、雅也が……千葉、だったと思う。
あ、連中にゃお前の事は言ってねーぞ。だからお前にも連中の連絡先は教えねーからな」
最後に、他の連中の現状を軽く確認。
他の元仲間がどこに行ったかは教えてくれたが、それ以上の情報はくれなかった。そこまで教える義理は無い。そういう話だ。
逆に、俺の事も教えていないようなので、そこは安心。馬鹿だの脳筋だの言ってはいたが、時枝でもちゃんと配慮は出来たようだ。
時枝に聞きたい事はだいたい聞いたので、元仲間の話はもういいか。
知人ではあるが、もう俺とは親しい関係とは言えないような奴だ。便宜を図る必要も、これ以上追い込む理由も無い。他の従業員と同じように扱えば、それで良い。
俺は元仲間の情報のアップデートをすると、史郎の監視を頼んだ知人たちに電話をかける。
「もしもし。ああ、九朗だ。史郎の事で少し話が――」
こっちとあっちの情報の食い違い。
そこを解消して、身辺を少し整理しておこう。