久しぶりの九条さん
「修行僧か、おぬしは。休みはどうした、休みは」
「いや、これぐらいはただの散歩みたいなものでしょう」
「そんな訳があるか!!」
ラスダンで新装備の慣らしをし始め、しばらく経っての事である。
九条さんから、飯に誘われた。
奢りと言われて一人で連れていかれたのは場所はそこそこお高いステーキ屋である。
1食で万札が飛ぶ高級店というほど敷居は高くないが、普段から通おうと思うと躊躇するぐらいの店。
ちなみにおすすめはA5ランクならぬ、A1ランクの和牛だった。
この数字の部分、他の項目がどれだけ良かろうが、脂肪分が少ないと低い数字にしかならない。高級店で取り扱うA1ランクは「脂肪分以外の項目がA5相当」のものが多いため、脂身が不要な人間にはA5よりもそっちの方が美味しい。
牛脂が嫌いなわけじゃないけど、俺は脂の少ないこっちのほうが好きだな。いかにも肉って感じだから。
で、飯の最中の雑談で、こっちの近況を聞かれたから、隠すところは隠すけど、だいたいありのままを伝えてみた。
その反応が「馬鹿じゃねーの、こいつ?」という顔である。解せぬ。
「ダンジョンに潜ったら、しばらく体を休めるものだろうが」
「いや、それだと効率が悪いじゃないですか。毎日休まず、疲れない程度に戦い続ける方が強くなれますよ」
「どこの戦闘民族だ? それでは家族との時間も取れないではないか」
「ある意味、定時退社ですよ。普通ですって」
「普通の社会人は週休二日だ」
「普通ですよ?」
九条さんからの突っ込みポイントは、俺がダンジョンに行く頻度だ。
ぶっちゃけ、ほぼ毎日ダンジョンに通っているのはおかしいと指摘されたのである。
まぁ、稼ぎ目的でダンジョンに向かった後の数日を体を休めるのに使うのは、確かに必要だと思うよ。
でも、ゴブリンダンジョン程度ならただの散歩だろう。それぐらいを「ダンジョン攻略」と表現するのは大げさだ。
どちらかと言えば、ダンジョン内で魔力を回復させるのだから、休憩の一種だと思う。
そう主張する俺を九条さんは呆れた目で見ている。
だが、俺は九条さんの主張を簡単に蹴散らしていく。
「ラストダンジョン攻略後の休憩期間にゴブリンダンジョンに向かうだけならばともかく、次の攻略前に他のダンジョンで試作機のレベル上げ、試運転、慣熟訓練。で、まともな休息も取らず、さらにラストダンジョンに挑む。
生き急ぎすぎじゃないか? 体よりも、心が持たないぞ」
「言うほどストレスがかかる攻略はしていませんよ? けっこう仲間を頼っているので。
それに、心の負荷って言うなら、ギリギリの戦いを何度もする九条さんのやり方の方が大きいと思いますけど」
俺のやり方が無茶だという割には、九条さんやほかの冒険者のやり方だって無茶だと思う。
この人たち、かなりきわどい戦いを何度も経験し、レベル上げしているんだからな。
例えるなら、バトル漫画のボス戦で主人公がピンチになってそれをひっくり返すために覚醒するような冒険を、延々と繰り返しているんだ。
一度冒険者を引退したから、俺は基本的にそういったピンチにならない程度の戦いだけをするよう、安全マージンを大きめにとって事前計画を組んでいるので、そういったストレスは最小限に抑えられている。
安全マージンを確保しようとしても、イレギュラーによるギリギリの戦いとか、避けられない事態もあるんだぞ。わざわざ自分で自分を追い込むような真似はしたくない。
「……その方が、冒険者は増えるのだろうか?」
「死者数が減れば、それだけ冒険者になる人の心理的なハードルも下がると思いますよ。実際、ロボがお供になったことでリスクが減って、魔法に興味があるって理由だけで冒険者を始める人は何倍にも増えましたし。そこから本格的に冒険者に進む人も、相応に増えたみたいです。
魔法が使えるようになったら辞めていく人に関しては、そういうものだって留める理由もありませんよ。むしろ、生きてるうちに引退してくれた方が有り難いまであります」
長年最前線で体を張ってきた九条さんは、愛国心やら自身の才能で「普通の人間」の感覚から外れてしまっている事もあり、自分のやり方を変えられないでいる。
どんなやり方だろうと、その人に合っているなら変える必要は無いと思うし、非難もしない。
ただ、「上手くいった人のやり方」が常に最善でないことも事実なんだよ。
誰にとっても上手くいく方法なんて、そんなものがあるはずもないんだし。
これは冒険者に限らず、商売だって同じだから、よく分かる。
いや、商売の場合は、仮に「上手くいくやり方」があったとしても、すぐにみんなが真似して供給過多の「上手くいかないやり方」になるパターンもある分、そっちの方がよっぽど厳しいかね。
あ。冒険者の場合だとゴブリンとか雑魚モンスターの奪い合いになっているから、結局そこまで変わらないか?
とにかく、方法に固執する事は無いと思うんだ。
そして参入者が増えれば増えた分だけ、上澄みの質が上がっていくのも事実だ。
スポーツなんかも、競技人口がそのままプロリーグの質に比例するところがあるから。完全にイコールとは言わないけど、マイナースポーツよりメジャースポーツの方が磨き上げられている面が多いのは、本当。
冒険者って準備に多額の資金が必要になるから、そこまで敷居が低くなる事は無いんだけどね。
でも、死亡事例が交通事故並みに下がれば、車の免許みたいな感じになるんじゃないだろうかと思う次第だ。
ついでに、ウチのロボも購入してもらえればなおよし、と言ったところか。




