春に聞く話
四宮教授の「ピッチングマシーンの装備化」案を却下したけど、俺は四宮教授との関係を悪化させたいわけではない。
落とし所として、事前の計画書提出を頼んでおく事にした。
「無計画に手を広げると、どれも中途半端になる。それが問題なんですよね。
だからちゃんと計画を立てて、何をいつまでにするのか。予算はどの程度必要なのか。そこをはっきりさせましょう。
少なくとも、いきなり物を持ち込んで「これをやりたい」なんて言い出されても、対処しきれんのですよ」
「しかしだね。レベルアップというものは、あまり結果を予測できない物だと思うのだよ。そうなると、計画を立てると言っても、思うようには行かないのではないかな?」
「いやいや。先は予測できなくても、何を期待してやるかと、いつぐらいに結果が出るっていうのは分かりますよね。そこはもう、目的意識をはっきりさせるだけでもやらないと。
計画をきちんと立てて、状況を管理しましょう。色々と手を出すのはいいけど、無計画は時間と労力の無駄です」
「やれやれ。それならばこのボールは一度持ち帰り、計画書を書くとするよ」
焦って場当たり的に何かするのではなく、明確に目的を持って動くのであれば、俺もそこまで反対はしない。
だから落ち着いて、やるべき事をやって欲しい。
そうすれば、安心してやっている事を見ていられるのだ。
強引に物事を推し進め、無理をしても、得られる結果などたかが知れているし、失敗のリスクも大きくなる。
絶対に成功する確信を得るまで新しい事をやるな、なんて馬鹿な事は言わない。
けど、後先考えずに突っ込むのも、やっぱり駄目だと思うよ。ちょっと考えれば分かるリスクぐらいは先に対処しないとね。
俺の反対にあった四宮教授は多少の食い下がりを見せたが、それでも最後にはこちらの言い分を飲んでくれた。
これは俺の意見が正しいと認めたというよりも、年上としてスポンサーである俺の顔を立てたと言うべきか。
こちらが出した妥協点に従い、計画書を用意すると言って引き下がる。
「そういえば、ですけど。四宮教授の娘さん、大学受験はどうなりました?」
話はこれで終わり。
そこで俺は、計画書を書くため部屋に戻ろうとした四宮教授を引き留め、世間話をすることにした。
四宮教授に見えた焦りが何なのか、それを量るために、当たり障りのない話題を振ったつもりだった。
だが、これが失敗だった。
「娘……。ああ、うん。そうだね。ここに来たのも、元々はあの子のためだと思っていたんだよ……。ははっ」
四宮教授は目に見えて落ち込むと、乾いた声で笑い、虚ろな表情となった。
「あ。地雷を踏んだ」と、俺はそう理解した。
「娘、美耶はね、本命の大学には落ちてしまったんだよ。
保険で受験した、ワンランク上の大学は受かったというのにね」
「それは……そういう事もあるんですか?」
「どう、だろうね? 私も、そういった話はあまり聞いた事が無いのだよ。本命の大学を受ける時だけ、調子が悪かったという事かもしれない」
四宮教授の娘さんは、父親限定の反抗期と言うか、長すぎる思春期と言うか、四宮教授と折り合いがつかなかった。だから娘さんの大学受験を控えた時期に、四宮教授は気を遣ってダンジョン前まで引っ越しをしてきたわけだ。
その娘さんはと言うと、行きたかった大学にだけ受験失敗。滑り止めとかの大学にはしっかり受かったが、奥さんからの情報では荒れているのだという。
ここで四宮教授が家に戻れば、娘さんは更に荒れるだろう事が容易に想像できる。
だからそろそろ家に戻りたかった、家族と暮らしたかった四宮教授は落ち込んでいるのだ。
「美耶の心の整理がつくまでは、ここでお世話になりたいのだが、構わないかな?」
「いや、それは別に、大丈夫ですよ」
四宮教授の中にあった焦りのような感情は、自分を仕事に追い込み、他の事を考えられなくしようという、自己防衛本能だったのかもしれない。
目の前の仕事に集中するため、仕事の量を増やそうという、そんな考えだったようだ。
酒に逃げるよりはマシだろうけど、身体を壊さないか心配になる。
「とりあえず、ですが。仕事というなら、原神の会話機能追加に、何か使えるものを考えてみてください。どうして会話できないかを考え、対策でも用意してもらえると助かります」
「そうだね。そうさせてもらうよ」
心労で自棄になるかもしれない。
そんな四宮教授が少しでも楽にするため、俺は未解決の問題を片付けてくれと、そんな要望を出しておく。
原神の会話能力については、俺たちが何もしなくても経験と学習でいつか自力で喋れるようになるかもしれないけど、その手助けをするぐらいはできるんじゃないか。そんな期待を込めている。
もしかしたら解決不可能な話かもしれないけど、挑む分にはちょうど良いだろう。
結果が出ると嬉しいんだけど、どうだろうね?
これは後で知った話である。
娘さんの行きたかった大学だが、今年は運の悪い事に、どこかのイケメン芸能人が入学したらしい。その芸能人は情報規制をしていたので一般には知られていなかったんだけど、ごく一部の、ファンの間では知られた話だったようだ。
それで普段よりも倍率が上がり、そんな芸能人に興味の無い娘さんがはじき出されたのだとか。芸能人の追っかけの熱量が、娘さんの努力を上回ったらしい。
冗談のような話だが、実際にあった事なので、なんとも言えない。