新規事業③ 新人募集
新入社員が会社に求めるものは、おおよそ二つだと思う。
「仕事に対するやりがい」と「安定した生活を出来る環境」である。
前者は、プロのスポーツ選手が分かりやすいか。
ヒーローになりたい人とか、その世界で生きていきたい覚悟があるから、多少の苦境はただのスパイス。多少の事ではびくともしない、タフな組織人になる。
会社的に欲しい人材は、大体こっち。
組織に所属するモチベーションの高さは、離職や裏切りのリスクを大幅に低減してくれる。
問題点を挙げるとすれば、上昇志向が強い事。
自分のために他人を蹴落とす人間かどうかと言い換えてもいいか。
後者は、生活のために仕事をするタイプ。一般的な会社員などは、このタイプ。
私生活のために働くので、ブラック企業のように給料が安く仕事がキツいとなればすぐに逃げるし、あまり無理も利かない。
無理をさせるなら相応のリターンが必要になるし、相応の動機付けが求められる。
今のご時世で会社が社員に無理をさせれば社長の俺が社会的に叩かれる事を知っていて利用するタイプだと、こっちの持ち出しが多くなって負担なんだけど。けど、一般的な社員はこっちだ。
なお、この他に起業するタイプの人間もいるんだけど、そういった“動き出せる人間”が「社会勉強や数年後の独立に備えた勉強」の場を求めてやってくる可能性も、一応はある。
そうなると話はかなり厄介で、優秀でも排除というか、重要な所は任せられない。
雇う側にしてみれば、辞めるのが前提の彼らは企業スパイなのだ。
一見すると上昇志向が強いだけのように見えるのが厄介で、気が付けるかどうかは賭けになるよ。
まぁ、俺のところに来るかどうかって考えると、まず来ないんだけどね。
「そんなわけで、鴻上さん。よろしくお願いします」
「……ええ。工場も増員の募集は常にかけていますから」
ちなみに、人の受け入れは鴻上さん経由で行う。
俺が代表だと、若すぎて貫禄が無いからだ。
人間、見た目が8割だ。
普通の若造では持ち得ない、おっさんレベルの外見が持つ貫禄がないと、入ってくる人も不安に思うんだ。
そして、俺が表に出ると舐められる。
よく「歳が上だからって威張りやがって」と言う奴がいるけど、そんな奴ほど「年下の上司が言うことなんて聞いていられるか!」と反発する。
トータルで見れば、年下の上司はデメリットが大きい。及川准教授、四宮教授、鴻上さんといった仲間は人間ができているので、大丈夫というだけの、例外である。
俺自身、例えば高校生ぐらいの奴が指示を出すとか言われたら反発する。実績があるとか言われても信用できず、色眼鏡で見る確信がある。
そう。この考えは一般論ではなく、俺の考えなのだ。
俺が普通かどうかは反論があるかもしれないが、そこまで一般から逸脱した考えではないと思うよ。
だから俺は筆頭株主、オーナー、スポンサーではあるが、社長ではないのだ。
社員をまとめるのは鴻上さんと、組織としてはそうなっている。
内心、鴻上さんが俺に不満を抱え、いつか離れていくのではないかとドキドキしてるのは内緒である。
ラノベでは親よりよく見た展開の「欠損奴隷を治療したら、命がけの忠誠心を持たれました」という都合の良い展開は、現実にはなかなか無い。
こちらがしっかりしていないと、そのうち見限られて捨てられるのが当たり前だろう。
ダメ人間を全肯定する、視野が狭いを通り越して全く無い、ロボットのような生き物など滅多にいない。
人も動物も、最初の方は諌めてくれるかもしれないが、ダメ人間にいつまでも付き合っていられないのだ。
自分だけでなく家族もいるなら、一回恩に着せたからと言って、最期まで付き合う義理にはならない。
それが健全な人間関係である。
捨てられたくなければ、誠実であると同時に、自身の努力が大切なんだよ。何もしないで維持できる関係なんてないんだ。
鴻上さんを破産や一家離散の危機から救ったとはいえ、無理を通せるはずもなかった。
相手に尽くさせるだけの歪な関係は、いずれ破綻するのである。
そんなわけで、分かりやすくボーナスをチラつかせ、書面で約束を交わし、お願いだけでなくボーナスもあるよとアピール。
悲しいかな。人生経験の足りていない俺は、無茶に対し金銭で報いるぐらいしか思いつかない。
テストでいい点を取ったらお小遣いアップを約束する親じゃないんだからさ。もうちょっと、なにかマトモな行動が取れないものかね?
やっぱり、俺は上司に向いていないんだろうな。