分裂・分解④
非常に厄介な状況だ。
あの氷スライムのことを、俺たちは単なる自爆要員としてしか見ていなかった。
実際は、氷スライムの自爆は自身の体を砕き、分裂して敵に付着させ、そこからバレないように攻撃するというもの。
それを知らず、対策を怠ってしまえば、もう遅い。
見事に敵の“初見殺し”が決まってしまった。
俺は一人目の男性の『処理』を終えると、二人目として、近くにいた女性へと目を移す。
すると、例の馬鹿冒険者が再び声を上げた。
すでに抱え上げられた後だったのでタイタンが藻掻く馬鹿を止めているが、そうでなければ俺に食ってかかってきただろうな。
「待て! まだ何か、手があるはずだ! 止めてくれ!!」
「分かった。待とう」
「え?」
現実を直視できない人間の、感情論だけの台詞。
俺は迷うことなく、次の被害者へと歩を進め、そちらの処理を優先する。
自分の意見が受け入れられたのが不思議そうな馬鹿冒険者は、こちらの反応が予想外だったのだろう。呆けた顔でフリーズした。
その間に、俺は四人の被害者のうち三人の処理を終えた。
ここからが、面倒臭い話だ。
「待つのは構わないが、どうするんだ?
このままでは、お前の恋人は氷スライムに体を内側から食われ、死ぬぞ。呆けてないで、答えろ」
「え? いや、その……あ、足を切らずに助けてくれ!!」
「俺には無理だ。そんな手段は無い」
「何か、何かあるだろ!!」
「少なくとも、俺は知らん。
急げよ。早く方法を示してくれないと、膝下どころか太ももから先を斬らなきゃいけなくなる。
いや、死ぬぞ」
「あ、ああああぁぁぁっ!?」
こっちも人間だ。たぶん。
残念ながら、今の段階で打てる手は、足の切断だけである。
早く処理すれば早さに応じて足が残り、命を繋げる。
それをわざわざ止めてまで何を言うのか待ってみれば、分かりきっていたが、完全な無策。
こちらの予想を覆してくれる可能性に期待してみたが、無駄だったようだ。
「いたい! たしゅけて!」
件の彼女は、体を食われる痛みに泣き叫んでいる。
そんな彼女を前に、ただ足を切られるのは嫌だと我が儘を言うだけの恋人。
こちらも基本は人命優先、救える命は救っておこうと思っている。
だから物理的に止める手段を持たない馬鹿は無視してしまおうと、俺は剣に手をかけた。
「そうだ! 氷スライムなら、足を温めれば!」
「凍傷の人間の体を急激に温めた場合、患者が死ぬぞ。殺す気か?」
「きっ、貴様ぁぁっ!」
最後の悪あがき、出来もしない手段を口にした馬鹿に反論しつつ、そのまま処置を行う。
食われる痛みから解放された女性は意識を失い、静かになった。
最後の女性もなんとか膝が残る程度で済んだ事にホッとする俺。
状況をわきまえず激高する馬鹿。
俺の処置が正しいかどうかは横に置き、嫌なものを見ることになり苦い顔をする面々。
場の空気は最悪である。
一応、今回の処置が適切だと主張できるように、最後に切断した彼女の足だけは、しっかりと観察しておく。
表面だけでなく断面からも氷スライムがにじみ出ている様子を記録しておけば、外に出た後に捕まることはないだろう。事情聴取はされるけど。
これで問題解決、などとは言えない状況に、俺はバトルクロスの中でため息をつくのだった。




