撤退戦⑤
困っている冒険者を助ける。
俺たちの意見は一致している。
合流した冒険者のうち、4人は凍傷でヤバい状態である。足がやられ、自力で歩けないほどのダメージを負っている。
そんな彼らをどうするのか。
「冒険者たちをタイタンに抱えさせ、予定通りの速度で進む」
この意見を出したのは、自衛隊三人の中で隊長格の淡島一等陸尉。
俺と同年代で、早い段階でダンジョン関連業務を務めてきた現場の人である。
他の二人も同期で同じ階級だが、上長の信任が厚く、リーダーを任された。
彼が隊長を任された理由は、「強い」ではなく「賢い」からだ。
三人の中で一番弱くはあるが、自衛隊の全体で見れば弱いわけではないし、一般的にはかなりの強者である。
一対一の戦いであれば勝率が5割を切るものの、同数のタイタンを複数率いての対戦であれば彼が一番強い。普段のダンジョン攻略任務でも、結果は同様だ。
だから隊長として指揮を任されている。
そんな淡島一尉の意見は、既定路線の維持だ。
冒険者たちは負傷、消耗している事もあり、ダンジョンに長居させるのはよろしくない。
冒険者たちは負傷者がいるし生身なので足は遅いが、それを加味しても、力業で解決すればいいだろうと言う。
俺も淡島一尉の考えに同意見であり、さっさと全員でダンジョンを出るべきだと思った。
「急ぐのは構いませんが、物資に余裕もありますし、彼らの回復をダンジョン内で行う事も出来るのでは?
タイタンに抱えさせるにしても、彼らの体力の消耗具合によっては、問題が発生する可能性があります。
最低限の体力を回復させるためにも、3日目拠点キャンプまで移動し、そこで少し体を休めさせ、それから脱出をするのもアリだと思います。
もしくは様子見で当初の予定通り明日は2日目拠点キャンプまで移動し、その時の彼らを見て、そこで追加の一泊をする別案を提言します」
「ポーションでも回復させるのが難しいとなれば、急ぐのが上策でしょうが、その移動に彼らの体力が持つかどうかとなると」
「厳しいね」
「彼らがこちらの言葉に従わなかった時の対応はいかがしますか?」
「我々は民間人の救助も任務のうちだが。それでも我々自身の生命を危険にさらすことは、出来ない」
ただ、そんな隊長の言葉は常に絶対というわけではない。
自衛隊が軍に相当する組織であり、上官の命令は絶対だという基本原則があっても、戦闘中などの緊急時でもなければ考慮すべき点を指摘するのが、組織運営には欠かせないからだ。
特に現状は、俺たち自身が休息を必要としていて、話し合いをする時間があるのだからなおさらだ。
戦闘中なら何も言わずに従う仲間たちも、懸念点や問題点を洗い出し、いざという時の対応を決めるため言葉を惜しまない。
反発心から淡島一尉の意見を否定するためではなく、メインとなる行動指針の補強をするように自分の考えを口にしていく。
そうして淡島隊長はその意見を取り入れた、具体的な計画を作っていく。
淡島隊長は最初から完璧なプランを説明することも出来ただろうが、そういう事はしない。
あえて大雑把な方向性のみを伝え、細部は部下に任せるような方法をとる。
部下が間違った方向に進もうとすれば修正するが、そうでなければやりたいようにやらせ、フォローする。
こういうやり方をさせていると、いざって時や単独行動をさせる時に動ける人間が育つ。
部下もいつかは隊長になるだろうし、仕事を隊長に任された経験は、自分が隊長に昇進した時に役に立つ。
部下として優秀な人間だから隊長としても上手くやれる、なんて話はないのだ。
付いて来れない奴も多いだろうが、そういうのを昇進させなきゃいけない理由も無いし、こちらの言う事を聞くだけ、こちらの指導を待ってるだけの指示待ちお客様は、隊長向きではない。
そして隊長にこういう事をされて「隊長は自分たちに仕事をやらせて自分はサボっている」と裏で言うだけの人間も、同様。
そこで自分が隊長になった時の下積みだと受け入れられないようでは、昇進しないのだ。
もっとも、上から仕事を割り振られすぎてオーバーワークになったら、それはそれで組織としてアウトなんだけど。
そこは状況次第としか言いようがないかな。




