凶兆①
「――では、出発する!」
「はい」
「……うす」
「わかり、ました」
翌朝、予定より少し遅めの時間帯。
朝食を取り終えた俺たちは、拾った冒険者たちをタイタンで運びつつ、行動を開始した。
出発が遅れた理由だが、冒険者たちに今後のダンジョン脱出計画を説明していたからである。
そしてこちらの説明に不満を持った一部が反発し、それを抑え込むのに手間取ったからだ。
「食料を受け取りながらも、あれだけ文句を言うのはどうかと思う」
「仕方がありませんよ。彼らは結局、一般人なんですから。我々公僕とは違います。
言うなれば、ウルトラマ〇に助けられた人が、〇ルトラマンの戦いに文句を言ってしまうようなものですね。『スペシウム〇線を戦いが始まった直後に使え。そうすればもっと被害が減ったはずだ』とか、聞いたことはありませんか?
本当に文句を言うべきは襲ってきた怪獣なのですが、それでも人が文句を言うのは、ウル〇ラマンの側なんですよ。直接自分たちを攻撃しない方が、攻撃してくる方より言いやすいんです。ネットの書き込みなどと同じ心理でしょうね」
文句の内容は、「そんなに早く移動できない」「そんなにゆっくりせず、もっと早く脱出できないか?」「もっと質のいいポーションを持っているはずだ、それを出せ」などである。一部言っていることが矛盾しているが、個人の意見であり、総意ではないから要求などに食い違いがあるのだ。
そんな意見、要望をすべて受け入れられるはずもなく、むしろそんな意見を一つでも聞き入れてしまえば面倒な事になるのは分かり切っていたため、冒険者たちの意見はすべて却下し、見捨てられたくなければ動けとばかりに追い立てて今に至る。
俺はそんな彼らを呆れた目で見ているが、自衛官たちは「こんなものだろう」と受け入れている。
自衛官という仕事をしていれば、被災地に駆り出されることもある。
被災地では助けを求める人たちが大勢いて、自衛隊はその相手をしなければいけない。
多くの善良な市民は自衛隊に感謝の言葉を述べるのだが、ごく一部の心無い人、そして「心から余裕をなくした人」は自衛官を責め立てる。
「愚かな人」「悪い人」だからそういうことを言うのではない。
心に余裕が無いため、ただ自分の中にある感情を処理しきれず、不安などが攻撃的な形で口を吐いて出てきてしまうのだ。
自分の心を守るための、ただの防衛反応がそうさせるのだ。
そういった人々を見てきた、いや助けてきた自衛官三人にしてみれば、これぐらいはいつもの事なのである。三人は平然としていた。
しかし俺は面白くないと思うし、三人ほど寛容にはなれないが、矢面に立つわけではないので、少し愚痴を漏らしてしまった。
俺の態度は子供みたいではあるが、文句を言う冒険者たちも子供じみているのでお相子だろう。
直接口喧嘩をするまでには至らないので、見逃してもらう。
この時、俺は深く考えなかった。
自衛隊として頑張ってきた三人もまた、人間だったという事を。
彼らは聖人君子でも何でもない、普通の人だった事を。
彼らは人間なので、モンスターの爪に引っかかれれば怪我をするし、血を流す。
心無い言葉の刃は確かに彼らを傷つけていたのだ。
ただ表面上が平然としていたから、それを見逃してしまっていた。
俺がそれに気が付いた時には、「もう遅い」のであった。




