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新規事業④ 面接

 就職の案内は、去年の間に手配してある。

 今回俺がお願いしたのは、いずれこちらに回す人員を確保する事。つまり採用枠の拡大だ。


「そんな、簡単な話じゃないんですけどね。人の募集をいくらかけても、工場勤務って人気がありませんから。多少給料高めで釣っても、すぐに辞めていなくなるんですよ」

「そういうものなんですか?」

「そういうものなんです。工業製品って、求められるクオリティが異様に高いので。それこそ、現場の実務担当は全員に熟練工を目指してもらうぐらいですね。それで、そこに至れず心が折れる人が続出するんです。

 生き残るのは、熟練工と心に棚を作るのが上手い人ですね」


 なかなかコメントに困る話だ。

 俺の前歴、冒険者だって離職率が非常に高い職だった。1年あれば半分は確実にいなくなるし、5年持つのは1割程度と、ブラックな職場だ。

 命がけな分、儲けはデカいが、それも下積みあっての話。最初の1年は貧乏生活が約束されている。

 工場でいう所の熟練工になるまで、食っていくのは大変だ。


 当たり前だが、貧乏が嫌で無茶をして死ぬ奴も結構出る訳で……。

 そう考えると、工場勤務って冒険者に比べればまだマシなんじゃないだろうか?

 最初からある程度食っていけるお金がもらえるし、休んだりしなければ給料がいくらかは事前にわかるし、何より、死なない。



 いや。ま、この手の比較に意味は無いから、ここまでにしておくか。

 他がどうだろうが、“今”誰かが辛いのは変わらんからな。

 誰ダレさんよりはマシ。そんなことを考えたところで辛い現実は変わらないだろうから。




 そんな訳で、面接が行われる事になった。

 社長は鴻上さんだが、俺は総務部の人間と称して一緒に面接をする。

 ある程度の規模の会社なら当たり前だが、社長と一対一での面接ではない。


「――高校の、――です」


 最初は男子高校生。

 初々しい、17歳の少年が緊張しながらこちらの質問に答えていく。

 ガチガチなので、彼の素は見えない。


 こういった場でリラックスできなかろうが、工場の戦力として役に立たないって話にはならない。

 実際に求められる能力は、現場でしか見えてこないわけだが。それでも、人間関係をちゃんと構築できるかどうか、現場を乱さないかどうかを確認するために聞き取りを行う。


 上司に何か言われた時、どんな反応をするだろうか?

 指示に対し、ちゃんと動いてくれるだろうか?

 面接で見るのはそれぐらいで良いそうだ。


 そこで問題を起こすような奴であれば「出口はアチラですです、お帰り下さい」と笑顔でサヨナラだ。

 技術はこちらで教え、育てるからどうでもいい。周りと揉め事を起こすような奴は要らん。そういう話である。

 たとえ人手不足だろうが、むしろ人手不足だからこそ、邪魔な人間は要らないのだ。来てくれた人は全員採用などというブラック企業じゃあるまいし、誰でもいいという訳ではないのである。



「さっきの子は駄目だね。あれじゃあ周りと上手くやれない。ちょっと気が弱すぎるよ」

「そうですか? 俺としては3番目の子がアウトですね。いい大学を出ていようが、俺に対して向ける視線に侮りを感じました。『あ。こいつ、大学も出てないのか』って目です」

「ああ。学歴で人を差別するような子は、確かに要らないなぁ。希望部署も希望部署だし」


 面接が一通り終わると、俺たちは面接参加者の駄目出しをする。

 厳しいかもしれないが、お金を出して働いてもらう以上、あまり妥協はしない。

 揉め事を起こしそう、揉め事に巻き込まれそうな人を弾き、無難そうな人をピックアップしていく。


 優秀な人? 残念ながら、ここには来ないかな。

 優秀な人っていうのは、大手企業に行くか、自分で事業を立ち上げるから。

 ここ(工場)に就職しに来るのは、いい大学の問題児か、普通の学校の普通の人なのである。



「では、今回の採用はこの5人ですね」

「はい。内定の通知を出しておきます」


 妥協はしない。

 けど、高望みもしない。

 地元出身の、ごく普通の人を見繕い、内定の通知を出す。


 これで来年、ここに来てくれればいいのだが、内定を複数確保して、一番条件の良かったところに行く人間も中には居るんだ。

 内定を出した全員が来てくれるわけではない。


「採用面接はあと2回ほど行うから。次回もお願いしますね」


 それを見越して、多めの通知を送るのが毎年の話。

 実際に来るのは、半分ぐらいだという。



「世知辛い話ですね」

「もっと条件の良い様に見える所は、幾らでもあるんだよ」


 なお、働く前と後で話が変わるのはよくある話。

 良い条件の会社に採用されたからと言って油断すると、実際は真っ黒な会社で騙された、などという話はどこにでも転がっている。


 有名どころでは、アパレル業界に就職したら、自社ブランドの服を毎月自費で購入する義務(・・)があったという話か。

 それは支給するべきでは? そもそも、そんな話は就職前に言っておけと思うのだが、その会社はそういう慣習なのだと言って聞く耳を持たず、この話をしていた人は初日に退職したという。


 その点、ここの工場は真っ白でクリーンなんだけど。それが分かってもらえるかどうかは賭けなんだよなぁ。



 願わくば、新入社員が大勢確保できますように。

 そのうちの何人かが俺の方に回ってくれますように。


 俺は切実に、そう願うのだった。

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