俺とおっさんたちと起業提案
「一文字君。ちょっといいかな?」
俺がダンジョン前の広場で原神たちに稽古をつけていると、四宮教授が手招きしてきた。
その顔を見ると、どこか申し訳なさそうで、厄介事の空気を出している。
「じゃあ、お前らは今、覚えた事を頭の中で整理して、自分なりに取り入れておくように」
何かよく分からないが、みんなと相談した事で困った話になったのかもしれない。
とにかく、まずは話を聞いてみないと分からないので、俺は四宮教授のコンテナハウスにお邪魔する――前に、身体を動かしたからと、自分の部屋で汗を流すのだった。
「一文字君は珈琲で良かったかな?」
「はい。それでお願いします」
話をするのだからと、四宮教授は俺にコーヒーを出してきた。
シャワーを浴びた後という事で、冷蔵庫で冷やしてあったアイスコーヒーだった。
ガムシロップとミルクを入れて、かき混ぜる。
「みんなに原神の話をしたよ。AIが自我を持つなどというのは荒唐無稽だと言われていたけれど、現物が目の前にある事は否定できないからね。そこは納得してくれたんだけど」
四宮教授は自分の唇を湿らせるようにコーヒーに口を付け、ほとんど飲まずにカップを置いた。
「再現性の試験をする事が決まったので、4号機と5号機もこのダンジョンに通わせたいというお願いをされたんだ」
そして、俺に要求を提示した。
ただ、それだけではないというのが表情からうかがえる。
ダンジョンに原神を送り込みたいというだけであれば、そこまでの無茶な話ではない。二つ返事で許可を出せる程度の、軽いお願いだ。
ここで四宮教授が言い淀むという事は……ああ、確かに言い難いだろうな。
俺は四宮教授の態度に得心し、思わず苦笑いをする。
「それと、可能であればなんだがね。原神の1号機から3号機までを、買い戻したいといった話が出たんだよ」
「それはまた、無理な話を仰るんですね」
「私は話を振るだけ無駄というか、こんな無謀な話を持ち込めば心証を悪くすると言ったんだがね。どうしても、一度相談しておくようにと押し切られてしまったんだよ。
ああ、及川君も私と同じように、この話には否定的だったね」
俺と面識のある二人は、俺が話に応じないと分っていて、敢えて火中の栗を拾おうとするのを止めたようだ。
しかし話し合いをした場合、決定権は他の参加者も持っていて、多数決で押し切られてしまったようだ。決定には逆らえず、四宮教授は断られると分っていても話を振ったのである。
「こういった事は、こちらの意思を示さないと話にならないと言われてしまうとね。まぁ、その通りだから言わざるを得ないんだ。
仲が良ければ言わずに通じるなどと、私たちはそんな妄想を語れるほど親しくも無いからね」
なお、こうやって嫌な顔をしてしまう話をするのは、それでも誠意である。
人間関係でそこそこ上手くやるコツは、相手の立場で考えて嫌な事を言わない事だ。そうやって内心は横に置き、表面を取り繕っておけば大きな問題はあまり起きない。
しかし、そういった嫌な事も考えていますよとオープンにする事で、嘘偽りない、本音で語り合える付き合いを持とうとしているわけだ。
俺の嫌そうな顔を見る羽目になった四宮教授はお気の毒だが、ここに滞在する要員として来ている以上、泥はしっかり被っていただきたい。
「及川君も、随分責められていたよ。一文字君を利害関係者にして、身内に引き込まなかった点を延々と突かれていたね。
その話は全員で決めた事だというのに。彼は発案者だからと叩かれていたよ」
そしてこの件について、及川准教授は厳しい立場の様だ。
俺は原神を購入したエンドユーザーであるが、同時に実践でのデータをフィードバックする協力者である。
話の持っていきかた次第では俺も原神の開発協力者として身内に引き込む事ができたわけで、そうなると原神はチームの所有物として俺に何か言う事無く強制的に開発チームが自由にできたのだ。
その場合は新品の原神を引き渡すだけで義理は果たせるので、彼らからしたらそれが一番楽な方法だったという訳だ。
契約書まで交わしているので、もう遅いけど。
俺はコーヒーを半分ほど飲んで、お互いの妥協点を考える。
やりたくない事をやって欲しいと言われた。やりたくありませんと返事をした。
これで話が終わっては、子供の話し合いである。
大人としては、互いにメリットがある結果まで導くべきだと思う。
もちろん、相手と上手く付き合っていきたいときに限るが。
「まず、4号機と5号機の受け入れについては了解しました。
ですが、こちらにいる原神の引き渡しは出来ません。それに、対価がどれぐらいになると思っているんですか? 中古ではなく、レベルアップをした上位互換品ですよ。購入時の数倍を要求されてもおかしくない状態なんですよ。
もちろん、いくらお金を積まれようと、売る気など全く無いのですが」
こういう時は、相手の言葉で肯定できる所を探す。で、そこだけは肯定・同意をしておく。
そして、できない部分に関してはきっぱりと否定。
ついでに、相手の言葉の中で現実的ではない問題点も指摘しておく。
俺に厳しい事を言われた四宮教授は、コーヒーを一気に飲み干すと、大きく息を吐いた。
そして、申し訳なさそうな顔を止めると、今度は苦虫を噛み潰してしまったような顔をする。
「そうだね。売って欲しいと言った所で、適正金額を払えるとは到底思えないよ。そんな資金があるなら、研究はもっと大規模にできているからね。自転車操業の現状じゃあお手上げだよ」
そう言って、俺の言葉をそのまま飲み込む。
四宮教授にしてみれば、俺の心情がどうこうという話をせずとも、そもそもそんな金は無いと分かり切っているじゃないかと言いたいようだ。
「連中は回収した原神3体を抵当に、どこかの企業と銀行から金を引っ張る算段でも付けていたんだけど。そんな事をするくらいなら、4号機と5号機に期待する方が早く安くつくじゃないかと言ったんだよ。
しかし確実性が無いと一蹴されてしまってね。まったく。我ながら不甲斐ないのだよ」
他にも、今から開発チームに参加してもらうだの、妄想のような意見が飛び交ったらしい。
何というか、話し合いの中身はこちらの善意や厚意に期待しまくった、自分の都合しか考えない寄生虫のような発想ばかりだったようだ。
そうやってリスク管理を杜撰にして、美味しい所を余所に持っていかれそうな行動に出かねないパターンである。
「全員が全員、お花畑という訳でもないんだよ? しかしだね、『AIの自己進化』という世紀の大発見、そのインパクトの前には理性もぐらついてしまうのだろうね」
「なら、もう少し考え方、視点や立場を変えてみるというのはどうでしょう?」
まともじゃない意見の相手に疲れ切った四宮教授に、俺は笑顔で悪魔のような提案を振ってみた。
「教授がまともだと思う研究者を全員引っこ抜き、俺と組んで起業してしまえば良いんですよ」
解決策としては斜め下。サッカーの話をしていたところから野球の話に飛ぶような、アクロバティックな提案。
そのとんでもない意見に、四宮教授はぽかんとした顔を浮かべた。