撤退戦①
以前吹雪の中で戦ったモンスターの再登場。
そいつらは経験者の俺たちと予習済みの自衛隊の敵ではない。
一番の敵は、やはり環境だ。
凍てつく世界で、普通の生き物は長時間生きていられない。
ただ、そんな寒い世界で生きていくために動物は毛皮を纏い皮下脂肪をため、人は動物から毛皮を奪い服を開発し、生き延びてきた。
そんな服の最先端であるバトルクロスは、寒冷な気候を苦としない。
魔法に頼らずとも環境に負けないというのは、やっぱり強い。
だからこそ、バトルクロス無しの人ではこれ以上先には進めないだろうと確信を抱く。
そんな確信は、追加されたモンスターを見て、より強固となる。
「氷スライム、正面に5体!」
「タイタン、踏みつぶせ!」
足元に魔力反応。
最初は地面を泳ぐアザラシのモンスターかと思ったが、これは別物だ。
とりあえずで『氷スライム』と呼ぶことにした、薄い氷の幕のような外見をした自爆モンスターである。
氷スライムは誰かが踏むと、自爆して周辺の空間の気温を一気に下げる能力を持つ。
ただでさえ氷点下の、極寒の世界なのだ。そこでさらに気温が下がれば、マイナス100度をさらに下回る。
生身の冒険者がいたら、それが九条さんであろうと、防御に使う魔法が追い付かず凍って死ぬ。
7日目拠点より前にコイツが現れていない事を願うばかりだ。
俺たちは何とかなっているが、俺たち以外はどうだろうか。
自衛隊の人は良い。ダンジョンにいるのは、バトルクロス着用者だけだからだ。あとはタイタンである。
他は、まず無理だろう。
この環境になってしまったのなら、撤退するしかない。
環境が変わった時刻が夕刻であるのが最悪だ。
夜間に行動しているパーティはほぼおらず、普通は昼間に動き、夜は休む。
いきなり寒くなったからと撤退するにしては、疲れが溜まった状態が良いはずもない。
急いで外に出なければいけないのだから、無理を通すことになるだろう。
そんな状態で不慣れなモンスターと戦えば、不覚を取るかもしれない。
俺たちの余裕は、あくまで環境に対応しているからで、環境非対応の冒険者では厳しいのだ。
念のために防寒装備をそれぞれの拠点キャンプに用意していたはずだけど、それがどこまで効果を見込めるかは未知数である。
特に、氷スライムが追加されていた場合は、効果が無いだろう。
当面の安全のために、目の前の敵は倒す。
しかしそれが終われば、俺たちも予定を繰り上げ撤退をしなければいけないわけで。
「これはしんどい」
残念ながら「環境が変わったので近くに帰りのゲートが湧いた」とかいう都合のいい話は無い。
ここから帰りのゲートまで通常ペースで9日分、強行軍で頑張っても5日はかかる。
飛んできたペンギンのモンスターを切り捨てながら、俺は今後の予定を立てるのだった。




