新規事業②
簡単に言ってしまえば、今回、俺がわざわざ遠方の不人気ダンジョンに行って出稼ぎをする手間を、新しいタイタンと他の誰かに任せてしまおうという話である。
「戦力は十分です。問題は、タイタンと魔石の運搬を任せる人選ですね」
「持ち逃げの危険がある以上、ある程度の信頼関係が無いと駄目だと言いたいのかね?
それならば、大手の運送会社と提携してしまえば済むと思うのだが? 大手運送会社であれば、精密機械など一回の輸送で数千万円分の物資を運ぶ事もあるのだよ。持ち逃げの可能性はあまりないはずだよ」
「まぁ、そうなんですけどね。すみません、どうにも疑り深くて」
今回の件は、まだ企画書も作っていない、草案を作る前の相談である。
まず現状を共有し、俺は一部車両が特殊なので自分の所の人員で回そうかと話を切り出したら、四宮教授は外注を使った方が安心できる事もあるとツッコミを入れた。
外部との業務提携か。
「機密を守る、財産を守るための土台を作る段階であるのは分かるのだよ?
しかしだね。だからこそ、他と上手く付き合う事が大切なのさ。何でもかんでも、自分の所だけで回す必要など無いさ。そういった部署を作るには、これから人を増やし、徐々に育てていけば良いのだよ。
会社はゲームのようにはいかないからね。新人は仕事が出来ないのは当たり前。不真面目ですぐにサボる者、こちらの言う事を聞かない者、言われた事をやろうとしても出来ない者、すぐに会社を辞める者。
面倒くさい人間が多々いて、それらと向き合い、上手く付き合っていく必要があるのが会社を含む組織だよ。君も、冒険者パーティでは大変だったのではないかな?」
「ええ、そうですけどね。こっちも大変だったし、相手も大変だったと思いますよ」
「うむ。不満は、自分だけが抱えているものではないのだからね! 相手の事を考えられるのは良い事だよ! 自分が不満を我慢するかどうかは別問題だがね!」
それと、組織内の人間関係に一言言われた。
部下から上司になると、人付き合いも勝手が違うという事でチクリと注意される。
昔を思い出せば、多数の人間をとりまとめる事が簡単でないのは分かる。
ほんの数人のパーティ内でもああなるっていうのに、もっとたくさんの人間を抱え込むのが大変だというのは、誰だって分かる事。
それで腰が退けていたのを乗り越えて、前に進もうとしたところで冷や水を浴びせられた気分になる。
言いたい事は分かるんだけど、そこまで脅さなくてもいいじゃないか。
まともで、こちらに合わせてくれる人が来るかもしれないじゃないか。
鴻上さんのように、事情を抱えている人なんて滅多にいないけどさ。普通の人間関係って、そんなデカい恩を売って作るようなものじゃないだろ。
ちょっとした積み重ねを積み上げて、関係を築いていくのが一般的な信頼関係じゃないかな?
「そうやって信用したところで、騙され、裏切られ、成果を奪われるのだよ。そんな人を、私はこれまでに何人も見てきたのさ」
たぶん、及川准教授の恩師さんとか、その辺なんだろうなぁ。口には出さないけど。
それぐらいなら、他の組織のほうが大きな看板を掲げている分、新入社員よりはまだ信用できるという事だろう。
人を増やすのは簡単じゃないし、どんな人が応募してくるかも分からないけど、いつまでも身内で小さくまとまっていたら先に進めないし、世の中に取り残されてしまう。
ここはあえて、リスクを取ってでも組織を大きくしていくところなのだ。
「勘違いして欲しくないのだがね。私は反対しているのではないのだよ。
ただ、安易に考えて、何かあっては遅いのだよ。何か起きた時、その時にどうするのか。常に最悪を想定しておく事が大事だというわけさ。
何かトラブルが起きる時と言うのはね、大体新しい人が増えた時なのだから」
四宮教授は、トラブルの原因を4つのM、その変化点で考える手法を紹介する。
人、機械、もの、方法。このいずれかが変化した時に不具合が発生するという、製造業における品質管理の考え方がある。
この中でも、特に新人が来た時のトラブル発生率は段違いに多く、特に注意が必要らしい。
「人間のトラブルが最も発生しやすく、最も大事になりやすいのだね。
それでいて、一番変化しやすい要素なのだから、世の管理職はみんな頭を抱えている事だと思うよ。特に、上下に挟まれた中間管理職の苦悩は計り知れないね」
それは、分かる。
昔のパーティで言えば、史郎がその立場に近かった。
だからこそ、あの時は怒りを感じたものの、すぐに感情が収まったわけだし。
奴の苦労は理解できるので、こちらの幸運と相殺できたんだよ。
その後の取材でも、悪く言わなかったのにはそういう理由もあるのだ。
それでも苦労はしたと思うけど、追撃しなかったのでそこまで酷い事にはなっていないだろうな。
四宮教授は、仲間捜し、組織の拡大には消極的な賛成といったところ。
このままでは手が足りなくなるのは分かっているので、外部協力者で上手く回すつもりだったらしいが。
「自前の人員の方が有利な部分があるのは確かだけどね。その分、人材管理の手間もかかる事は忘れないでくれたまえよ」
うん。
しばらくは外注を上手く使うとして、今後を見据えて人を雇う方向で考えていきたい。
面接はしっかりやらせてもらうよ。俺自身のためにも。