俺と教授とプレゼンテーション
引き抜きの提案。
普通に考えてしまえば、かなりの力技である。
俺の提案に驚いた四宮教授も、すぐに表情を引き締め難しい顔をした。
「それは難しいと言わざるを得ないよ。私達は大学の教授や准教授といった立場なんだ。それを軽々しく放棄なんてできないよ」
「あ、大学はそのまま在籍しても良いと思いますよ。少なくとも、俺の側から辞めろなんて言いませんよ。
ただ、今の原神開発チームから、まともな人材を頂こうというお話です」
まぁ、すぐに決めようとするなら、まず断るだろうという話なので“今は”しょうがない。
こういった重要な決断を、何も考えずに決めるような人ではなさそうだし。
四宮教授はマッチョだから豪快に見えていたけど、実際はかなり悩むタイプみたいだからね。
今、こういう話を振るのは種まきみたいなものだし。断られても気にしない。
「これは、現状のギャップを減らすための提案だと思います。
こちらは俺の原神を渡さない。そちらは俺の原神が欲しい。意見が食い違い、交渉は決裂しました。
そしてこのギャップが埋まる事は無いでしょう」
そんな訳で、悪魔なプレゼンをしてみようじゃないか。
「ストレートに言いますけど、今の原神を売買する気は無いんです。10億20億積まれようが、俺は売りません。そもそもお金に困っていませんし。
金銭以外に提示できる条件とか、特に無いですよね。俺も、原神たちを手放してまで欲しい物とか思い付きませんから」
まずはこちらの現状確認。
俺は金銭では動かないよと、明言しておく。ここを間違えられると面倒だし。
更に「それ以外の手段って何かあるか?」と逆に問いかけ、無理だよねと念を押す。
「なのに、四宮教授は俺との交渉を押し付けられ、予想通りの結果になりました。
責任の所在はそれを求めた側にあると考えるのが本来の筋だと思いますが、直接話をした四宮教授も面白くはない立場になるでしょう。
本来責任を取るべき立場の人間が、責任を取らずに押し付ける。正直、面白くはありません」
そして少し先の未来を予測。
誰でも思いつくような簡単な先の予測は四宮教授も同意してくれるのか、苦い顔のまま小さく頷く。
ここまではオーケー。
「この場合、原神の開発チームの中で、何か四宮教授が意見を通したいと思っても、今回の件をネタに押し退けられる事が予測されます。
または、別の無理難題を押し付けられるかですね」
さらに踏み込んだ未来予測をする。
ここから先は、他の開発メンバーを知らないので割と適当。ただ、四宮教授の態度その他を見るに、そこまで大きく間違っていないと思う。
「ここで問題なのは、四宮教授らが原神の開発者として固定されているのが肝なんです。
例えばですけど、他の所属を持っていれば、いざという時に原神の開発チームを抜けても何とかなるという見立てをして、それに合わせた態度を取る事ができます。
他に行く当てがあるという立場であれば、逃げられない為にも多少の譲歩を常に強いる事が可能になります。教授がチームを簡単に辞められないからこそ、他の開発者は強気に出られるわけです」
四宮教授は家庭を持っているし、子供はもうすぐ大学に行くのだし、教授の地位を捨てるというのはあり得ない。
そう考えると、原神開発チームという鎖はなかなか重そうに見える。
開発チームを抜ける事で大学に居辛くなる、下手すると追い出されるというなら、チームの中でどうにかやっていくしかないし、その為に我慢する事も必要になる。
多少の無理や無茶なら、飲み込まないといけないわけだ。
この場合、対策は?
逃亡先を用意しておくことだ。
逃げられるなら、追い込まれはしない。逃げた先が泥船ではなく豪華客船であればなお良し。
俺が逃げ場として両手を広げて歓迎するだけでいい。
「こういった誘いがあったという事は、四宮教授と俺との間にある程度に信頼関係があるという証拠になります。交渉決裂の理由を他から押し付けられないようにする、武器の一つにもなり得るんです。
四宮教授に手を出した場合、俺と完全に敵対する事になりますからね」
そして俺が原神というカードを抑えているのだから、開発チームは俺と敵対したくない、はず。
本当に四宮教授らがこちらに来た場合はその限りではないけど。
まぁ、無駄に敵を増やすほど馬鹿じゃないと思いたい。
……これでメンテの時に原神のすり替えとかしようとしたら、マジで馬鹿だと思うよ。
気が付かないわけないじゃん。
さすがにそこまでの大馬鹿であれば、知的好奇心のために悪魔に魂を売るような連中であれば、問答無用で叩き潰すぞ。主に、マネーパワーで味方にした弁護士たちの法律パワーで。
「そんな訳で、こちらとしては四宮教授らがどのような選択をしたとしてもかまいませんよ。
ただ、俺がお二方とその御友人を受け入れる用意をしていると、覚えていてくれるのであれば。
俺は俺のやりたい事のために力を使います。優秀な協力者は、いつでも歓迎していますよ」
「先ほども言ったけれどね。やはり、この場で決める事は出来ないな。
守るべきもの、通すべき筋というものがあるからね。冒険のような勝手ができるほど、柵が少なくないのだよ」
最後まで説明を終えると、俺は笑顔を見せる。
それでも手を取ってくれない四宮教授の顔はこれまでにないぐらい真剣で、何かの覚悟を決めた様子であった。
それこそ、大学を辞める決断をしたかのように。