俺はこうして一歩を踏み出す
「よっしゃあっ!」
ダンジョン購入から2ヶ月。
チマチマと工事や建築をしながら待っていた『魔石式小型溶鉱炉』が到着した。
本来であれば、工事や建築も楽しかったと思うんだよ。
でも、溶鉱炉が届くのを待っているという意識があったから、どうにも集中しきれず、楽しめなかった。
この程度の「待て」と言われるのがここまで辛いとは思わなかったよ。
ま、だからこそ物が届いただけでここまで嬉しいんだけどな。
『魔石式小型溶鉱炉』は、魔力に反応して鉄を溶かすほどの熱を生み出す装置だ。
物としては、小型と言いつつ一辺2mぐらいの四角い箱で、結構大きい。小型と言うのも、溶鉱炉としては小さいってことだ。重量は1t強。
魔石を投入する所と鉄鉱石や金属素材を投入するハッチが上にあり、融かした金属の取り出し口が下にある。あとは正面にタイマーと温度調節をするパネル、そして人力魔力吸入端子がある。
ゴチャゴチャした操作は一切行えず、物があれば簡単に操作できるようになっていた。
なお、金属が溶けていくところが見てみたいと思うけど、安全上の問題でそれはできない。
そして一回スイッチを入れたら設定した時間が過ぎるまでは何もできなくなる。
応用性は無くなるが、できる事を減らして汎用品に落とし込んでいる。
購入にはいくつか審査があったが、そこは意外と簡単な審査だけで終わった。対応する危険物取扱免許は冒険者時代に修得していたので、わざわざ取りに行かなくてもいいからな。他の資格試験がなかったのは良かったよ。
冒険者の使う装備も、モンスターと戦うために色々と資格が必要なものが多かったからな。なんと言うか、冒険者をしていた時って定期的に資格試験を受けていたような気がする。
まぁ武器になるものどころか武器そのものを持たせるんだから、資格試験が必要なのは当然といえば当然なんだけど。
冒険者はファンタジー世界のような、他に就く職がないアウトローの仕事ではなく、真面目に勉強をする奴だけがなれる技能職なんだよなぁ。
変な奴をはじくシステムの一つでもないと、御国は気が気じゃないんだろうね。
それでもプライベートダンジョンを隠し持ってひそかに強くなろうとする犯罪者は後を絶たないようだけど。
それはそうと、溶鉱炉の試運転がしたい。
俺はゴブリンのドロップアイテム、『ゴブリンの魔石』と『錆びた武器』を溶鉱炉に投入する。
そして取り出し口に鋳型とあふれた時の受け皿を置く。
温度と時間は適当に設定した。正解がわからないので、手探りでやるしかないのだ。
一応、鉄だろうとアタリをつけて数値は決めた。
魔石だけじゃ出力が足りないので、不足分は俺の魔力で補うことになる。
内蔵している『魔力バッテリー』……とかいう物があればいいんだろうけど、そんな都合のいいものは存在しない。
吸入端子、見た目はただの取っ手を握り、溶鉱炉から魔力を吸われるがままに任せることになる。
「利き腕は使わないように、ってことで」
左手で取っ手を握り、スイッチをオンする。
魔力が減っていく感覚が俺を襲うが、使用者への配慮か、勢い良く減っていくというわけではなさそうだ。
これなら自然回復分より少し多い程度で、10時間以上待機していても問題なさそうだ。
「内部温度は正常だな」
温度操作パネルは操作がロックされているが、内部温度などのパラメータを表示してくれる。こちらが指定した通りの温度になっていた。
ゴブリンの魔石という低品質な物を使っているので、ちょっと心配だったのだ。
無事、溶鉱炉が使えるようで安心した。
2時間ほど経つと、炉が停止した。
金属はその前から出なくなっていたのだが、仕様上の問題で動かし続けるしかなかったのである。
これでもし途中で止めたとなると、内部の魔法システムに不具合が出ることもあるという。
意外でも何でもないが、魔石式の機械類は研究途上で、技術がこなれていない。不具合だとか不便なところが多い。
最初からなんでも上手くいくというわけではなかった。
これも商品にできる程度の安定はしたんだろうけど、まだまだ試作機みたいなものなんだろ。
購入するときに散々念押しされたので、クレームをつけることもできんのだよ。法的には、何かあっても俺の自己責任の一言で済まされるぞ。
慎重な運用が必要だった。
それはそれとして、俺は溶鉱炉から出てきた融けた金属、鋳型に入ったものを見ようと思う。
鋳型は一般的なブロードソード、肉厚な直剣の刃だ。
今回は鋳型で型取りしかできないから、選択肢が少なかったのだ。
型は上下に分離させるタイプである。
冷えるのを待ってから上半分を外せば、中身が出てきた。
わりと型通りの、普通の金属塊だ。
ただし剣としてみれば、粗悪品の一言である。さすがに元の、錆びた剣ほどではないが、これに命を預けたいとは思えない品質である。刃を研いでも、使い物にならないだろう。
金属の中に混ざった不純物で、強い衝撃を与えたら割れそうな印象を受ける。
「うん。最初だからな」
素人が、粗末な武器を鋳つぶした。
俺がやったのは、それだけである。
「武器を作った」とはまだ言えない段階だが、それでも成果物を見れば一歩を踏み出した実感がわいてきた。
「これを製鉄用の炉で熱して、鍛造に切り替えるんだよな」
今は低品質のインゴットな剣もどきだが、叩けば少しはマシになるかもしれない。
幸い、魔力に余裕はある。
俺は次の作業の準備をするのだった。