問題山積み(心)
なんだかんだ言って、原神たちとは数ヶ月の付き合いになる。
そうなると愛着の一つも湧くもので、手放したくないという気持ちが出てくる。
ぶっちゃけてしまえば、近しい人間、家族とか知り合いのほとんどが人質にされても、原神のためなら見捨てられる程度の関係性なので、“俺だけなら”何の問題もない。
人との交流が少ない事が良い方向に働いている。
もっとも、それは俺だけの事情だ。
四宮教授、及川准教授は結婚し子供がいて、我が身よりも守らねばならないと考えている事だろう。そして友人も多いに違いない。生徒の人生にも責任感を抱いているかもしれない。
彼らはそういった、正常でまともな人生を送っているんだから、交友関係はそこまで狭くないだろう。
俺のようなドロップアウト野郎とは違うのだ。
そして、非常に残念な事に、他人を切り捨てても構わないと思っている俺でも、この二人は切り捨てられない。
鴻上さんは……まぁ、付き合いが始まったばかりだから。うん。残念ながら、まだ身内とは思えなかったりするけど。
原神たち同様、同じぐらい一緒にいたわけだからな。
俺の考える、守る気にならない“ほとんど”からは外れるんだよ。
はぁ、とため息が漏れる。
理性で考えるのなら、原神は手放した方が良い。適当な相手に高値を吹っ掛け、売り払うのが賢い。100人いれば99人はそうするんじゃないか?
そうしないのは、ただの大馬鹿者ぐらいだ。
「自分がその、大馬鹿者だったとはなぁ」
そうやって方針を頭の中でまとめるも、俺は行動できない。
二人を見捨てられないのと同じぐらい、原神を送り出したくない。お金に換えたくない気持ちが、俺の足を止める。
たまに、恋愛ものに頭の悪いヒロインが出てくる。
「愛しいあの人の為ならば」と言っては状況を引っかき回し、周りに迷惑をかける馬鹿女だ。
状況が見えていない。
周りの都合を考えない。
目先の事しか見えておらず、後始末をする人間に責められても泣いて謝ればまだマシで、逆ギレしたりと責任を取らない。責任を取れない。
はっきり言って、死んだ方が良い人間だ。なぜかそんな屑女は周りから愛され、大事にされているけどな。理解不能だと思っていた。
今の俺は、そんな馬鹿女を否定できない。
俺が原神を手放したくないというのは、四宮教授らの都合、安全を一切考慮していないのと同じだ。
いや、そういったリスクがある事を知ってなお決断できないのは、もっとタチが悪いかもしれない。
心の弱さで見捨てられない相手を見捨てようとしてしまうんだから。
自覚の有る無し、どちらがよりタチが悪いかは議論の余地があるけれど、巻き込まれる側にしてみればどっちもタチが悪いのに変わりは無いしなぁ。
「四宮教授。もしも、です。原神を手放さず、護衛を雇って対応するとしたら、どれぐらいの範囲になります?」
「妻と娘は守らねばならない。が、それは二人だけを守れば良いという問題でも無いのだよ。
例えばだが、妻子の友知り合いを最初に襲い、二人へプレッシャーをかけてきたとしよう。一度そういう事があれば私の家庭が崩壊するだけでなく、周囲にいる者へと波及するだろうね。当然、同じ事をされかねない及川君だけでなく、私たちと一文字君との関係にもヒビは入るさ。
残念ながら、私や及川君が耐えられたとしても、その周りまでは耐えられないからね。さすがに、家族の仕事関係で自分の周囲に被害が出ると思えば誰しも冷静ではいられないよ。
覚悟を決められる位置にいるのは、私たち四人までが限界だろうね。そこから先の誰かは覚悟もなく巻き込まれ、そして私たちの覚悟すら打ち砕くだろう」
要するに、どうにもならないという事だ。
相手がどこまで本気で何かを仕掛けてくるかは分からないが、最悪を想定するとどうしても後手に回る。
この山に軍の特殊部隊が攻めてくると言うなら、マネーパワーで守り切る算段も付くのだが、そこが限界なんだから。
俺が守りの手を広げてしまえば、相手は持久戦を仕掛けてくるかもしれず、そうなれば守られる側は勝手に自滅する。
人は、俺の都合に合わせて動く駒ではないのだから。守られる窮屈さに耐えきれず確実に綻びができるだろうよ。
そしてすべての恨みが俺にのし掛るわけだ。
「実質、打てる手はないって言うのに……。なんで、ここまで入れ込んじまうのかね?」
「仕方がないというものだよ。それを言ってしまえば、誰もが自分の心を制御できていないのだからね。みんな同じさ。
人を愛する事も、何かを大切に思う事も、理性で制御できれば楽なのかもしれないけれどね。それができる人間を、私は人間とは思わないのだよ。
一文字君は、人間だからこそ決められない。原神たちが人と同じレベルの自我を持った存在である以上、仲の良い彼らを簡単に切り捨てられる方が異常なのだよ」
四宮教授は、原神を手放したくないと思う俺を赦してくれた。
俺が決断しなければ自身が騒動の渦中に巻き込まれるのだとしても、年長者として優しい言葉をくれた。
それでもまだ動けない俺は、人でなしなのだろうか?
どれだけ臆病なんだ、俺は。




