状況が変わる①
面接の受付は、月に2回のペースで合計4回行う。
言い方は悪いが、2回目以降の半分は、良い会社に入りたいと無理をして、背伸びと分かっても“一流”に手を伸ばした、挑戦者たちである。
あとは保険が欲しいだとか、何らかのカモフラージュと、やる気の無い者が多めに混ざる。
単に事情があって後半からしか面接に行けなかった人もいるけど、そういった人は少数派。
はっきり言って、やる気がある顔をしているのはほとんどいなかった。
「働きながら、考えを変えてくれることもあるから。ま、そうじゃなきゃ、すぐに辞めていくよ。
1年で半分も残れば上出来かなぁ」
「そんなもの」と割り切った事を言う鴻上さんは、しばらく行動を共にしているからか、やや砕けた口調になっている。
及川准教授や四宮教授はずっと距離感がある丁寧口調がメインなので、ちょっと嬉しい。
まぁ、俺自身、二人を「准教授」「教授」呼びしているので、どっちもどっちなんだけどな。
そうして迎えた4回目の面接、その前の書類確認。
鴻上さんから渡されたコピーされた履歴書。そこに見知った顔が混じっていた。
「……時枝。なんでだ?」
それは、史郎と組んでいた冒険者時代の仲間。
前衛、それも壁役だった「時枝 祥」だった。
「前歴は冒険者。いや、それは分かっているんだけど」
元冒険者が、引退してただの工場に勤務する。
奴は俺と同年代なので、まだ24歳だった。冒険者が嫌になったのなら、幾らでもやり直しができる年齢だ。
だが、なんでピンポイントに俺の出資している工場を選ぶかね?
最終学歴がこの近辺なら、まだ地元住人だから仕方がないと割り切れるんだが。
これで冒険者ギルドを脱退していないとか冒険者資格を返納していないとか、いつでも冒険者に戻れるようなら、俺への嫌がらせとでも考えるんだけど。
しかし時枝の奴は、履歴書を信用するなら冒険者ギルドを脱退し、冒険者資格を返納している。もう一度冒険者になる時は初回以上に難しい試験を課される事になっているため、冒険者に戻ることを考えていないと思われる状態だったので、判断に迷う。
時枝という冒険者の事を思い出してみる。
見た目と中身の一致した脳筋バカというのが、俺の下した奴の評価だ。
粗暴という事は無いものの、あまり深く物事を考えず、さっぱりした性格をしている。
ただ、あの事件の時は俺を詰った一人でもある。
あの変異種を相手に攻めきれなかったのを、単純にパワー不足、装備頼りで鍛え方が足りないと言っていた。普段から俺の戦い方は小賢しいだけで、自分ならすぐに蹴散らしていたとも言っていたな。
俺の事を馬鹿にしていたという訳ではないが、内心では格下扱いしていたわけだ。
悪意は無かったが、だからと言って許せる話でもない。
……ふむ。
俺の感情や今の状況はともかく、奴自身の性格とか頭の出来を考えると、裏なんて無いのか。
いやでも、奴は単なる駒で、黒幕がいるかもしれないし?
「駄目だ。全く分からん」
史郎の周囲には、俺の知り合い冒険者がいる。
彼らから流れてくる情報では、引き受ける仕事のランクこそ下げてはいるものの、最近も特に問題なく冒険者稼業を続けているという話だった。実際、冒険者ギルドのシステムは個人を排除できない仕様なので、仕事を続ける事は難しくない。
つまり、金銭的な理由で引退する事は無いはず。それなのに、何で引退なんかするんだ?
こればかりは、履歴書を前に考えていても分からない。
本人に直接確認するしかないだろう。
「私情が混じるから、俺はパスだな」
俺は考える事をやめて、こいつの面接には参加しないと決めるのだった。
後日。
鴻上さんには俺の事情を説明してあったが、時枝は採用される事が決まった。
一般の応募枠ではなく中途採用なので、時枝が来るのは来月の頭らしい。
「……彼の事情は分かるよ。前職、同業者の視線から逃げたかったんだろう。
この手の評判は、意外と長く残るからな」
この事を話す鴻上さんが時枝に同情的な様子だったのが、印象的だった。
「え? マジ? なんで一文字が居るんだよ!?」
「知らないできたのかよ!」
なお、本人は俺の事など関係なく、ダンジョン用戦闘ロボットの製造元だからという理由で就職先を選んだ模様。元仲間達から誘導されたわけでもない。
世の中は複雑そうに見えて特に裏など無いという、典型的な話だった。
そして。
「ああ、俺だけじゃないぞ。史郎以外の、他の連中も冒険者は辞めた」
俺の所に聞こえていない事実が発覚した。




