ワームダンジョン、卒業
多数出てくるコヨーテは、単体性能だけを見れば、エメラルドウルフよりかなり弱い。
さすがに野犬ダンジョンに出る犬よりは集団戦を理解しているんだけど、基本性能が低すぎて相手にならない。
コヨーテとの戦いに乱入してくるハゲワシの攻撃力はなかなか高めで注意が必要だが、攻撃の軌道が単調で致命的ではない。
ワームも対策は万全なので、苦戦らしい苦戦はしない。
メインの武装は封印しているけど、それでも俺たちの戦力は過剰であった。
そんなぬるい戦いを1日続けると、どうしても気が緩む。
俺はこのダンジョンだと足手まといになるだろう。そんな事を気にしながらの戦いだったので、なおさら拍子抜けしてしまった。
こうやって油断したところで何かが起きる、などというドラマチックな展開もなく、数日間、ダンジョンの攻略を無難にこなす。
魔石とかの稼ぎはそこそこになったけど、あんまり美味しいと思えるダンジョンではなかったかな? 黒字にはなるんだけど、手間のわりに……という感じか。
ダンジョン攻略から戻れば、レポートの提出だ。
自衛隊単体でも案内をしていたタイタンから映像データを抜き取って状況を把握しているけど、こちらの主観的な感想を含むレポートが不要になる事は無い。
一般企業であれば報告には事実のみを書いた客観的なものが好まれると言うけど、戦闘関連は主観を軽視しない、直感的な印象を大事にしないといけないのだ。
基本的には嘘偽りなく、もっと敵の強いダンジョンでも問題ないといった感想を付けて、自衛隊に報告書を上げた。
「報告は聞いた。このダンジョンでも、適正とは言えなかったようだな」
話を聞いた自衛隊の、人間の隊長さんも苦笑いするしかない。
俺の来歴、戦果、評判。それらを調べたうえでダンジョンの難易度を「これぐらいだろう」と判断したようだが、それが完全に外れたのだから仕方がない。
こちらの成長速度が自衛隊の基準になる、標準的なデータを上回っていたのだから、まるで自分たちが俺たちと比較して遊んでいるように感じてしまったのかもしれない。
ただ、レポートから隠されている情報に気が付きそうな雰囲気でもあった。
表情こそただの苦笑いだが、俺たちが予測不能な成長を遂げているのだから、表に出していない情報の一つ二つは有るだろうと、内心でそんなふうに考えているようにも感じる。
なんと言うか、目が怖い。口元ほど笑っているように見えないのだ。怖い。
もちろん自衛隊の人だって、俺たちが何か隠し事を抱えているとは最初から考えていただろう。
ただ、その内容がグレードアップしたというか、「利益があるから見逃そう」から「警戒すべき対象」レベルにまで達してしまったかのような、そんな雰囲気。
“まだ”敵対的ではないけど、反社的な言動をすれば、ガサ入れから始まり最終的には捕まってしまうかもしれないね。特に犯罪行為に手を染めたという事は無いけど、冤罪をでっちあげられるとかで。
さすがに考えすぎだと思うけどね。
それぐらい、怖い雰囲気なんだよ。
「これだけの戦力を確保しているのだから、ラストダンジョンに挑むに十分だろう。
浅い、ドラゴンのあまり出ない領域で経験を積むことを勧める」
そうして得られたのは、「さっさとラスダンに挑んでこい」という、かなり高めの評価。
こちらとしてはまだ準備不足という印象があるのだが、それらは実地で揃えていくべきだと諭される。
「正しい情報で、正しい準備をするべきだ。今の戦力ならば、不十分という事は無い。
致命的な損害を出さない工夫は必要だが、現実的で具体的な目標値も設定せず、しり込みしている、という事は無いか?」
ラスダンに向け、仕込みはしている。
が、何が十分で、どこまで準備を整えるのか、その判断材料は、九条さんからもらった情報だけで、自分たちで集めたものではない。
三現主義の言う「現場・現物・現実」とは違う。
よって、準備が現実に即したものかどうか、断言できないのも確かである。
ただ、その現場に踏み込むための実力が足りていない場合、無視できない損害を出すのも事実であり、それを避けようとするのは普通の事だ。
だれしも、軽々に自分の命を賭けるような選択はしない。
特に何か必要に迫られてというなら分かるが、今はその時ではないのだ。
なお、この「命」の中には、光織たちやタイタンたちも含まれる。
直せるだろうからと言って、身内に「死んでこい」とは絶対に言いたくない。
それでも『緑狼の森』より高難易度と評判の『ワームダンジョン』が適正レベルでないのも事実なわけで。次の、もっと強い敵のいるダンジョンに挑みたいことは変えられない。
その次のステップを、最終到達点であるラストダンジョンに設定するかどうか。
それを一人で決める事など、俺にはできなかった。




