俺はこうして彼らに嫌われた
「史郎! 大変! 大変だよ!」
冒険者、遠野史郎は後悔していた。
5日ほど前に苛立ちを仲間の一人にぶつけ、酷い事を言って追放していたからだ。幼馴染みにして長年苦楽を共にしてきた相手に、友人やリーダーとして絶対にしてはならない最悪な行為だったと反省している。
頭の冷えた翌日に謝りに行ったが、住んでいたアパートは引き払われ、電話は着拒。しかも冒険者を引退されたため、謝る事もできない。
それ一本で生活できるまともな冒険者は、ソロでできる簡単な仕事ではないので、引退まで追い込んでしまったのかと悔やんでいる。
これは、他の仲間も同様である。
言い過ぎだった、相手の言っていた事が本当だったかもしれない。それに、ドロップアイテムを奪うような真似をしたのは冒険者としてマナー違反だった。
場の雰囲気で追い出すなど、短慮が過ぎると後になって気が付いたのだ。
そんな彼らに、ある意味では最悪な情報が舞い込んできた。
「九郎君がニュースになってる!!」
「なんだって!?」
それは追い出した元仲間の『一文字 九郎』が、ドロップアイテムで大金を手に入れたという知らせであった。
「50億……」
「レアモンスターはレアアイテムを落とすって言うけど……」
「これがあれば、リーダーの妹さんも助けられたんじゃ?」
九郎が炎を操る魔剣をオークションにかけたという話は、大きな話題となった。
テレビでもネットでも大々的に取り上げられ、その前の話も含めて世間に広まった。
不幸中の幸いは、九郎が史郎達を悪く言わなかった事だろう。
「お仲間と揉めたと聞きましたが?」
「まぁ、そうですね。でも、翌日には謝りに家まで来て、頭を下げているので。お互いにすれ違いがあった。もう怒ってはいませんよ」
「しかし、冒険者を引退したではありませんか」
「これだけの大金を手に入れたんですよ? 危険な冒険者稼業を引退するほうが普通ですよ」
あの時、喧嘩をしたのは、他の冒険者達の前だった。
九郎が下手な発言をしていれば、史郎たちは評判を大きく下げていた。そうなれば、冒険者を廃業しなければならないほど追い込まれていただろう。
それだけは、なんとか回避できたのだから、まだマシなのだ。
ただ、マシとはいえ、悪い意味で目立ったのは間違いない。
一時的な感情で仲間を追放したのは本当で、関係の修復ができていないのは少し考えればわかる話だ。
九郎は引退し、彼らは引退していない。
九郎は大金を手に入れ、彼らには分配されていない。
そして何より、史郎たちは九郎の連絡先も知らず、その事すら周囲に知られてしまうからだ。
「いや、勝手に九郎の連絡先を教えられるわけがないだろ! なんの為にあいつが身を隠してると思ってるんだ!」
「だーかーらー、あんたらみたいなのがウザイから九郎は身を隠してるのよ!!」
「それは個人情報です。知っているかどうかに関わらず、教える訳にはいきません」
九郎は、連絡先を誰にも教えていない。
電話は相手がいてこそ意味のあるツールだが、九郎はスマホの電話やメール機能を使っていない。
よって、九郎の連絡先を知っているかもしれない家族や彼らに連絡が相次ぎ、冒険中以外は電話攻勢に辟易とする事となる。
そんな中では、失言して現状を悟られてしまったとしても、彼らが悪い訳ではない。
また、中には“正義マン”と言われる連中も混じっており、謂れの無い誹謗中傷も受ける。
九郎と和解できていない、そこを突いて他人を責め立てるのだ。
彼ら自身は名前に反し正義でもなんでもなく、正義をかざしている訳でも無い。単純に、叩いても良さそうだと思ったから叩いているだけの子供である。要するに、考えなしの馬鹿でしかない。
が、そんな馬鹿だからこそ、対応が面倒なのだ。
「着拒、着拒、着拒……」
「おーい、データをこっちにも回してくれ」
「あ、こっちは訴訟用だから。人を雇って管理させてね」
着信拒否にするだけではまだまだ甘い。
悪質な迷惑行為ということで、訴訟を起こす事となった。
こういったいたずら電話、迷惑行為は訴訟の対象となる。軽い気持ち、ほんの出来心だろうと、犯罪なのだ。
迷惑行為にふさわしい報いを受けさせねば、彼らは馬鹿のまま学ばない。
史郎たちは犯罪者たちの電話番号とその内容を記録し、警察に提出していった。
しかし、そうやって罰金を払わせても他の馬鹿が虫のように湧いて出るので、一向に終わりが見えない。
世の中には、暇を持て余した馬鹿が多いのである。
しかもそういった手合は同類が訴えられると「こいつらは反省していない! けしからん!!」と、更にヒートアップする。
そんなイタチごっこで史郎たちは冒険に行く時間を削られ、徐々に精神を病んでいった。
九郎が悪いわけではないが、九郎が切っ掛けでこうなった。
自分たちにも非は有るが、九郎の対応が悪かったからこうなった。
悪い状況に、思考が歪んでいく。
不治の病に冒された妹を救うべく冒険者になった男、遠野史郎。
彼は妹を治療できるかもしれない薬を作るために、ダンジョンで素材集めをしている。
友を頼り、仲間を集め、あと一歩というところまで辿り着いたが、最後の素材は未だ手に入らず。
「春菜はアイツにとっても妹みたいなモンだっただろうが……っ! それを見捨てるなんて!!」
そして、妹を助けられる可能性を自分が手放した事を認めたくない男は、一度は反省したというのに、他の誰かを憎む事で精神の均衡を保つしかなくなっていくのであった。