鬼鉄③
大企業の本気は凄かった。
俺との差異が1つでもあってはならないと、テレビ放映された情報で分かる事は全部試していったのだ。
その中には俺が原神たちにダンジョン内のモンスター殲滅をさせている間に合金を作っていたという情報も含まれており、当然のように、自社のロボットで同じ事をやった。
するとこれまで成功しなかった合金をあっさりと作ることができたため、あとは一つずつ条件を変えていき、正解にたどり着いたわけだ。
この方法を発見、いや、確認したのは、日本の電子機器メーカーだった。
自社製ロボットを使ったダンジョン攻略も行っており、その成果として、ダンジョン鉱物の合金化を成功させていた。
そうなると、この合金の製法の特許を取り、特許の使用料を取るというのが通常の流れであったが、この電子機器メーカーは、そうはしなかった。特許申請はしたものの、特許権を主張せず、名誉を取ったのだ。
「私たちがこの製法を見つけ出したのは、とある方の情報提供があったからです。それでこの製法の特許権を行使した場合、それは仁義にもとる行為。会社の品位を大きく落とす事になるでしょう」
言葉だけ聞くと立派な話である。
実際、これで特許権を行使すれば、莫大な収入が得られたのは想像に難くない。
しかし、儲け過ぎれば敵を作る。
他の誰かがやった事の後追いでそんな事をした場合、大衆の反感も買うだろう。
特許権の使い方次第では他の企業が連合を組んで、潰しにかかってくるとも予想される。
それよりも、特許権を行使しない事で名誉を得た方がブランドイメージの向上により、安定した利益を得られる。
目先の利益は放棄する事になるが、特許の取得自体は行っているので、他の企業に良い様にされる心配もない。
特許を持っているというだけで他の企業に対し優位をとる事が可能なので、財産としてはそれで十分。
下手に叩けば返り討ちに遭うので、やるとしても相当入念に手を回さないと、やった側はあっという間に世間を敵にするだろう。
おおよそ、こういった理由で特許権の行使をしないと宣言したと思われる。
その本音が透けて見える発表は一部の人間を苦々しい顔にしただろうが、一般受けは良く、ネットでは賞賛の嵐だ。誰もが褒め称え、ニュースの掲示板で人気取りだというアンチコメントは袋叩きに遭った。
ご機嫌取りだのなんだのと下手な事を言って有料にされるのは痛いのだ。それよりも、無料の方が良い。
そんな考えの人間の方が多かった。
「鬼鉄で剣、いや、刀も作っていましたよね。それはつまり、鬼鉄の――」
「はい、アウト。ネタは横に置きましょうね」
「ははは。しかし、急に時間が空きましたね」
「ええ。予定が一気に減りましたから」
製鉄メーカーの手で鬼鉄が生産されるようになった。
大企業だけに俺が作るよりも高品質な鬼鉄の生産を始めたため、最終的な性能は鉄よりも上という、驚きの結果を出してきた。
素人とは格が違うと、そう思い知らされたのだが。負けた所で何か痛い思いをするわけではないから、全く気にもならない。
それよりも、ゴブリンメタルの需要を作り出すというミッションが達成できたので、俺としては言う事など何もない。
むしろ、俺は大企業を利用して勝利したと言えるだろう。
「ゴブリンメタルの買取が始まったようだね」
「ゴミが資源になった訳ですが。まぁ、二束三文でも売れないよりはマシと。その程度ですね」
ただしゴブリンメタルの買取価格は1kg30円と、屑鉄より安い。
ゼロ円ではないものの、売る気にならない冒険者も多いだろう。
ゴブリンメタルの値段は屑鉄の値段を参考に付けられているため、買取価格の上昇はまず考えられないというのが一般的な見解である。
ここから価格が上昇するとすれば、ゴブリンメタルに何らかの優位性が発見される事だが、そもそもゴブリンメタルの回収はそこまで難しくないため、やっぱり値段は上がらないだろうというオチが付く。
結果、やっぱり冒険者に旨味が無いのが、ゴブリンというモンスターなのである。
ゴブリンは冒険者の練習用に使われる生きた木偶人形、チュートリアルモンスターにしかならない。
ゴブリン専門の冒険者など現れないのが現実だ。
最近はロボットのレベルアップ用に使われるわけだから、すでに扱いはマシになっていると思うけど。
「鬼鉄はともかく、それ以上の鉱石で合金を作るのにはもっとレベルの高いモンスターの命を大量に捧げる必要があるから、不人気ダンジョンは不人気に逆戻りしかねない、と」
「やはり、精霊銀やミスリル、オリハルコンの合金化は急務と言われているからね! そちらに意識が向くのは仕方が無い事なのだよ!」
俺が最初、ゴブリンメタルを扱いだしたのは、不人気ダンジョンをどうにかするためだった。
それはロボット冒険者により一定の成果を上げ、多数のゴブリンダンジョンがロボット冒険者の狩場として活用されるようになった事で達成された。
しかしゴブリンメタルの合金化、鬼鉄の製法が知られたことにより、大企業の目は再び他所のダンジョンに向く。
彼らが保有する上位ダンジョン鉱石類の合金化への道のりが見えてきたからだ。
残念ながら、鬼鉄の生産はそこまで重要視されていない。
それよりももっと儲かる、上のステージが彼らの戦場だからだ。
不人気ダンジョンから企業が撤退するという所まではいかないものの、それでも不人気ダンジョンの担当は閑職になりそうな流れである。
これでロボットに自我を芽生えさせる方法が確立でもすればまた状況が変わるのだろうが、しばらくは話題にもならないだろう。
「光織ちゃんたちには悪いけど、ちょっと今はスポンサーが見つからなくってねー。ちょっとだけ、待ってほしいんだ。ごめんね?」
「いえいえ。テレビ出演は副業でしたので、無くなっても構いませんよ」
「怒らないでー!? こっちが悪かったからさ、またすぐに出番つくるから! ちょーっとだけ、待ってほしいのよ!」
「大丈夫ですよ。ご縁があれば、また出させてもらいます」
「本当!? うん、こっちも頑張るから! 期待して待っててよ!」
テレビ局も、原神たちを大きく取り上げるのは止めるようである。
レギュラー番組こそ残すものの、新規の企画はいったん取り下げ。出番は減りこそすれ、増やさない方向に舵を切った。
プロデューサーさんはその流れを面白くないと思うようだが、スポンサーには強く逆らえない。
もう旬ではないと、せっかくの企画を潰されて涙目であった。
俺たちはそれに巻き込まれ仕事がなくなったわけだが、これについては怒る気にもならないので笑って済ませたら、怒っているのかと泣き付かれたのには困ったね。
これメインで食っている訳じゃないしさ、仕事が無いって騒いだりしないよ、本当に。
鬼鉄1つで周囲の状況は大きく変わった。
襲撃事件で騒がしくなった周囲がちょっと静かになったのだから、どちらかと言えばいい変化だろうか。
ただ、それだけでは済まない。
俺が何かやっているように、周囲の人間だって新しい事に挑戦し、成果を出しているのだ。
「あーーーー!! 先を越された!?」
今度は日本の自動車メーカーが俺や世間に大きな衝撃を与えるのだった。




