問題山積み(四宮暗躍)
ダンジョンのある山から少々離れた所にある貸しビル。
そこには、多種多様な人間が集まっていた。
集まったのは、ソフトウェア研究者の四宮と、彼に声をかけられて原神を見にきた研究者たちだけだ。
一文字はこの場にいない。
ネットワーク上ではなくリアルでやり取りするのは、オンラインでは防ぐのが難しい情報の中抜きをさせないためである。
この場にはソフトウェア関連のプロが大勢いるが、それでもハッキングやクラッキングを絶対に防げるとは言い難い。
それぐらいなら、盗聴対策の方がよほど簡単なのである。
「さて、みんな。みんなは光織たち原神をどう見たかな?」
四宮は自分が集めた研究者を見渡し、意見を求めた。
その顔は穏やかで、特に気負った様子はない。平常運転である。
「5歳から6歳ぐらいの、幼い子供のように見えたね。親と自分だけの世界に生きているように見えたよ。
ここから友達付き合いなどを通して世界を広げていくのだろうが、親である一文字の影響が強すぎる。
四宮。残念ながら、君の影響はさほど大きくは無い様だぞ。仮にも父親であるなら、もっと子供の関心を引くことができなかったのか?」
「ははは。無茶を言わないでくれたまえ。あの子たちは最初から一文字君に執着していたよ。それこそ、私が入り込む隙間など無いぐらいにね」
最初に意見を口にしたのは、ノンバーバルコミュニケーションの専門家である。
彼は原神たちの行動パターンを若年層の子供に当てはめ、だいたいの年齢を割り出した。
彼の目には、原神が5歳児ぐらいに見えたようだ。
「身体制御能力が高いから物真似も上手いけど、物真似の上手さと年齢は関係なかったわね。
考え方が短絡な所も、子供ならではの視野の狭さね。親が猪を食べられないからと落ち込んだのを見て、『じゃあ自分が狩りに行こう。そうすればきっと喜んでくれる』だなんて、本当に子供そのものよ」
「真似るのが上手いという点は、モーションキャプチャーのソフトを積んでいたからかね。元からある機能を十全に使いこなしていると考えられるな」
「逆に会話が出来ないのは、会話をするための基礎知識が最初にインストールされてなかったからと考えられますぞ。聞き取る事と、発言するのは全く違う思考を必要としますからな」
一つ意見が出ると、そこから連鎖的に推論が飛び交う。
彼らは他人の意見を否定するのではなく、ただ自論を口にしていく事で、発言しやすい場を作り出す。
まずはどんな意見でもいいからより多くの持論を展開し、それらをまとめ、整理するのがブレインストーミングの基本だからだ。
ここで行われる会話は録音されると同時に、自動的に発言の流れごとに四宮教授のパソコン上に記録される。
そうして四宮教授のパソコンからそれぞれのパソコンにローカルネットで共有されていく。
「やはり、基本となるプログラムが進化ロボットの自我の根幹を成していると考えられるのだよ。能力の方も、それに準ずるのではないかね?」
「では、自我を得るタイミングで持っているソフトウェアを選別する事で、ロボットの性格をある程度コントロールできると見て良いのではないかな」
「その場合、コンピューターウィルスに汚染されていると、どうなるのかしら? もしくは、ハッキング用のソフトをインストールされていたら?」
「ハッキングを得意とするロボットができるかもしれない。ははっ。そうなったら、我々は手も足も出ないのか? どこのSF世界だ、それは」
彼らが調べてきた情報をまとめると、原神たちの人工知能、その進化は、あくまでも“進化”でしかないという結果が出てきた。
それは、原神が元々できた事を、より高いレベルで出来るようになったと、そういった変化が見られただけという事だ。
原神は、元から人の動きをトレースする機能があった。だから物真似が上手い。
原神は、スマホアプリによる操作だけでなく、音声による命令ができた。だから人の言っている事が分かる。
それらは全て、「元からできた事の延長線上にある」というわけだ。
「発声機能があったなら、喋れるようになったと思うか?」
「多少でも、対話ソフトを組んでおくべきだったか」
「後付けでソフトを足せないのが痛いな。今後のロボットには、絶対に組み込ませるとしよう」
そして、出来ない事は出来ないままとなっている。
その最たるものが会話能力で、原神はアクションによる自己表現は出来ても、喋る事ができず、筆談もできない。
四宮教授や及川准教授は、災害救助用の時には対話機能を組み込む計画を立てていたものの、ダンジョンでの戦闘用として作った光織たちにはそういった機能など不要と考えていたので、用意していなかったのである。一文字も、そんな機能を付けてくれとは言っていない。
会話を求められなかった、戦闘用ロボットの悲劇である。
その後も彼らは議論を繰り返し、いくつもの仮説を立てていく。
それは、一文字が知らない所で行われた、知らされることの無い話であった。