漆式パイルバンカー
漆式パイルバンカーは俺と及川教授の意見が一致し、正式に晴海がメインで扱う事になった。
「私専用。うふふ~」
ロボットの晴海には表情とか無いんだけど、それでも嬉しそうなのは雰囲気で分かる。
お下がりではない、自分用の新装備で末っ子は大喜びだ。
これまでも晴海用の装備を作ってはいたが、例えば『火龍の塒』用に作った万華鋼の大盾など、お蔵入りしてしまっている状態だ。
光織にはバトルクロス、六花には陸式パイルバンカーと専用装備がある中、晴海にはそういった物が無かったわけだ。
そんな事情もあって、漆式に興味のあった光織や六花も、この決定には異を唱えない。
俺の知らない所で何かやりとりがあったかも知れないが、表面上は平和なものだ。姉妹の仲は良いように見える。
末っ子だからと甘やかしはしないが、それでも物を取り上げたりするような子供ではないようである。三人娘の年齢は一桁だが、精神面の成熟具合は悪くない。
もしかしたら、大切な事を漫画で学んだから、かも知れないけどね。
誰が漆式パイルバンカーを使うか決まれば、次にやる事など決まっている。
試し撃ちである。
空撃ちも事前に試したが、本命はモンスター相手の使用感である。
お相手に選ばれたのは、もはやティターンの前座、中ボスどころか強モブ扱いにランクダウンしているウッドフェンリルだ。
早くて堅いという事で、漆式の様な高威力装備の使い勝手を見るのに最適なのだ。
初戦からちょっとの間の苦労など、もはや見る影もない。
「じゃ、今回の正面は晴海が受け持つという事で」
「はーい!」
ウッドフェンリル戦では、普段は光織が正面を受け持つ。
敵の攻撃を回避しつつ、斧で強力な一撃を加え、動きを止めるのがその役割だ。
パイルバンカーと斧では武器の性質が全く違うが、やってやれない事もないだろうと、晴海に任せる事にした。
晴海自身も出来ないとは言わず、早く漆式を撃ちたいと、ワクワクしている。尻尾でもあれば、千切れそうなぐらい振っている事だろうね。これから戦いに行くとは思えないテンションの高さだ。
普通の人ならこんなテンションの高さで戦いに行けば大怪我では済まないのだろうが、晴海もそこは分かっている。
ボスエリアに入ると、いつもの落ち着いた状態に戻った。
そうして少し経てば、一応はボスであるウッドフェンリルが現れた。
いつものように正面からの突進。
晴海はその突進をかいくぐり、腹の下へ。そこで漆式パイルバンカーを撃つ。
「ファイエル! にゃあぁっ!」
晴海が漆式を撃つと、反動が思った以上に大きかったのか、晴海の体が独楽のように回る。
また、威力が強すぎたせいか、槍はウッドフェンリルを浮かせると胴体を突き破り、そのまま飛んで行ってしまった。空撃ちの時はそんな事もなかったのだが……。もしかしたら、空撃ちの時に、こちらが判別できないようなダメージがあって、槍の固定部分が壊れたのかも知れない。
とにかく、貴重なオリハルコンの槍が飛んで行ってしまったので、回収しないといけなかった。
「晴海、大丈夫か!?」
それはそうと、晴海の事も大事である。
光織が胴体を撃ち貫かれたウッドフェンリルにとどめを刺すかたわら、俺は晴海を抱えて後方に退いた。
「うぅ……わちし、死んだ~」
「なるほど、大丈夫そうだな」
「大丈夫じゃないよ~」
自己再生能力があるのでそこまで心配はしていなかったが、冗談を言えるぐらい、晴海は無事なようだ。漆式もそこまで損傷していないように見える。
ウッドフェンリルは心臓こそ無事だったものの、胴体に穴が空くほどのダメージを負ったため、光織たちにあっさりと倒されている。
晴海の復帰を待つまでもなく、ボス戦はこれで終わりのようだ。
「タイタン、槍の回収を。光織たちは周囲の警戒、モンスターの駆除を」
「まっ!」
「任務、了解」
「ヤー!」
大事をとって晴海は休ませ、自己診断プログラムを走らせておく。仕事は他の仲間に任せた。
司令官である俺は、そのままキャンプで休憩である。
「次はティターン戦で使おうと思っていたけど、漆式、壊れちゃったな」
ティターン戦ではさすがに万が一もあり得たが、ウッドフェンリル戦で漆式が壊れるとは、思ってもいなかった。万が一すら想定していない。
「本体がもろすぎる。爆発の威力が強すぎたんだ」
ドロップ品だし、そういった問題はクリアされているというのが、俺たちの考えだった。オケアノスは最初から大丈夫で何の問題も無かったのだからと、先入観があった。
しかしそれは甘い考えで、ダンジョンのドロップ品は未完成な品も送り付けてくる事があるらしい。
これからはもう少し、注意しないといけない。
具体的には、ティターンのパーツ類にも意識を向けないと駄目だな。




