襲撃
正直な事を言おう。
防衛網を強化していても、自分が危険な状態にあるとは考えていなかった。
車を運転している人間も、事故を起こせば人が死ぬ。
それを自覚しながら運転しているのは免許を手に入れたばかりの人間や、更新などの講習で危険を叩き込まれたあと、何か危ない事があった直後ぐらいか。
普段は、そんな事を意識しない。
けど、交通事故は起こるときは起こるし、まったく起こらない日などない。日本のどこかで、今日もどこかで事故が起きる。
そして「実際には起こらないだろう」襲撃もまた、本当に行われるのだった。
その日の夜は曇天模様。
雨こそ降っていないが、星や月の見えない暗い世界を進む一団があった。
「ここから侵入するぞ」
その数、二十人。
黒一色の服に身を包み顔を隠した、人に見られれば通報間違い無しの集団が車でやって来た。
彼らは路駐した車から降りると、『ここより私有地。進入禁止』と書かれた看板を無視して俺の山へと入っていく。
半数がフェンスを越えると、外に残った者から侵入者に武器が渡される。
それはどう見ても銃であり、俺を殺すつもりとしか見えない。
「陽動は任せた」
「ああ。中はお前らに託す」
四宮教授の翻訳ソフトにより、理解できない連中の会話が聞こえてくるが、意味を理解したくなかった。
これは本当に日本の出来事なのか。
アラームに叩き起こされた俺は、カメラの向こうの光景を現実のものとして認識できなかった。
モンスターと戦うのと、人と戦うのとはまったく違う。
突然の襲撃に動揺した俺だが、それはすぐに払拭された。
こんな事をするのだから、どこかで訓練してきただとか、戦場経験者とか、そんな連中が来ると考えていた。
これは相当ヤバいと、そんな恐怖心もあったのだ。
けれど、罠に引っかかる彼らを見て、そんな考えは萎んでいく。
明らかに、素人集団だったのだ。
「こいつら、何のために来たんでしょう?」
「軍人などでないのは確かだね。訓練された人間の動きではないね」
スネアトラップに足を引っ掛けられ、転んだり。
落とし穴に嵌まって怪我をしたり。
無造作に置かれた板を踏み、持ち上がった板で顔を打ち、のたうち回る。
そしてそこから学ばず、何度もそれを繰り返す。
「ホーム・ア○ーンを思い出すよ」
「なんですか、それは?」
「古い映画さ。子供が独り、トラップハウスで強盗二人組を迎え撃つ話だよ。名作だから、一度観てみる事をお勧めするよ」
心理誘導など必要無かったと思えるぐらい、何度も罠に引っかかる。
これを見て危機感を持つのは難しい。
「ふむ。唐辛子爆弾は効かなかったね」
「催涙スプレーへの対策はしていたと、そういう事でしょう」
中には効かなかった罠もあるが、それでも通ったルートの罠は、だいたい発動している。
監視カメラも放置されているし、俺たちは呆れるばかりだ。
「こいつらって、生贄とかカナリアとか、そんな連中なのかもしれませんね」
「なるほど。そう考えると、素人を使う理由も分かるというものだよ」
襲撃を成功させようと思えば、こんな連中を送り込むのは無駄でしかない。せっかくの装備も、宝の持ち腐れだ。
しかし、これで俺たちの油断を誘うとか、こちらの仕掛けた罠の情報を得るとか、もしかするとこいつらは囮で本命が攻めてきている可能性がある。
「あ、残りは警察に捕まったみたいです」
「日本の警察というと動きが鈍いとか、そんなイメージがあったのだがね。意外と優秀であったかな」
ただ、銃を手に襲撃してきた連中がいるという時点で、警察には通報済み。そして通報を受けた警察がすぐに駆けつけ、山に登っていなかった連中はあっさりと確保されていた。
監視カメラでそれを確認した俺は、安堵の息を漏らす。
「これであとは山に侵入した連中だけだね」
「念の為、他のカメラも確認します」
警察の山狩りが始まった。
あとは警察に任せればいいので、こちらは安全な登山ルートに誘導を行い、犯人のところまで警官を送り届ければいい。
一応、盾を装備したタイタンも現場に向かわせている。連中の注意を向けさせるタンク役として使うつもりだ。
相手は銃を持っているんだから、支援の一つもしておいた方が良い。
そうすれば、ロボットの地位向上になるだろう。
「未来警察だね! そういうアニメが昔あったのだよ!」
「あー。すみません、元ネタがわかりません」
「それは仕方がないね。あまりいい出来とは言えないと不評であったのだよ」
監視カメラを確認するが、追加の敵影はない。
相手は銃を持ち出していたものの、タイタンに警戒しすぎたため、警官の手により無力化された。
深夜の襲撃は俺たちの出る幕もなく、終わりを告げたのだが。
これも“敵”の一手であると俺が気がつくのは、随分先の話となるのであった。