準備中の嫌な話②
結婚という言葉を単純に考えると、「男女が夫婦になる契約」となる。
頭がお花畑であれば、ただの「男女」ではなく「愛し合う二人」と置き換えるだろう。
一般的な考えだけを見れば、そこまで間違ってはいない。
しかし、俺の場合は事情が異なる。
結婚とは、人としての心情よりももっと法律側に偏った考えを求められている。
つまり政略結婚、「経済的な協力関係を前提とした、家と家の結びつきの要」である。
これを前時代的、ナンセンスと一蹴する人は多いだろうが、ある程度以上お金持ちになると、結婚はそちらの意味合いの方が強いのである。
おかげさまで、元々そこまで強くなかった結婚願望は減退気味だし、恋愛結婚はとうに諦めたよ。
俺へ結婚を勧める。
勧める方法や結婚相手次第では、完全に戦争案件だ。
目の前の隊長さんは40前後で俺より年上。
その意味がわかっていないなどという事はないだろう。社会に出ていれば、結婚の有無で周囲の扱いはかなり違うし。
下請けさんと話をした時などに、「未婚の人には貸せません、って銀行に言われちゃいましたよ」などと若い社長から愚痴られる事もあった。結婚の有無が信用を大きく支えてくれる一例だ。
逆に、自衛隊では外国籍の人と結婚すると昇進に影響が出るという話を聞いた事もある。ヤバい国の人と結婚すると、伴侶に洗脳されてそこから情報を盗まれる危険がとても強いからな。そんな奴を昇進させたくないのは分かる。
一般企業だって、大企業であれば同系他社の人間を重役として抱え込みたくはないんだからな。
夫婦として結ばれるというのは個人レベルの話じゃなくなる。
特に、社会的な地位や影響力が高くなればなるほど、無視できないしがらみが増える。
俺は一応、そういう配慮が求められる位置にいる。
なお、俺の立ち位置はまだまだ「中小企業の偉い人」程度なので、本物の上流階級の人ほど制限はない。
優良企業の中核でも、会社規模が小さいので、成金扱いさえされないレベルなのだ。
これが本場の上流階級に足を踏み入れると、結婚は完全に仕事となる。
より正しく言い換えると、派閥を明確にするための踏み絵になるのだ。
名家の嫁を娶らせ、本家に利益を配分しろと言われるようになる。
自分たちの養分になるならそれで良し。それが出来ない場合は、他の名家と一緒になって「新参者だから」と叩いて潰しにくる。
そうやって台頭してくる者の頭を押え、自分たちの企業の地位を維持するのだ。
世の中は、先行リードで特権を得た者が強くなれるように出来ているわけだ。
それを覆したければ、相応の準備を求められる。
例えば、「銀行から一切お金を借りない」なんてね。
企業にとって銀行は一番分かりやすい弱点なんだよ。
かなり嫌な気分になったが、なんとか意識を立て直す。
表情を取り繕い、何事もなかったような振りをする。
相手のスキル次第ではそんな努力をしても無駄になるのだろうけど、やらなくていいわけじゃない。
もしかしたら、自衛隊と取引のある企業として、下手な嫁とくっつかないでくれという話かも知れないし。
思ったよりも軽い話題で終わるかも知れない。
「困った事に、出会いが少ないので。良縁を探している最中ですね。一応、知り合いに声をかけています」
まずは踏み込んでくれるなと、牽制。
誰に頼んだかは明かさず、具体性の無いふわっとした表現のみで逃げてみる。
「なに。隊内にも婚期を逃しそうな人間がそれなりに居てね。私が婚活パーティを企画させられている。
一文字君もそこに参加しないか? そういう話だ」
「それはそれは。外部の人間が参加するのは憚られますね」
「そうでもない。いつも同じ顔ぶれであれば、そうそう進展は見込めんのだ。ただ参加してくれるだけでも助かる。
君は信用できるからな。我々にとってはちょうどいい」
……身内への取り込みだろうか?
かなり露骨で、対外的にアウトな手段だぞ。
こちらが「人に頼んでいる」のだから、こんな言い方で人を誘えば、その頼んだ人のメンツを潰しかねないわけだが。
ただ、受益者が自分たちであり、こちらではないと言い切っているのはポイントが高いな。
下手にこちらのメリットやデメリットを提示されるよりは話を聞きやすい。全てはあちらの事情であり、こちらがどう判断しようとも構わない。そういった意図が透けて見える。
「行動には責任が伴います。ここで婚活パーティに参加するのは不義理でしょう。
ここは先方への筋を通すために、お断りさせていただきます」
「それは、いや、なんでもない」
現状では、この話を受け入れるのは難しい。
軽い気持ちで、どうせ誰とも付き合わないんだからと、婚活パーティに参加するのは悪手だ。勘だけど、絶対にあとで火種になる。
だから俺はキッパリと断る事にした。話を長引かせるのも良くなさそうだし。
すると隊長さんは一瞬、俺が頼んでいる相手が誰かを聞こうとして、それを途中で止めた。
聞いてしまえば誰に喧嘩を売りかけたのかハッキリしてしまうし、今日の話が漏れれば無駄に敵を作りかねない。
だから聞かない事にして、「知らないのだから」と言える立場を確保した。
敢えて言いよどんだのは、思わず聞こうとしたのではなく、聞く意思はないというアピールかな。たぶん。
俺が明確な線引き、拒絶をした事で、場の雰囲気が冷えた。
そろそろ帰ろうとしていた事もあり、これで自衛隊内でのお話は、今度こそ終了だ。
「はぁ、面倒」
この場は乗り切ったが、未婚のままでは似たような話がどこからでも湧いてくる。
おそらくそのうちやって来る「次」を思い、俺は重い息を吐くのだった。




