古い関係の男②
この時、俺は割と落ち着いていた。
一般の人が多く来店するような場所の話なので、大した内容とは思わない。
プライベートにかかわる話か、そうでなければ以前の一件について改めて謝りたいとか、そういうことを言われるだろうと思っていたからだ。
しかし史郎は俺の予想を裏切り、厄介なことを言い出した。
「今、一部の民間団体が、『企業保有のダンジョンを使わせろ』って言い出しているのは知っているか?」
それは、俺のところの会社が最近になって言われ出した案件についてだったのである。
俺が始めたことだけど、ロボットをダンジョンに投入することで人は安全を確保しながら、レベル上げができる状況にある。
そこを発展させた企業もあって、ロボットに人が乗り込み、より効率よくレベルを上げられるようにもなっている。
人だけでなくロボットたちもレベルが上がっていくため、徐々にロボットが戦えるダンジョンが増えていき、最近ではオーガなんかも倒せるようになっているのだとか。
いや、その分野においては俺が先駆者で、今も最前線にいるわけだけど。それは横に置き。
これにより、戦えない人でも冒険者になり、レベル上げが出来るようになった。
「モンスターと戦いたくは無いけど、魔法が使ってみたいだけの人」が冒険者になっていくケースはどんどん増加している。
そうなるように仕向けた自覚はあるので、そこだけ見れば不思議でも何でもない。
「ただ、そうなるとダンジョンが足りないんだ。分かるだろ」
「いまじゃ、不人気だったダンジョンですら手放さないオーナーが増えたもんな」
結果として、モンスターというレベルアップに必要な資源が枯渇した。
ゴブリンやオークといった初心者向けモンスターの出るダンジョンは数多く存在するが、それでもそのダンジョンがすべての人を受け入れられるわけじゃない。
MMOなんかの狩場争いみたいなことが、現実でも起き始めた。
付け加えると、レベルアップを有効活用するためだけに企業もそういったダンジョンを買い漁っていったので、初心者向けのダンジョンは少ないっていう事情もある。
当時、冒険者ギルドが利益を出せたダンジョンは公営にして入場料を徴収するスタイルだったが、冒険者としての収入だけを見れば雑魚しか出ないダンジョンには旨みが無いので、人が来ない。
つまり冒険者へお金を払って不人気ダンジョンに入ってもらおうとしていた時代だったが、「ロボットのレベルアップ」が有益だと知られた途端、そういうダンジョンのほとんどは企業に売れてしまった。
不人気ダンジョンがそうやって私企業の管轄となったのは、企業利益もそうだが、そもそも冒険者に見向きもされていなかったからである。
だから今ではレベル上げしやすい雑魚メインのダンジョン、そのほとんどが「一般人お断り」という環境にある。
最初から公営のダンジョンは数が少ないため、そこに人が集中すればモンスターが枯渇するのは当然だった。
要は、「要らない」と言った物を貰ったら「やっぱ返して」と言われたようなものである。
「それが当時の時代っちゃあ、それまでだがな。環境が変われば言う事も変わるってやつだ。『企業はダンジョンを独占せず、一般に公開するべきだ』って市民団体が出来上がる。
金になるからな」
「こっちも多少の悪評は覚悟で応対しているけどね。本当に面倒くさいよ」
それが「一般人」だと思えば、手のひらクルクルにそこまで怒りもしない。
一般人という大きなカテゴリで括っているが、言っている奴が違うという事もあるし。いちいち相手にするのが面倒くさいと、それだけである。
それに、だいたいの面倒な電話やメールはAIに任せて自動で処理しているからな。人間が相手をしない分、負荷は低い。
こちらとしても、言われたことを「はい、はい」と受け入れるなんてありえない。
言われたところで自社利益を優先させてもらう。
そんな態度の俺を見て、史郎は申し訳なさそうに、本題を切り出した。
ここまでの話は枕でしかなく、直接会ってまで話をしようとしたのはこのためだと。
「それがな。最近では公営化の一環として、すべてのダンジョンを国が所持すべきという流れができそうなんだ」




