日本最強
「元々、次世代が育てば引退するって約束だったのさ」
驚く俺を無視して、自分はもう冒険者ではないと九条さんは笑う。
後進が育ち、もう自分が引退しても日本は大丈夫だろうと安心できたから、生き残った老兵として戦場を去るのだという。
本人にしてみれば、この上なく素晴らしい幕引きなのだろう。
しかしこの人、『日本最強』の看板を背負った冒険者だったんだけどね。
ここまであっさり引退されると、これも周囲に大きな影響が出る。
危険なダンジョンがあったとしても、『日本最強』が居るってだけで安心感が半端ないんだよ。
俺自身、前に『火龍の塒』で特殊個体がでた時にお世話になったし。
この人がいなくなったら、ダンジョンの理不尽におびえる人は誰が助けるんだよ。
「はぁ。そんなモン、お前がいるだろうが」
「はい?」
「分かってなかったのか? 今は、お前が『日本最強の冒険者』なんだぞ。
……その顔は、本当に気が付いていなかったみたいだな」
俺の思考が追いついていないところに、更に爆弾が投下された。
『日本最強』?
俺が?
「ま、単純にサシでやりありゃあ、まだ俺の方が上だな。
けどな。強いってのは、ガチンコでやり合うだけじゃない。持ってる装備、環境への適応能力、率いる仲間。そういったのも含めて『最強』なんだよ。
出せる結果の大きさが最強の証明なんだ」
言われた言葉が頭にゆっくり染みてくる。
確かに、バトルクロスで環境に適応できるかどうかは大きい。九条さんは付いてこれる仲間がおらず普段は単独行動だったが、俺には三人娘とか仲間もいる。
個人ではなくチームとして見れば、ダンジョンへの対応力"だけ”は、確かに俺の方が上である。
ただ、戦闘能力の方はどうだろうか?
絶対に勝てないと言う気は無いけど、そこまでこっちが上という気はしないし、何でもアリなら下手すりゃ負けると思う。
正面からやり合えれば勝てるだろうけど、ダンジョン内でヒット&アウェイやられたら、たぶん無理じゃないかな。
部隊と個人じゃ、取れる戦術の幅が違うってのは分かるんだけどね。
一点の突破力というか、積み重ねた戦闘技術の年期の差というか。九条さんの実力を知っていると、どうも自分の力がまだ見劣りするって思ってしまう。
史郎たち昔の仲間に「中途半端な器用貧乏」って言われた事なんてもう気にしてない。
当時の自分が中途半端だったのは間違いないが、今の自分が強いことも確かだからね。
人間は成長するんだよ。
いつまでも弱いままなんて馬鹿な話も無い。
自分が強いという自覚ならある。
けど、まだまだ自分に成長の余地はあるし、目指す先がハッキリしているので、『日本最強』と言われてもピンとこない。
目指す背中を追い越した後で言われたなら、まだ受け止められるんだけどな。
まだまだ頑張らないと、って思ってた所に「お前がNo1だ」なんて言われても、すぐには納得できない。
ウダウダしているけど、急に言われても困るんだから仕方ないんだよ。
……そのうち、正式に『九条さんの引退』と『俺が新しい日本最強』って話が広まるんだろうけど。
そうなると、これまで以上にメディアに対応しないといけないかぁ。
めんどくさい。




