分裂、分解①
あの騒動の後に待っていたのは、地獄のような空気である。
馬鹿発言をした冒険者については、そのまま置き去りにしたかった。
これは俺だけでなく、あの場にいた全員の総意である。
しかし、そんなことをすれば間接的な殺人である。
残念ながら、非常に残念だったんだけど、仕方がないので一緒に連れて行くことになった。
冒険者の何人かは「置いていくべきだ」という意見を直接口にしていたが、不快な発言へのカウンターであろうと法的にはやり過ぎと見なされる。
視野の狭い馬鹿な発言に引きずられて自身が同じ事をしては本末転倒だ。不本意だが、俺が説得した。
渋々ではあったが、一応は納得してもらえたよ。
もう一つの問題として、馬鹿を殴った淡島一尉の立場が悪くなったことも問題だった。
感情論としては間違ってないけど、自衛隊の隊員、しかも部隊を率いる隊長としては失格だったので、その評価も仕方がない。
あの一発で淡島一尉は一部の冒険者から株を上げていたが、トータルで見ると、周囲の評価はかなり下げられていると思う。
部下二人からはもちろん、冒険者たちからも「感情で人を殴る奴」と思われてしまったからだ。
「怒らせなければそれで良い」と言ってしまえれば楽なんだけど、初見の人に会話の地雷が分かるはずもない。
これまで多少はあったお喋りが、ずいぶん減ってしまった。
酔いとの戦いを繰り広げている人には辛いだろうね。
ともかく、場の空気が悪いまま、重い足を引きずるように移動を続けた。
俺たちは二日目拠点キャンプで物資を回収し、少し進んだところで一日の移動を終える。
残り二日、何事も無く終わって欲しいと、叶わないだろう祈りを捧げながら。
これは後で知ったことだが、淡島一尉の友人の友人が大麻栽培で捕まったことがあったのが、思わず手を出した原因の一つらしい。
友人は陸自ではなく海自所属で、問題の男も海自所属だったのだが、それでも逮捕後の調査で迷惑をかけられたという。
その時に何があったのかは詳しく聞けなかったが、麻薬関連は淡島一尉の逆鱗という訳だ。
もちろん、淡島一尉は身の潔白を証明し終えている。
普段から麻薬関連の話題を振る奴なんていないし、淡島一尉自身が麻薬を所持していると疑うような言われ方をされなければ、特に問題を起こさない。
精々、麻薬関連の話題が出ると普通の人より機嫌が悪くなるぐらいで、周囲もそこまで気にしていなかった。
今回の一件は特に、救助対象の冒険者の態度が悪かった事でストレスが溜まった上での問題発言だったため、ああなってしまったと。
個人的には淡島一尉に情状酌量の余地が多分にあると思うのだが、自衛隊としては厳しい処分を下さないわけにも行かず、彼には降格を含む厳罰が下される。
まぁ、死なず、生き残って罰を与えられたって言うのは、まだ救いがあると思うけどね。




