海外出張の基本
「ありがとうございます!」
「日本の米。うどんに蕎麦。これで我々は、あと一年戦える」
「海苔だ。梅干しもある……」
海外出張で食事に困る。
ごくありふれた話である。
それはここ、自衛隊の前線基地にも当てはまる。
基地について早々、上への挨拶を済ませた俺は、日本政府に無理を言い持ち込んだ物資の一部を提供するべく、調達部にやってきた。
援護射撃用に、滞在期間の長い隊員も連れて。
結果は上々。
日本食に餓えていた人がいて、その人はこちらが引くぐらい食い付いた。
飯の味など気にしない人は気にしないのだが、それでも慣れた味があれば喜ぶ事もある。
中国にも日本の食品メーカーは進出しているが、どうしても現地生産の、現地向けの味付けになる。
日本人の口に合わない商品しか作っていないのだ。
なまじっか日本の食品メーカーだからと信じて口にすれば、裏切られることになる。
海外に行くと、そんなことばかりだと四宮教授がアドバイスしてくれた。
ごく一部の人以外、俺の「善意の差し入れ」に感謝する流れとなった。
一部の例外、「善意の差し入れ」に感謝できない人は、俺の前でわずかに顔を引きつらせる。
「今回の支援物資は、今後も定期的に持ち込む相談をしています」
調達部の人にしてみれば、物資の支援はただ手放しで喜べる物でもない。
物資の受け入れにかかる手間、物資を保管する場所の手配、保管時に求められる環境の確認、余計なものが紛れ込んでいないかのチェック。
仕事がかなり増えるからだ。
それぐらいなら、お金だけ貰い、現地で調達する方が楽である。
日本からの持ち込みにはお金がかかるので、その方が安くつくという事実もある。
問題は、現地で購入する物資の、品質への期待値の低さなのだが。それは安く済ませるのなら、優先して目を瞑る項目だったのだ。
旨いものが食べたければ、自分でお金を出して食いに行けというブラック企業スタイル。
それが食にこだわる日本人かと言われそうだが、ブラック企業などはその程度の認識だったりする。
それに、短期間なら旅行と同じで、日本的ではない味も楽しかったりするからな。
長期間になると話が変わるだけで、ね。
「ええ、本決まりではありません。仔細は、私が現地の仕事を終え、日本に戻ってからですね」
嫌な話だが、今回の差し入れだけでは、弱い。
差し入れをしたことで現地の自衛隊から歓心を買うことは出来ただろう。
しかし、一回限りの差し入れでは、どこまでこちらに協力的になってくれるか分からない。
もっと強い歓心を買い、彼らには俺を守ろうと考えて欲しい。
だから、継続的に支援物資を送りますよ。それはうちの会社が主導しますよと、そんな話を進めることになった。
「俺が生きて帰れれば、今後も日本の物資を届けますよ」と、そんな話をこの前線基地に広めてもらう。
付いてきてもらった人に、積極的にやってもらうよ。
自衛隊は軍組織なので、上司の命令は絶対だ。
上が俺を切り捨てろと言えば、俺を切り捨てるしかない。
しかし、歓心を買い、今後も支援してくれる“仲間”を切り捨てて何も感じないほど、人は冷徹になれない。
人道に反する命令なら、尚更だろう。
必ず感情にしこりを残す。
そんなことが続けば人は長く務める事などできず、組織が弱体化する。
それを考えれば、俺の一手はそう悪いものではないはず。
考えすぎかもしれないが、打てる手は打っておきたい。
こういう安全確保は、やりすぎぐらいでちょうどいいのだ。




