問題山積み(肉)
「残念ながら、イノシシは病気持ちだったそうだよ」
「つまり、食えないわけですね?」
「悲しいが、その通りなのだよ」
先日、俺たちが狩ったイノシシ。
肉を切り分け熟成させ、さぁ実食だと思っていたんだけど、解体を依頼した業者から、このイノシシ肉は食えないと連絡があった。
「これがジビエの難しさだね。獲物が見つかるかどうかも分からず、見つけた所で狩れるかどうかは運次第。狩った後も、こういった事があって肉にありつけない。しかも、食べられるようになったとしても、その肉が美味しいかどうかは賭けになる。
もっとも、だからこそ、美味しい肉に当たった時は最高の気分になるのだろうね」
悔しそうに現実を説く四宮教授。普段と違って、声に力がない。
俺も牡丹鍋を楽しみにしていたので、男二人、顔を突き合わせて肩を落とす。
悲しいけど、お肉は諦めないといけないのだよね。
それでも諦めきれなかった俺は、ネット通販で売っていた猪肉を購入することにした。
今の世の中、ジビエだって割と簡単に手に入る。
狩猟期は終わっていたが、春先は終わって間もない時期のため、通常よりも出回っているのだ。
普通に豚肉を買った方がよっぽど安くつくんだけど、頑張ったんだから多少の贅沢は許されると思う。
さて。猪肉を頼んだんだから、明日は牡丹鍋に入れる、他の具材でも買いに行こうか。
そんな事をしていた翌日。
猪肉は頼んで2日後、明日届く予定なので、今日のうちにスーパーで買い物をと思っていたんだけど。
「これ、逃がした雌イノシシか?」
「うーむ? さすがに見分けがつかないね!
しかし、問題はこのイノシシがあの時のイノシシかどうかではなく、どうしてここにイノシシが倒れているのかという事だね!」
朝、いつものようにコンテナハウスを出ると、ドアの前にイノシシが倒れていた。
頭から血を流しているけど、まだ死んでない。先日、俺が殴り倒した雄イノシシと同じ状態である。
もちろん、俺はやっていない。
四宮教授も、心当たりが無いようだ。
そうなると、犯人というか、ここまでイノシシを運んできた者は、すぐに特定される。
「光織、六花、晴海。っこれはお前たちが持ってきたのか?」
残ったのは、原神の三人だ。
彼女らが猪を狩って運んできたというのが正解だろう。
俺が視線を向けると、三人とも首を縦に振った。
どうやら、夜のうちに自己判断で山に入り、このイノシシを狩ったようだ。
「はぁ。気持ちは嬉しいし、感謝しているけど、三人だけで行動されると、残された俺が心配するだろうが。俺はお前らに何かあって欲しくないんだよ。
今後は、せめて俺に一言連絡を入れてから狩りに行くように。いいな?」
「ありがとう」と感謝の言葉を告げるよりも、俺の口からは小言が先に出てきた。
イノシシはゴブリンよりも強い。
そして山での戦闘は、ダンジョンよりも足場が悪くてコツがいる。
過保護と笑われるかもしれないが、レベルアップの足りない原神たちにはまだ早いと思うのだ。
せめて俺の目の届くところでやって欲しいと、心からそう思った。
そんな俺の言葉に、原神たちは悲しそうな雰囲気となる。
喜んでほしくてやった行動が裏目に出れば、落ち込みもするだろう。
原神の心はまだ幼い子供のようなものなので、涙を流す機能があれば、声を上げて泣いてしまっただろう。
ここで下手に褒めれば、同じ事を繰り返すかもしれない。
駄目な事は駄目だと、ちゃんと教え、叱るべき時は心を鬼にして叱るべきだろうけど。
「ま、同じ事を繰り返さなければいいよ。反省しているか? なら、もういい。
ありがとうな。こいつが食えるかどうかはまだ分からないけど、食えると良いな」
そう思っていても、つい、甘い言葉をかけてしまった。
落ち込んだままにしておけなかった。それだけの理由で、正しい態度を取り続けることができなかった。
まったく。情けない。
甘い言葉をかけ頭を撫でてやれば、原神たち三人は目に見えて喜んだ。
さっきまでの泣きそうな雰囲気は消し飛んでいる。
こういった所も、子供っぽいと思う。
「では、このイノシシはまた業者に引き取ってもらうのだよ。連絡を入れておこう」
四宮教授は、そんな俺たちをニヤニヤしながら生温かい目で見ていた。
くそう。この状況では反論も何も、できやしない。下手な事を言えば、せっかく機嫌の良くなった原神たちがまた落ち込んでしまう。
それに、下手な発言は原神たちの教育に良くない。今はまだ喋れないけど、喋れるようになった時の事を考えると、俺の口から、悪い言葉を覚えさせたくない。
心の中で「あとで覚えておけよ」と四宮教授を睨み、俺は原神たちの相手をするのだった。
後日、三人が狩ってきたイノシシは無事だったという連絡を受け、その肉で牡丹鍋や唐揚げ、カツなどを作ったのは良いんだけど。
「1頭20㎏か。半分売ったと言っても、これを2人で食いきるのは、骨ですね」
「……鍋は大勢で囲むものだよ。学生たちを召喚しよう」
何も考えずに肉を半分回収した結果、あまりの量にすぐには食いきれず、しばらく肉三昧の生活を送る事になった。
原神たちが狩ったイノシシの肉なので、俺たち二人がメインで食べるのが筋だろうと、気合を入れた結果がこれである。
「一部はハンバーグにしておくよ。食感を変えるだけでも食べやすくなるからね!」
シンプルにステーキや焼き肉にして消費するのが一番だけど、それだと、すぐに飽きてしまう。
もう少し考えて行動するべきだと、しばらくの間、冷凍庫を見るたびにそう思うのだった。




