俺はこうしてダンジョンを手に入れる(前)
「ごめんください。お隣に越してきた一文字です」
「はーい」
俺はお隣さんのところに、挨拶に来ていた。
お隣さんといっても、俺と同じく山を持つ相手で、直線距離で1㎞ほど離れた所に住んでいる人だ。
色々と、距離感がおかしい。
けど、おかしくない。
そうせざるを得ない理由があるから、仕方が無いのだ。
お隣さんは、山の地主であるが、山に住んでいるわけではない。
普通に、町に家を持っている。
山は資産として運用されていただけなのだ。
山を持っているからといって、不便な山に住んでいる人間の方が少ないのは当たり前である。
特に、『不人気ダンジョンがある山』に住みたいもの好きは滅多に居ないだろう。
出された茶菓子はかなり美味しい。
俺の馬鹿舌ではお茶の味はよく分からないけど、渋くて飲めないとか、そういう事は無いかな?
要するに、歓迎されているという事だ。
「わざわざ来ていただいてありがとうございます」
「こちらこそ、挨拶が遅くなり申し訳ありません」
応対に出てきたのは、気立てのいい老婦人だ。
彼女は『支倉 桜』という、隣山の所有者である。
朗らかで社交的な雰囲気で、柔和な笑みを浮かべつつ、俺の相手をしてくれている。
「電話でお話ししたとおり、ダンジョンの『掃除』をこちらに委託しませんか、というお話です。
近所ですので交通費もさほどかかりませんし、緊急の対応もできます。他にお任せするよりも楽ではないかと思うのですが」
「本当に、お願いできるのかしら?」
「ええ。お任せください」
ダンジョンは、長い間モンスターが倒されないと、周囲にモンスターをばら撒くのだが、ロクでもないドロップアイテムしか落とさない不人気ダンジョンは冒険者が見向きもしないので、どうにかする手段があまりない。
仕方が無いからと、クエストを出し、金銭で冒険者を呼び込んでいる。
ただ、そうやって無駄に管理費用がかかるのが嬉しい地主はおらず、出来るだけ経費を抑えたいというのが人情だ。
付け加えるなら、同じ金額でもいいからとにかく安全にダンジョンを封じ込めたいと考えている。
安く経費を抑えて人死にでも出たら最悪なのだ。
なお、費用は一回10~20万円が相場である。
税金、装備のメンテ費用、交通費、参加人数などなど。状況によって金額が増減するけど、リスクと手間を考えると儲けにならないので、これはボランティアに近い。
……お金に目のくらんだ素人を投入した場合、発注元が責任を負うシステムのため、下手な相手に依頼できないという縛りもある。世知辛く、面倒ばかりであった。
俺が提示する金額は、相場の半額以下の5万円。
普通に考えたら採算度外視で、継続的な契約が望めないような内容であった。
「一回の費用が5万円という話ですけれど。本当に大丈夫なのでしょうか?」
「ええ、勿論です。それでも十分黒字になる算段があるからこそ、こうやってお話をしています。交通費がかかりませんし、これぐらいのダンジョンでしたら私一人でもお掃除は可能ですし、特殊な装備を必要としないのでコストも最小限で済みます。ちゃんとした、共生ですよ。
掃除に関しては録画も行いますので、映像データでこちらの仕事ぶりを見ていただければと思います」
ただ、「うまい話には裏がある」とばかりに疑念を持たれているようだ。
支倉さんにしてみれば、本当であれば嬉しいのだろうが、簡単に信じすぎるのも良くないので、こちらに根拠の提示を求めてきた。
言葉で説明したところで信じるのは難しいだろうから、あとは俺が実際にダンジョンに行って、それで確かめてもらうのが一番だと思う。
もっとも、私有地ダンジョンでは怪我人が出る程度ならまだしも、死者が出ると相当不味いため、入る人間の選別は行わないといけない。
入ってから確認する、では遅いのだ。
「確認のため、浅いところで戦います」と言われたところで、俺が奥に行かないという保証にはならない。支倉さんが同行するというのも、行った所で何もできないし、足手まといになるだけ。
かと言って他に人を雇うようでは本末転倒、意味が無い。
こちらとしてはダンジョン内ではインカムを使い行動を記録する約束を担保としたいのだが、冒険者時代の俺の実力は確認できても、人格までは読み切れないため、支倉さんは煮え切らない態度になってきた。
言葉にはしないが、俺としてはただの暇潰しが主目的である。
実際は金銭的な負担などどうでもよく、暇潰しで暴れる――言葉にすると、危ない人みたいだな――場所が欲しいだけだ。
まったく金銭を要求しないというのも不自然なので、現実的に赤字にならない程度の金額を請求しているというのが実情であった。
正直、他人の私有地にあるダンジョンに入るため、許可が欲しいというのが俺の考え。
それを不自然に見せないために色々と言葉を尽くし、信用を得ようとする。
その中で、本気という訳ではないけれど、俺はつい、余計な一言を足してしまった。
「まぁ、管理などと言わずダンジョンのある土地だけをこちらに譲渡していただくという形でも構わないのですけどね。そうすれば面倒も何も起きません」
支倉さんの瞳が、きらりと光った。