二回目の拠点キャンプ管理依頼④
俺を襲う馬鹿な奴なんかいない。
そんな甘い考えで迎えた、拠点キャンプでの夜。
なぜか、俺のところに別チームの冒険者がやってきた。
時刻は深夜の1時。
寝込みを襲いに来たのかと思えば。
「一文字さーん、起きてるー?」
周りを気にしてか、囁くようにこちらへ声をかけてきた。
寝ていたのだが、他人が近付いてきた段階で起きている。
襲いに来たわけではなさそうだが、何の目的だ?
やってきたのは、俺と同じぐらいの年齢の女だった。
休憩しているから装備は一切身に着けておらず、上はシャツ一枚で下はショートパンツと、ラフな姿。
ここに風呂など無いから湯上りではないが、ずいぶんリラックスしているな。
手には酒瓶やグラスが握られているから、飲まないかという誘いだろうか。
裏のない笑顔を見せており、パッと見た感じ、害意は無いように見える。
「ちょっとさぁ、お話し、しようよ」
女は、緩い表情でそんな風に俺を誘った。
ハニトラ。“女”を使ってこちらを誘惑しに来たのだろうか?
そんな事を考えたが、ここはキャンプ地でもダンジョンだから、さすがにそれは無いと思う。
ダンジョン内で盛るとか、普通に死ねる馬鹿である。
そこまで頭の悪い事はしないだろう。
「一文字さんってさ、独身?」
「独身だが、売約済みだね」
女は「唯月 かな」と名乗った。年齢は聞いていない。
彼女からは持参した酒を勧められたが、これは断った。
今の俺なら酒を飲んでも大丈夫といって、油断してみせるつもりはない。
もう寝る時間とはいえ、拠点管理で一応は仕事中みたいなものだし、酒を飲む気にはならなかったからだ。
唯月さんは無理に飲ませるつもりはなかったようで、押し付ける事はしない。そのまま手酌で酒を飲む。
「そっかぁ。残ねーん」
こちらを口説くような発言をされたが、本気ではなさそう。
こちらの出方を窺っているのか、ただの会話のとっかかりのつもりだったのだろうか。
なんか、言葉に重みを感じない。
こういう、酒を持参して話しかけてくるという、俺の視点では特殊な行動をするぐらいだから、何かしらの意図があると思うのだが。
目の前の彼女からは、そういった目的が見えてこず、何のためにここにいるのかと疑問を抱く。
一瞬、これは陽動で、この人の仲間が何かしているのではないかと疑ったが、そのお仲間は全員夢の中だ。
……この人、不寝番だったようだ。なんで酒を飲んでいるんだよ。
不寝番なら、酒瓶じゃなくて武器を持っていろよと言いたい。
こちらから探りを入れる気にもならない。
うかつに踏み込めば、無駄にこちらの情報を渡すことになる。
だったら何もせず、状況に流されるのもアリだろう。
唯月さん一人であれば問題なく対処できるし、違う冒険者パーティの、今、起きている奴らが加勢に来たとしても関係ない。何とでもなる。
こちらの仲間は、全員がすぐに戦闘に移れるのだから。
他の冒険者チームと結託していようと、簡単にやられる事は無いのだ。
「ん? ああ、そんなに警戒しなくても大丈夫よ。いきなり3階級特進したチームに、興味がわいただけだし」
「そう言われてもね」
「あはは。だからお話しするんじゃない」
酒を飲んでも冒険者、という事だろう。俺が唯月さんの行動を警戒しているのを感じ取ったらしい。
唯月さんは、それを杞憂と笑う。
そして、警戒するのは仕方が無いが、本当に警戒しなくてはいけない相手なのか、その判断を正しくするためにも、互いのことをちゃんと知らないと駄目だと、俺に正論を叩きつける。
だったら、なんでこんな時間帯に声をかけるんだと言いたいが。
「んー? お話しする時間、状況。これ、けっこう重要よ? うるさいのに付きまとわれてて、夕方は話しかけられる状況じゃなかったしさー。
ま、今回はわたしがこの時間の担当だったから、なんだけどねー」
と、自己中な意見を頂いた。
「寝てたら諦めたんだけどね」と付け加えられたが、「時間に関係なく不審者が近寄れば起きるに決まっているだろうが」と、こちらも正論で返してやった。
まったく。やれやれだな。




